第20話(アルベルト視点)
俺はカロリーナに会わずに帰ってきた日から、毎日訓練など手に付かなくて悶々とした時間を過ごす。
いつもならランニングで隊員たちに追い越されることなどない俺が…
ったく!
「えっ?隊長今日はどうしたんですか?何かおかしなものでも食べたんじゃないですよね?」
隊員たちにからかわれてもちっとも気にならない。
俺の頭の中はカロリーナの事でいっぱいで、彼女の事を考えると脳みそはお花畑みたいにピンク色に染まる。
クッソ!こんな事ではいけない。
俺はそんな男じゃなかったのに…
やはりカロリーナを諦めるなんて無理だったんだ。
いっそのことカロリーナを連れて来ればよかった。そうしていれば安心できたのに…
そんな後悔をし始めて俺はついに1週間後、カロリーナの家をもう一度訪ねることにした。
もちろん国家秘密隊の奴らに絶対に気づかれてはならないと、隊服を着ずに乗馬のいでたちで出掛ける。
そしてムガルの街で幾度となく後をつけられていないか探りを入れ用心に用心してカロリーナの家にたどり着いた。
その直後!驚愕の事実に直面することになる。
彼女はいないらしい。
ドアの表にはこう書かれていた。
【急で申し訳ありません。この家に住人であったカロリーナは永眠いたしました。お世話になった方々にお礼を申し上げます】
カロリーナ!!永眠って?死んだって事なのか?嘘だ。そんなの嘘に決まってる。
だが、考えてみれば彼女は120歳と聞いた。あんなに若々しく見えても…
「…はぁぁぁぁぁ……」
俺はどうすればいいんだ?
クッソ。あともっと早く来ていれば…いや、そういう問題じゃないだろう?
だが、死に目にも会えなかった。彼女は俺を憎んだままで?
背筋がゾクッと震えた。
魔女に呪われたら…?
そしてドアノブにかかっている小袋を見てさらに顎が外れそうになる。
それは、あの日俺に入れてくれたハーブティーと同じ匂いがした。
もしかしてカロリーナは俺の為にこれを?
いや、カロリーナは亡くなったんだろう?じゃあこれは誰が?
それにこれを書いたのは誰なんだ?
他にもこの家に誰かいたって事か?そうだよな。カロリーナを看取った誰かがいたってことだろう。
じゃあ、カロリーナが俺の為にこれを作っていたから、その誰かがここにかけて行ったって事なのか?
ああ…きっとカロリーナは俺が黙っていなくなって傷ついただろうに、それでも俺のために?
胸の傷口はさらに大きく広がった。
あれからエリザベートの作った薬湯を飲まなくなって息苦しさもなくなっていたのに、いきなり息が苦しくなった。
もし、そうなら…俺はなんてことをしてしまったんだ。
今さらながらに、彼女の優しさに思いを馳せた。
その日から俺はすっかりふさぎ込んだ。
訓練にも顔を出せず、部屋にこもりがちになり体にはまったく力が入らない。
「隊長、一度医者に診てもらった方がいいですよ。どこか悪いのかも知れません」
レオンは心配してそう言うが俺の病は誰にも治せるはずがなかった。
俺はどんどん具合が悪くなり、とうとう起き上がることさえもままならなくなる。
「隊長、このままでは…一度デルハラドに帰られたらどうでしょう?こんな所ではロクな医者もいません。デルハラドに帰ればどこが悪いかわかるかもしれません」
「いや、病気じゃないんだ。カロリーナが死んで俺は生きる気力を失くしたんだ」
「じゃあ、まさか隊長の恋の相手って?カロリーナ様だったんですか?カロリーナ様が死んだって本当なんですか?」
「ああ、家に行った。ドアの表にそう書いた紙があって」
「でもおかしいんじゃ?誰が彼女を看取ったんです?」
「そう言えば…」
いきなり俺はがばりと起き上がった。
もしかして彼女は生きているのか?
後光がさしたみたいに脳内にもしかしたらと期待が沸き上がった。
こんなことはしていられない!
