一日だけの約束「お見合いの黙示録」

神崎 小太郎

夜明けの約束


 夏の夜明けは、早起きと共に、予告なしに訪れる。


 窓の外はまだ薄暗く、月が名残惜しげに輝いている。月あかりで自分の影が壁に映り込む中、ベッドからそっと起き上がった、寝ぼけまなこで部屋を見渡す。


 そこで、心の奥底から湧き上がる声が聞こえた。「これは絶対に秘密だよ」と。それは、まるで悪魔の囁きのように、危険な冒険への誘いを感じさせる。


 私の部屋には、まるで母の期待を物語るかのように、父の紋付袴が静かに陰干しされている。それは、いつか私たち娘が結婚する日に父が身に纏う衣装で、今は案山子の如くその出番を静かに待っている。


 毎日、その光景を目にするたびに、母の言葉が頭をよぎる。


「あかね、あなたもアラサーでしょう。いつまでぬいぐるみと寝ているの? 婚活でもしたらどうなの。姉ちゃんのようにお見合いでもしたら。早くプーさんなんか捨てなさい」と。


 その言葉に、私は涙が浮かんでいた。


 プーさんのぬいぐるみは、私がこよなく愛する相棒だ。彼とは幼い頃から長い間、喜びや幸せ、悲しみや苦難を共有してきた。


 私の名前はあかね。もうすぐ三十歳を迎える。一年に一段ずつ、三十回も変わらぬ日々を歩んできた。人生の道すがら、恋に砕けたこともあったが、まだ理想の人には出会えていなかった。だが、年齢など気にせず、希望を失ってはいない。


 私の信じる恋のバイブルによれば、人は、誰でも一度は運命的な幸運が訪れるという。男女の恋愛は、偶然なのか必然なのかはわからない。けれど、運命的なめぐり逢いが訪れることを期待して、いつかは理想の人に出会えるものだと信じている。

 大切なのは、そのチャンスに気づくか見逃すかの違いだけだ。恋の女神に授かった縁結びをどのように活かしていくかで、答えは変わってくるものだと心に深く刻んでいる。


 *


 自分のベッドをそっと抜け出し、百合子姉ちゃんの部屋へと足を運んだ。そこには甘いバラの香りが満ちていた。私の部屋とはまるで異なる世界だった。ああ、なんて心地よい香りなのだろうか……。


 私たちは一卵性双生児として、千人に二人という奇跡で生まれた。両親以外には見分けがつかないほど似ているが、性格はまるで違う。姉は女性らしく、整理整頓が得意。私は自己主張が強く、おてんばそのもの。


 幼い頃から、母は私を心配してガーデンカフェに連れて行ってくれた。そこでいつもイチゴのパフェをねだり、姉は母と同じものを選んだ。


 そのカフェの四季折々の花飾りに心を奪われ、フラワーコーディネーターという職を見つけた。それが私の社会人としての始まりだった。


 ドアをノックするが返事はなかった。そっと気づかれないようにドアを開け、お見合いを控えた百合子の部屋に足を踏み入れた。彼女は微笑みを浮かべて眠っていた。その寝顔を見て、ほっと安堵した。彼女には笑顔が似合った。しかし、最近は陰鬱な顔を見せることが多かった。


 枕元には、メールチャットができるSNSの画面が開かれたスマホが放置されていた。それを見て、悪魔のささやきが私の心に舞い降りた。「絶対に秘密のいたずらだよ」と自分に弁解しながら、百合子姉ちゃんのスマホを覗き見ると、既婚者との禁断のメッセージが残されていた。


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