第32話

 夜会の会場は王宮の広いホールだった。

 もちろん床は大理石。天井には美しい絵画が描かれて、揺れるシャンデリアの炎が美しい天使たちを揺らめかせまるで天国のような雰囲気を醸し出している。

 柱は見事な大理石の円柱に大胆なレリーフが彫られたとても美しいものだった。

 ホールの外は中庭に続いていて、扉も解放されていてとても広く感じられた。

 もちろん庭にはたくさんの花が咲き乱れて、灯された灯りで花々が色とりどりの輝きを放っていた。

 「シャルロット様?大丈夫ですか?」

 「ええ、マール様大丈夫です。でも少し喉が渇きましたわ」

 緊張のあまり声がかすれた。

 「これは大変だ。カクテルはどうですか?甘くて飲みやすいですよ」

 「ええ、そうですね」

 「では少し待っていてください。そこを動かないで下さいよ」

 マール様は笑いながら飲み物を取りに行かれた。


 私はきょろきょろしていた。

 ロベルト様を探していた。きっと王族はすぐには現れないわよね。でもいつ現れてもいいように…

 私は持っていた小さなバッグをぎゅっと握りしめる。この中に眠り薬が入っている。粉だと混ざるのが時間がかかるかもと、わざわざ液体にして持って来た。小さな小瓶に入れているので、すぐに取り出せるとは思うが、タイミングを逃さないようにしなくてはならない。


 待っている時には、待ち人現れずの通り、ロベルト様の姿はまだ見えなかった。

 「シャルロット様、カクテルをどうぞ」

 「ありがとうございますマール様。それは何ですの?」

 マール様の持っているグラスの色は違った。

 「これはワインだ。シャルロット様も飲んでみる?」

 マール様がグラスを向ける。

 「また後で頂きますわ。では、乾杯」

 グラスを合わせてカクテルを飲む。


 「うっ!このカクテル何の味でしょう?」

 「何だろう?毎年カクテルは人気で男性もご婦人方もカクテルの前に並んでるんだ。大きな器にこのカクテルが作ってあってボーイが目の前でグラスに入れてくれたんだが…でも、これは貴族専用のカクテルで…」

 「カクテルにもそんな専用が?」

 「ああ、これは希少なりシュリート産のリキュールを使っているはずだからね。一般には主にワインが振る舞われるんだ」

 「そうなんですか…」

 グラスを透かして見る。次に匂いを嗅いで何が入っているか。

 色はオレンジ色の柑橘系…レモン?オレンジ?ペパーミント?ラベンダー?

 いえ、これは…誤魔化してはいるがスズランの匂いに似ている気がします。


 私はヨーゼフ先生を探す。近くにいると言った彼を…

 何だかおかしい。スズランをみんなに飲ませるなんて…

 もしもアルベルト様やマール様のように薬湯を飲んでいる人がこれを飲んだら…


 「そう言えばマール様が倒れられた時って何か飲まれました?」

 「あの時は…咳がひどく出てエリザベート様から別の薬湯を…と言っても作っているのは王城にいる魔女たちだと聞いているけど…確かオオバコと…」

 「オオバコを飲んだんですか?それで発作が起きたって事ですか?そう言えばマール様今日も私が差し上げたお茶を飲まれましたか?」

 「ああ、もちろん。シャルロット様から頂いたお茶は毎朝飲んでいますから」

 マール様はにこりとされた。

 私はアルベルト様とマール様にお茶を作って渡していた。

 アルベルト様のところはアビーに預けているが、必ず朝このお茶を飲んでいただくようにと、そのお茶には解毒作用のあるドクダミが入ったお茶で匂いを消すためにカモミールやペパーミントも混ぜてはいるが何かあった時の為にと用意したものだった。

 「何かがおかしいです。マール様も飲み物は飲まれませんように、それからすぐにお父様やお母様にそう伝えてください」

 「わかった。すぐに伝える」



 私はやっとヨーゼフ先生を見つけた。

 給仕係の姿をしている彼に近づこうとした時大きな悲鳴が上がった。

 「キャー!誰か…こちらのご婦人が…」

 その声にした方に視線を向ける。

 美しいブルーのドレスのご婦人が床に倒れていた。

 まあ…大変だわ。

 今度は反対側でグラスの割れる音がした。

 振り返ると別のご婦人が血を流して倒れている。

 そして今度は男性がどこかに体をぶつけたらしくガシャーンと物が倒れる音もした。



 私が走り出すのとヨーゼフ先生が駆け寄って来るのはほとんど同時だった。

 最初に倒れたブルーのドレスの女性は呼吸困難を起こしていた。

 「しっかりしてください」

 ヨーゼフ先生はドレスの胸元を広げて気道を確保しようとした。

 「君は何をするつもりだ!」

 いきなりヨーゼフ先生が手をつかまれる。

 後ろから大きな体をした男性が睨みつける。

 「わたしは医者です。この方は息が出来ないんです。胸元を開いて呼吸できるようにしないと死んでしまいますよ」

 「君は医者か?」

 その男性は驚きながらも給仕係のヨーゼフ先生の手を放した。

 ヨーゼフ先生はまた声を掛ける。

 「ゆっくり息を吸って吐いて…」

 だが、その息さえ続かない。

 周りには同じような症状の人たちが次々に倒れて行く。

 辺りはまるで何かの事故現場のような惨状になった。

 ああ…神様。こんなことが…


 私は無意識のままに思わず手をかざした。

 周りの全てに力を注ぎ込むように身体ごとゆっくり回り始めた。ぐるぐる回りながらお腹に力を込める。

 どうか皆が助かりますように。毒よ消え去って!すべての人の身体から毒を取り出して…お願い。お母さま、カロリーナ力を貸してみんなを助けて…

 必死で力を、パワーを発動させる。

 そして渾身の力を振り絞って全力で力を送り続ける。



 どれくらい経っただろう。

 私はやっと目を開いて周りを見た。

 「シャルロット‥君はすごいよ。見てごらん、みんな大丈夫そうだ」

 マール様が驚いた声でつぶやいた。

 私は周りを見る。

 倒れていた人ももう苦しんではいない。呼吸が楽になったのか次第に顔色が戻って行く。

 もがいていた男性もゆっくりと息をして引きつていた顔が穏やかな表情になって行った。

 次々に私の周りに人が集まって来る。



 マール様は私のすぐそばにいたがそれを押しのけるようにして表れたのは近衛兵だった。

 「皆静まれ、エリザベート様がお見えになる。そこをどけ!」

 近衛兵が乱暴にマール様を突き飛ばすとわたしをぐるりと取り囲んだ。

 「マール様大丈夫ですか?」

 マール様は倒れた時に頭を強打されたらしく倒れたままだ。

 私はマール様に駆け寄ろうとしたが近衛兵たちがいて近づけない。


 そこに現れたのはエリザベートだった。その後ろにアルベルトが駆け寄って来るのが見えた。

 「シャルロット!」アルベルト様の大声で叫ぶ声が聞こえた。

 「あっ…アルベルト様…私…やりまし、た、わ…」そう言ったのが最後だった。

 シャルロットの目の前は真っ暗になった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る