俺はすぐにレオンにカロリーナの行方を捜すように指示を飛ばす。
「レオン10日ほど前にムガルの馬車乗り場で杏子色の花びらのようなあわいピンクの髪、緋色の瞳、唇はふっくらして可愛くて食べてしまいたくなるような…いやそうではなくて、年のころは10代の若くて美しい女性。そんな女性が馬車を使わなかったか調べてくれ!」
「ええ、それは調べますが…カロリーナ様ってそんな若いんですか?」
「うるさいぞレオン。お前は知らなくていい」
何しろレオンはプレイボーイって噂だ。あんな可愛いカロリーナを見たら…
嫉妬で胸が焼けるように痛い。
一体どうしたって言うんだ俺は?
「隊長。手配はしますし彼女を探し出しますから…隊長は一度デルハラドに帰って下さい。一度ゆっくり休んでからでも遅くはありません。すぐにカロリーナ様が見つかるはずもないでしょうし…」
「何、こんなの食事をすっかりとればすぐに良くなる。いいから手配を頼む」
「もう、倒れても知りませんよ。でも、もし倒れでもしたら即刻デルハラドに帰っていただきますから」
「ああ、わかったレオン。頼んだぞ!」
「いいんですけどね。隊長がカロリーナ様にねぇ…」
レオンはにやにやしながら部屋を出て行った。
それと行き違いにアルベルトのもとに手紙が届けられた。
デルハラドにある自分の屋敷の執事からだった。
俺はすぐに手紙を見る。
『アルベルト・ルミドブール・ドエストラード様へ
旦那様にはお元気でお過ごしのことと思います。
実は数日前侍女のアビーが馬車とぶつかり怪我をしまして、怪我は打ち身と切り傷で大したことはなかったのですが、運のいい事に親切な魔女殿に助けていただきまして、彼女のお名前はシャルロット様と申されます。
どうやら皇都に来たばかりの様で住むところもないという話で、アビーがどうしても屋敷に来ていただこうと言いまして、勝手ではございますが、しばらくその女性を屋敷で預かることにいたしました。
幸いシャーロット様はヨーゼフ先生のところに仕事が決まり毎日そちらに働きに行かれて、それはもうまだお若いのに、たいそう優しく薬草の知識も詳しくとてもいいお嬢様です。
レオン様から伺いましたがお身体の具合が良くないそうで、旦那様に何かあったらと心配しております。
どうかお願いします。養生のため屋敷の方に帰っていただければと思っております。
旦那様は働きすぎです。
一度ヨーゼフ先生に見ていただいてこの際少しお休みを取られてほうがいいんです。
魔女殿もそれはもう可愛らしいお方で、きっと旦那様も気に入られると思いますよ。杏子色の花びらのようなあわい髪色、緋色の瞳もそれはお綺麗でして、それになによりシャルロット様は純真なお方だと思います。
ヨーゼフ先生も感心していらっしゃいました。若いのに知識も豊富でどんな患者にも分け隔てなく接してくれると、ぜひ旦那様に早くご紹介したいものです。
では旦那様くれぐれも無理をなさいませんように。
ー追伸ー
もうすぐ毎年恒例のエストラード皇国の建国記念行事があります。旦那様もご出席しなくてはなりません。ですのでこの際すぐにでもお屋敷にお帰り頂きますようお願いいたします。 執事トルーズより』
トルーズの奴。
レオンもだ。あいつ余計なことを…
だが、待てよ?
杏子色の花びらのようなあわい髪色だって?緋色の瞳も…まさかカロリーナの身内とか?
やっぱりカロリーナは亡くなってその女性がカロリーナを荼毘に伏してムガルを去ったのか?
色々な可能性が脳内を網羅しまくって、もう何が正しい事かもわからなくなる。
こんな調子では…やっぱり一度デルハラドに帰った方がいいのか?
俺はそう直感でデルハラドに帰るべきだと感じた。
あの時も彼女と離れるべきではないと直感ではそう感じたのに。
もう二度と同じ間違いは犯したくなかった。
俺はムガルでのカロリーナ探しはレオンに任せる事に決めた。
そして、翌日馬車でデルハラドに向かう事にした。
その女性がカロリーナとどんな関係か確認する必要がある。
とにかくデルハラドに帰らなくては…
はやる気持ちを何とか抑えて俺は馬車に身体を横たえていた。
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