Chapter.12 頑張り屋ゆえ

「なにも貰えませんでしたね……」

「予想通りだよ。はなからそこまで期待してない」


 携帯型の防護結界陣を馬車の組合(正式名称:交通組合)に返還し、地図で盗賊の野営地があったエリアを報告してえらく感謝されたあと。


『続報を待っていてくれ』と言われて返された俺たちは、再び町の外を目指してとぼとぼと歩いていた。


 逆戻りだ。カトレアが残念そうにする気持ちも分からなくはないが、善意の行動に見返りを求めても自分の浅ましさが嫌になるだけだしな。

 口を真一文字に結ぶカトレアに、仕方ないな……と呆れた俺は宥めすかしてやる。


「まあ、あの嬉しそうな顔を見れただけ、やって良かったんじゃないか」

「それはそうですけど……」

「あのときお前が持ち帰ることにしたから『これで運休中の馬車が動かせる』っておっさんたちが息巻くことになったんだし、人の役に立ちたいっていうならそれだけで本望だろ」

「……まあ、はい。そう思います」


 んん。複雑そうだなあ……。


 交通組合で話を聞くところによると、数ヶ月前に盗賊に襲撃された馬車から防護結界陣が略奪される事件は実際にあったのだそうだ。以降、運送の要である防護結界陣のセキュリティは強化しているものの、結界が人を弾くことはないので度々荷台を狙ってくる盗賊がこの付近で現れるようになり、長いこと組合は手を焼いていたのだという。


 実にくだらないもんだよな。結界で魔物に襲われる心配がなくなったかと思いきや次の敵は輸送中の高価な品を狙ってくる盗賊(人間)になるとは。


 今回の件でやっと奴らを捕まえることができるかもしれない――。と嬉しそうに語る組合の面々を見て、俺自身はわりとやって良かったなと感じている。

 だから、カトレアにもそう思ってほしいのだが。


「……やっぱりそうですよね………」


 小さな声で独り言ちたカトレアが、ぱんぱんっと自分の頬を叩いて気持ちを切り替えたような顔をする。

 彼女は前を向く。


「そう上手くは行かないっていうことですね! 分かりました、私も気合を入れます!」

「お、おう……。なんだ??」


 そして突然そう宣言したかと思いきや、ずんずんと歩調を早めるカトレアに俺は慌てて追いかける。

 なんだなんだいったい……。


 今日のカトレアはずっと変な調子で、昨日よりもよく分からないところがある。今朝はそんなこともなかったはずだが、突然思い詰めたような顔をしたり、無言になったり、いまみたいに自分だけで結論を見つけて強引に動き出そうとしたり。

 振り回されている感がとても強い。


「なあ、待てよ」


 声をかける。

 冷静になって理由を考えてみると、まあ、やはり、いま行っていることについての納得がいっていないんだろうな、と思った。


「……なんですか?」


 俺が足を止めると、カトレアが訝しんだ表情をして振り返ってくる。悟られたくないといった感じで、どこか心の壁を置かれているような気がする。

 そんな表情だ。


 俺は、率直に言わせてもらう。


「やっぱお前魔物狩りはしたくないんだろ」

「……そんなことはないです」

「だから褒賞を期待したんじゃないのか? それで済むと思って」

「っ……。そんなこと……」


 こいつの態度を見ていると嫌でも気付くことがある。さっきもそうだ、俺が『人の役に立ちたいならそれで本望だろ』と言ったら複雑そうな顔をして、おそらくだが自分でも見返りを当然のように求めていたことに葛藤があったから、どうにか折り合いを付けて先ほどの結論を出したんじゃないか?


 俺に核心を突かれたカトレアは歯噛みする。


「やりたくないならやりたくないって素直に言ってくれ。できるかできないかで聞くとお前は意地張ってできるって言っちゃうタイプなのは、俺もよく分かったから」

「いやっ、だって仕方ないじゃないですか!」

「仕方ないってなんだよ」

「やりたいやりたくないじゃなくて、やるしかないっていうのを私は分かってるんです! だって、そんなこと言ってどうするんですか? いまこの方法しかないのは事実じゃないですか」

「そんなに焦らなくても、明日は果樹園で働けるかもしれないんだからそれでいいだろ。やりたくないことをやるのは他に手がなくなったときだけでいい」


 俺の考えとしてはこうだ。

 自分のなかでは一貫しているつもりである。昨晩は俺もやるしかないと思っていたが、今日の風向きを見る限りまだ無理をする時期でも無理を強いる時期でもないなと判断した。

 だから、勝手にこいつが一人で抱え込んでしんどい気持ちになっているのは看過できないものがある。


 それはまだ早いんじゃないか、と俺は思うのだ。


「でも、だって、それじゃ……確かに、これはやりたくないことです。けど、私がやらなきゃいけないことだっていうのも、理解しているんですよ……?」


 胸に手を当てながら言葉を探るように時間をかけて思考するカトレアを、俺は静かに見守る。


「召喚獣さんがいなかったらお婆ちゃんのご厚意はいただけなかったかもしれませんし、元々はこれをするつもりでいました。昨日魔剣が売れなかったのだって、私のせいですし……私は私にできることをしないと」


 それは使命感、と言ったものだろうか。責任感とも言い換えられる。誰に命令されたわけでもないのに必死になって抱え込んでしまっているようだ。


 実際、目的に向かって突き進む当事者のカトレアとしてはそれも正しい意識なのかもしれない。悠長なことを言っていられないのも事実で、俺の考えがある種甘い考えなのも自覚はあるし。


