第5話 乙女の秘密???
宿に戻ると、俺はミィナに、冒険者について教えてもらう。
まず、冒険者にはランクがあること。
登録したばかりの俺達は、最底辺のFランクで、いわば仮免のようなものらしい。
ここから、依頼を達成し、実績を作れば、ギルドに認められてEランクに昇格する。
それで初めて『冒険者』を名乗れるらしい。
Eランクになれば、多少はマシな依頼もあるらしいので、日々の生活費を稼ぎながらEランクを目指そうということで話が落ち着いた。
冊子の説明が一通り終わると、俺達の間に妙な沈黙が降りる。
「なにか聞きたいことあるんでしょ?」
沈黙に居たたまれなくなったのか、先に口を開いたのはミィナの方だった。
ミィナはベッドに腰掛けると、横に座れ、と言わんばかりに自分の横をとんとんと叩きながら、そんな事を言う。
「まぁ、色々な。」
俺は促されるままに横に座る。
……思ったより距離が近い。
えっと、………何だっけ………。
ミィナから甘い香りが…………。
触れた二の腕に柔らかな…………。
「………のよ?」
「……ごめん、ボーッとしていた。」
ミィナがなにか言っていたのを聞き逃してしまった。
「もぅ。だから何が聞きたいのかって話よ。言っておくけど、エッチな質問はダメだからね。」
「駄目なのか?胸のサイズを聞きたかったんだが?」
ボフッっと枕を投げつけられる。
「トップシークレットよ。国家機密です。知ったら暗殺されるわよ。」
「それほどなのか?」
「それほどなのです。」
俺とミィナの視線がぶつかる……先に目を逸らしたのは俺の方だった。
………だって、美少女と見つめ合うなんて、耐えられる訳がないっ!
「じゃぁ、ミィナのことを教えてくれ。ギルドで手慣れていたみたいだったけど?」
「ヤッパ、それ聞いちゃう?」
ミィナは、はぁ~、と深いため息をつく。
「あ、いや、話したくないなら無理には………。」
俺は慌ててそう言うが、ミィナはそれを手で制し、自分の太ももをポンポンと叩く。
……えっと、それって……
「もぅっ!」
ミィナは、顔を真っ赤にしながら俺の腕を引っ張り、やや強引に俺の頭を自分の太ももの上にのせる。
……これって膝枕っ!?
なぜこんなことにっ、と、俺はパニくるが、ミィナはそんな俺を宥めるように、優しく頭を撫で、片手で俺の眼を塞ぐ。
「本当はね、ちゃんと話しておかなきゃいけないの。ちゃんと状況を理解してもらったうえで売買がなされるの。だけど、ご主人様は無知で……、私はそれをいいことに自分の都合のいいように利用して……。……だから、これは、そのお詫びとお礼です。」
……。
ミィナが何を言いたいのか、半分も理解できなかったが、お礼だというなら、美少女の膝枕を十分堪能させてもらおう。
「私は以前、少しの間でしたが、冒険者ギルドで働いていたんです……。」
ミィナが俺の頭をなでながらゆっくりと話し出す。だけど、目は塞がれたままなので、ミィナがどのような顔をしているのかわからない。
「私の持っているギフトの中に『鑑定眼』というのがあります。これは冒険者ギルドや商業ギルドなど、未鑑定のアイテムを扱うことが多い処では大変有益なギフトなんですよ……。」
ギフトというのは、神々から与えられる特殊な能力のことで、俺にとってはスキルといった方が分かりやすい。
大抵は5歳の洗礼式の際に与えられるのだそうだ。
洗礼式を終えた子供たちは、与えられたギフトを活かすための職に就くために努力を始める。
与えられるギフトは大抵一つか二つ。稀に三つ以上与えられることもあるが、それは本当に稀なことだ。
逆に、一つもギフトが与えられないこともある。単なる神の気まぐれなのだが、人々はそうは思わず、ギフトを授けられなかった子供は、必要のない子だと、差別の対象になったりもする。
口減らしの際、真っ先に売られるのはこういった子供たちだったりするのだが、後天的に、何らかのきっかけでギフトを授かることもある。しかもその際に与えられるギフトは、必ずと言っていいほど、レアなモノだったりするので、洗礼式の際にギフトを与えられなかったからと言って、悲観することは無く、その後も一生ギフトがない訳ではないのだが、目先の事しか見えない人ほど、そうは考えず役立たずと罵り、自らの子であっても、平気で売りに出すのだ。
逆に生まれながらにギフトを持っているものもいる。こういう子供に授けられるギフトは、大抵の場合、他にはない希少で強力なものが多いため、『女神の寵児』として大事に扱われる。
そしてミィナは、そのどちらのパターンでもなく、ごく普通に、洗礼式の際に「調合」と「付与」という二つのギフトを授かった。
これは錬金術師や薬剤師などを目指す者にとっては必ずほしいと思う、垂涎のギフトなのだが、ミィナの生まれた村では、そのギフトを活かすような施設も職業もなかったため、半分役立たずと思われながら、育ってきたという。
そんなミィナの運命の転機は12歳の時に訪れた。
ミィナは自分のギフトを活かすため、村人たちに隠れて調合の練習をしていた。
ちょっとしたポーションが作れるようになったころ、そのポーションの情報が分かるようになったことに気づき、調べて見たところ、『鑑定眼』のギフトをいつの間にか授かっていたことが分かった。
しかし、レアなギフトである鑑定眼を授かっても、村では活かすことが出来ないことを、すでにミィナは理解していた。
だからミィナは、たまたま村に来ていた冒険者を通じて、自分が鑑定眼を持っていることが冒険者ギルドに伝わるように行動した。
結果として、近くの街……と言っても村から徒歩で1か月以上かかる場所にあるのだが……のギルドに売られることになった。
