第10話 グッドコミュニケーション?
自宅に戻り、荷物を下ろしてようやく一安心。
幼女は部屋を観察するように飛び回り始めた。
細かいところまで目を光らせている。
姑かな?
それにしても名前がないのは不便だな。幼女呼びはよくないし、ちょっと考えてみるか。
「あのさ。名前がないなら俺が決めてもいい?」
『ん』
「じゃあ、テンコ」
幼女の口がへの字になった。明らかに嫌がっている。すぐさま「やっぱなし」とキャンセルして、次の提案をすることにした。
「いくぞ~、ケメコ、ミケ、トラミ、エリザベート、ミチュ、クルルン。さあ、好きなのを選んでくれ」
幼女は何も選ばない。それどころか、大きく息を吐いている。
ひょっとして、幼女に呆れられた!?
『カスミ。さいのうない』
「ガ~ン」
わざとらしくベッドに倒れこんだ。幼女は近づいて俺の頭をそっと撫でてくる。この幼女、根はやさしい普通の人間みたいだなぁ。今も俺に乗っかってるわけじゃなくて浮いてるだけだし、気を使ってくれてるのかもしれない。
とにかく今の状況は危険だ。幽霊なのにリアルすぎる。俺が小児性愛だなんて勘違いされたらお終いだ。テキトーにごまかしても、調べられればすぐわかっちゃうし、そしたら余計に怪しまれるだけだ。
「明日、塔子先輩に会って相談するから、名前はその時までちょっと待ってて」
『ん』
そうだ。倫子ちゃんにも名付けを手伝ってもらおう。その方が誤解を招かない気がするし、きっと可愛らしい名前を付けてくれるだろう。あとでメッセージを送っておくか。
『とうこ、だれ?』
「塔子先輩は俺より一つ年上のお姉さんだよ。俺が幽霊のことを教える代わりに、勉強を教えてもらったりしてお世話になってる人なんだ。ちょっとずれたとこあるけど、すごく頭がよくて、きっといい名前を考えてくれるよ。それとも、自分で決める?」
『ん~ん』
幼女が首を横に振ってると着信音がなった。幼女は飛び跳ねて部屋の隅に陣取った。体育座りをしながらこちらを見つめている。
「誰だろう。げぇ、腐界管理局じゃん」
もしかして、この子を連れ出したのがバレたのか?
まだちょっとしか経ってないけど。何を言われるんだろうか。ドキドキしながら通話ボタンを押した。
「もしもし、三門です」
「いつもお世話になっております。腐界管理局の
敷島さんって、たしか腐界管理局で事務をやってる人だったよな。横浜腐界を国が管理するようになってから、ずっと働いてる職員のはずだ。
「それで、どうしたんですか?」
「先日、三門さんは腐界で男性を救助しましたよね。その件についてご報告がありまして」
そっちの要件だったか。幼女のことじゃなくて、とりあえず安心だ。
「はい。それでどうだったんですか?」
「こちらで調査した結果、やはり保険未加入者だったみたいです。生活保護を受けている方で身寄りもないので、救助費用を請求されても、その、残念ながら」
「そうですか、わざわざありがとうございました」
「いえ、またよろしくお願いしますね」
なんとなく分かってたことだけど、はっきり言われてしまった。極まれにこういうことが起きるらしい。まさか、俺が当たるなんて思いもしなかったけど。
日本政府は、突然腐界に迷い込んでしまった場合に備えて、色々対策を進めている。救難信号を送るアプリもその一つだ。
未就学児や小学生なんかには防犯ブザーを改良して発信できるようにしてるし、赤ちゃん向けにチョーカーとかブレスレッド型の発信機を作ったって聞いた。たしか、スマホを持ってない人向けにも配布してた気がする。
腐界で通信できるようになってるけど、範囲はまだまだ広くない。危険だから基地局を腐界の奥に設置できないって理由の他に、腐界では何故か電波が減衰してしまうってのも大きな理由だ。
そのため、腐界基地から通信を経由するドローンを定期的に各方向に飛ばして、通信可能距離を伸ばしているらしい。固定した基地局に憑りつかれたら予算的にやばいだろうしな。
それでも、迷い込んだ人が自衛隊の狭い行動範囲内に現れるとは限らないから、俺たち霊能力者が巡回したり、救助に向かうんだ。一般の腐界探索者の行動可能エリアがだいたい通信範囲と同じくらいに制限されているのはこのためだ。
でもさぁ、自分の身を守れない奴は腐界に入ってくるなよなぁ。いや、入ってきてもいいけど、救難信号だしたら費用くらい出してくれよ。
通話を終えて、ベッドにダイブした。
「やってらんねぇ」
これで当てにしていた収入が無くなってしまったわけだ。しかも、まだ除霊が終わってないから、次の除霊ができず、救助に向かうってこともできない。六道さんからのお金は生活費とかガソリン代にも必要だから無駄遣いはできないし。
横目で幼女を見ると、なんだかムズムズしだしてる。次の瞬間、その場からベッドに飛び込んできた。なんという跳躍力。しかも落下予測地点は俺の背中あたりだぞ。
『やって、らんねぇ』
「ぐへぇ」
ベッドの弾力を味わいたいなら、ちゃんと狙いを定めてくれ。この幼女、かわいらしい見た目に反して結構重い。口に出したら、三途の川を渡れるくらいには怒る気がする。渡し賃が惜しいので、ぐっと堪えて起き上がった。
『カスミ。いまの、なに?』
「何って、
『ん』
そうか、電話を知らないのか。となると、現代文明のことを知らないのかもしれないな。だったら俺が一から教えてあげようじゃないか。
「これはスマホっていってさ、中にはちっちゃな人間が住んでるんだ。その人と話してたんだよ」
幼女の勘は意外に鋭い。それとも俺の嘘が下手なのか。幼女がムッとして睨みつけてくる。怒ってるけど、かわいらしい。
『カスミ。うそ、ついてる』
幼女がふたたび飛び込んでくる。
しかも、天井に当たりそうなほど飛び上がって!
「ぐへぇ」
『うそ、よくない』
はい、その通りでございます。幼女に分からせられちゃった。
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