掌編600字・プールとイルカ

柴田 康美

第1話

 一日中オレはプールだ。潜水しているのは一日中イルカの、キミだ。どうだ、キミはオレをどうおもっている?おおへいなやつとかはなもちならないやつとか。オレはキミを素直でやさしいおもいやりのある仲間だと思っている。どうだいまわりを青く塗って見栄えがよくなっただろう。海の底にいるようにおもわないか。まずキミ自身が絶対的に海だと確信しなければならない。すべてはそこからはじまる。早くいって完全な海のなかのイルカのように泳ぎまくりたまえ。泳げ、サッ、力のかぎり泳げ、行け。なめらかな水中の化身となっておおあばれしてこい。


 イルカは働き者だった。誰よりも早く起きた。輪のなかをくぐることをいちはやく覚えた。水中から一気に飛びあがった。上がると空中で尻尾を振った。観衆はその妙技に酔った。その姿態の美しさに拍手をおしまなかった。イルカは幸福だったが一方でとてつもなく不幸だった。自由を欲していた。大海原を一度経験したものにとってはプールはどこまでもプールだった。


 プールさん、おねがいですから海へ出してくれませんか。ある日イルカはプールに相談した。そうだなキミも長い間がんばったってくれた。一週間に一度は戻ってきてくれよな。そういうと外洋に通ずる入り口の重い鉄柵を開いた。


 ぷわぁー、プールは大きくあくびをした、やさしいイルカのようになっていた。イルカは二度とプールのところへ戻らなかった。意識はすでにおおへいなプールのようになっていた。




               (了)

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