働きに行く、のではなく売られる、といったあたりに、ミィナが村でどう扱われていたのかが伺える話だった。
それでも、ギルドではミィナのギフトは有益に働き、ミィナも大切に扱われ、普通の生活が送れる……はずだった。
ある日のこと、ギルドでいつものように働いていたミィナの下にあるアイテムが届けられた。
『これは由緒ある魔法の品だからどれだけの価値があるか鑑定してほしい』
そういう依頼だった。
特に珍しいことではなく、これまでも似たような依頼は持ち込まれていたので、ミィナは深く考えずにその品を鑑定した。
その品は見た目ボロボロの、切れ味もないようなナイフであったが、鑑定眼を通した目で見ると、強力な魔力に包まれて光り輝いていた。
「これは、どのような効果かわかりませんが、ものすごく強力な魔力が込められていますね。……魔力の強さからAランク相当の魔法でしょう。」
そう答えると、男は「ではそれで鑑定証を発行していただけますかな?」という。
ミィナは、特に疑問にも思わず、鑑定証を発行する手続きをした。
少々お金はかかるが、鑑定証があれば「お墨付き」という事で取引の際に信用度が上がるから、高価なものになればなるほど、鑑定証を発行してもらいたがる者は多い。
ミィナにとっては、いつものよくあるお仕事……そのはずだった。数日後に貴族からの呼び出しがあるまでは。
ギルドマスター共々貴族の屋敷に呼び出されたミィナ。
目の前に差し出されたナイフは、ミィナが数日前に鑑定したものだった。
「これを鑑定し、鑑定証を発行したことに間違いはないな?」
「はい、間違いありません、ですがこれは……。」
貴族の問いかけに頷くものの、見せられたナイフには、鑑定した時にあった魔力が一切消えていた。
「つまり、そなたらは、間違った鑑定をし、間違った鑑定証を発行し、詐欺の片棒を担いだというわけだな?」
「いえ、それは、その……、そう、ここにいる見習いが勝手にやったことで……。」
「そんなっ、あの時は確かに……ぁ……。」
その時ミィナは気づいたのだ。かけられていた魔法は目くらましの魔法……一時的に魔力を付与するだけのモノ。
それに気づかずに魔力が籠っていると勘違いした自分が未熟だった……それだけの話だ。
結局、ギルドマスターは、すべての責任をミィナに押し付け、ミィナは、その身を売られることになったのだ。
それでも犯罪者とされなかっただけ、貴族の処断はかなり甘くしてくれたのだろうと思う。
「……それからはずっと買ってくれる人を探してのハロワ暮らし。でも、ギフトを偽証し、貴族に詐欺を働いた、という噂が流れて、だれも買ってくれなくてね。年季も近づいてきてるし、どんどん値下げしても購入者が現れなくて……。」
奴隷……じゃなく、自売就労者の購入金は、仕入れ代金としてハローワーカーに支払われる。
ハローワーカーは、就労者を仕入れる際にお金を払っているのだから当然の事だ。
しかし、仕入れ値に加えて、その後の生活保障金、そして利益などを計算して、売値をつけるのだが、売れずに値下げをしていけば、当然赤字になる。
その赤字の補填は、売られた就労者が、その後の稼ぎの中から支払っていくことになるのだ。
ミィナの購入価格……銀貨10枚は、はっきり言って破格の値段だった。
買取時の値段が安いほど、その後のミィナの稼ぎからハローワーカーに支払われる期間が長くなる。
それは購入したほうにとっても、あまり面白いものではない。自分が就労者に払ったお金がハローワーカーに流れていくのだから当然だろう。
だから、購入者は、買う段階で、そう言う「ヒモ」がついているかどうかまで確認してから購入を決めるのだという。
俺はこの世界に来たばかりで何も考えなかったが、普通は、ミィナみたいな相場以上に安い価格……よほどの訳ありだと、かえって敬遠されるのだという事を、後で知った。
「もうね、金額このままで、夜の契約も更新するしかないかなぁって諦めていたの。そんなところでご主人様が現れて……本当に感謝してるの。」
頬に、何か冷たいものが当たる……。これは……泣いて……いる?
……いや、そんなことよりっ!
俺はガバッと身を起こして、ミィナの顔をじっと見つめる。
「キャッ、いきなりどうしたのよ。」
驚いた顔で俺を見るミィナ。その瞳が潤んでいるところから、少し泣いていたのは間違いないが、今はそんなことどうでもいい。
「一つ確認したいことがある。」
「え、えぇ、何でしょうか。」
「もし、俺があの場で購入しなかったら、金額そのままで夜のご奉仕OKに契約変更していたって本当か?」
「え、えぇ、まぁ……。どうせそのままだと娼館行きになって、不特定多数の相手をさせられるのですから、それならいっそのこと、一人だけの方がましかなぁと。」
「という事は、俺が少しだけ我慢していれば、今頃エッチできてたってことだよな?」
「あ、え、えーと…………そう……、なるのかな?」
「く、くそぉー!どうして我慢できなかったんだ、俺っ!なんてタイミングであわせるんだよっ。女神さまのバカヤロー!」
俺はショックのあまり、部屋の片隅で座り込んで蹲るのだった。
「えっとね、あの……。買ってもらえて感謝してますからね?」
珍しくミィナがオロオロして、慰めの言葉をかけてくるが俺の心には響かない。
「あ、ほら、エッチはダメだけど、さっきみたいに膝枕ならたまにしてあげるから……ほら……泣き止んで……飴ちゃんいる?……あぁ、もぅ……めんどくさいよぉ、このご主人様ぁ……。」
先ほどまでのしんみりとした空気は、いつの間にかどこかへと吹き飛んでいた。
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