 だからそれ自体は否定はしないが……。


 ただ、なんというかカトレアは、それを全うできるほど器用な人間ではないと思うのだ。

 別に舐めているわけではなくて。


 もう少し、一段ずつ階段を上がっても、いいと俺は思っているのだが。


「大丈夫です。私はやれます。ご心配おかけしました。もう迷いません。きっと、大丈夫です」

「………まあ、そこまで言うなら別に止めないが」


 俺としては複雑な気持ちだ。もう少しカトレアのことを注意深く観察してみよう。

 そこからは日が暮れそうになるまで、獲物となる魔物を探し続けた。


 ♢


 専門の買取ショップへ売るにはまとまった数が必要だったため、狩りのノルマに定めたのは五匹だったのだが、そもそも魔物を見つけることが叶わなくて四匹でフィニッシュすることになった。


 もう少し町から離れたほうまで行けば魔物の数もぐんと増えてよかったのかもしれないが、まともな装備をしているわけでもなく、万が一コボルト(有害性のある魔物)に出くわす可能性があったことも考えると大胆な行動ができなかったという理由がある。


「最初のジャッカロープを逃したのが惜しいですね」

「それは悔やんでも仕方ない。角は一本貰えたし」


 戦果としてはジャッカロープが三匹にコカトリスが一匹。コカトリスは、退化した羽根を持つ小型の鳥類で、爬虫類のような長い尻尾をずるずると引き摺って歩くという特徴がある。

 これは異世界の話なので関係があるのかは分からないが、現実世界において鳥の先祖が恐竜という話があることを思うと、そのちょうど中間みたいな見た目をしているなとは思った。


 俺は、それらを紐で括って肩に背負い持ち運んでいたのだが、そろそろ格好が野人として完成されすぎていたのでこれで終わってよかったとほっとする。


 いま現在は、町の近くの川辺に降りていた。


「それではこれより魔物の解体作業を行います……」

「いや怖い怖い怖い怖い」


 ふーっ、ふーっ、と荒い息遣いで逆手に構えた剥き身の魔剣を振りかぶり、魔物を素材に変換するための物理的な作業を行おうとする危ない様子のカトレアを止めにかかる。

 どうどう。近付くにも近付けなくて恐ろしいわ。


「止めないでください……ッ」

「そんな状態で解体なんかさせられるか」


 頭を抱える。軽い錯乱状態だ。

 やっぱりこいつが精神的ハードルとしては捉えていたのはどうもこの瞬間だったらしい。攻撃魔法を放つ行為に躊躇いを感じていたのも間違いではないが、ここに来てストレスが上限突破したところがある。

 手の震えからカチャカチャカチャカチャッと高速で魔剣が振動していてとても危なっかしい。


「もうやめとけやめとけ。やっぱお前には無理だよ」

「そんなこと言わないでください!」

「刃を向けてくんなマジで! 別に見限ったとかじゃねえよ! 無理なもんは無理でいいんだって馬鹿!」


 カトレアから距離を取る。やっぱり馬鹿だこいつは。

 川辺に並べた四匹の獲物を見下ろしていつまでも刃を通す決心がつかない臆病者のカトレアを見つめる。攻撃魔法では血が出ない分、なおさら見慣れていなくて怖いのだろう。


「大丈夫……大丈夫です……私はできます……私はやれるんです……」

「……ちなみにやったことはあるのか?」

「初めてです……」

「なんでお前そんな無理を通そうとしたんだ……」


 やっぱりこいつの話は最後まで聞かないとダメらしい。自信があるからって信じていると裏付けがなにもなくて愕然とすることになる。昨日今日みたいに。


 とんでもないことに、もう戦果を上げてしまったあとだからこのまま無駄にすることも許されない。

 本人は絶対にやる気だったからいいんだろうがやってくれたなマジで……って心境だよ。


「できますから。離れていてください」


 俺は苦い顔をして見下ろす。いくらカトレア自身にやる気があっても、さすがにこのまま無理をさせていいとはやはり思えない。

 俺としても、心苦しいものがある。


「カトレア、カトレア。聞け」

「……なんですか」

「いいから。しなくていい。俺に代われ」

「え……?」


 ……俺も血を見るのは実のところ全然得意じゃないのだが、この状態のカトレアにさせるよりはずっといいだろうと思って申し出る。

 カトレアはふりふりと弱々しく首を振る。


「ダメ、ダメです、召喚獣さんにこれ以上甘えられません。これくらいは私一人でもできないと」

「さっきも似たようなことお前は言ってたが、俺がいるうちは頼れって。相談しろって。なんのために俺がいまもここにいてやってると思ってんだ」

「………」

「これ以上『私は私にできること〜』とか『一人でもできないと〜』とか言うんじゃ約束はなかったことにして帰らせてもらうぞ。だってわざわざ俺がいる意味ないだろ、それって」

「待って、そんなことはないです……!」


 泣きそうな表情で、真に迫った様子で言われてびっくりする。いや、それならそれで別にいいが……。

 そう思うなら、俺を置き去りにしようとするのはやめろっていう話だ。


 頭を抱える。


 勢いが衰えたような様子のカトレアが、改めていまの状況に向き直り、目の前に並んだ獲物の姿と、手に持つ魔剣の鈍い光を見比べ、ゆっくりと川の流れを見つめながら静かに口にする。


「……私が間違ってました」

「あい」


 俯く頭に軽くチョップして今日はそれで済ませてやる。

 ため息が出る。


 根拠のない自信を持つ頑張り屋っていうのは、こうも面倒くさいのかね。

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