第16話
そして翌日私はひとりでエストラード皇国に行くことになった。
クレティオス帝に挨拶をして宮殿の入り口でグラハム様に見送られた。
女のひとり旅は危険だということでコンステンサ帝国とエストラード皇国の国境までは侍女が馬車に一緒について来てくれることになって少し心強かった。
侍女の方は私を優しく気遣ってくれて、人の苦手な私も安心出来た。
だが、ムガルで馬車を乗り換えエストラード皇国に入るときからはひとりになった。
緋色の瞳を持つ魔女をして旅をすることになり、私はまた萎縮しながら旅をつづけた。
デルハラドまでは宿で一泊しなければならなかった。
気が重いが頑張らなければと気持ちを奮い立たせる。
国境では騎士隊の人を見かけた。
アルベルト様はどうしているのだろう?
きっと私の事などすっかり忘れているだろう。本当はそんな風に考えたくないけどやっぱりあれは間違いだったことで…
それにアルベルト様は次の皇王になる方だもの。私はそんな事を望んではいけない。
私はお母様とカロリーナの恨みを晴らせれば…今はそれだけに集中しなきゃ。
国境を越えて無事に馬車は進んで行った。
デルハラドはコンステンサ帝国に近い町だった。そもそもエストラード皇国が一番コンステンサ帝国に近いからだ。
デルハラドにはあと半日ほどの街ザシードだった。
何か買おうかと店先で迷っていると声を掛けられた。
「あんた魔女なのかい?」
「あっ…そうですが」
「それじゃあ、魔術も出来るんだろう?」
「いえ、無理です。私は初心者なので…」
「はっ?瞳が赤いから魔女かと思ったから魔術が使えない魔女なのか?初心者なんておかしな魔女がいたもんだ。あんたみたいな小柄な女。魔術が使えなかったらなんの役に立つんだ?仕事の邪魔だ!どいてくれ!」
男は何か頼みたいことでもあったのだどうか?ひどく機嫌を悪くして私に当たった。
「あの…どこに行ってもそんな事を言われるんですか?」
「当たり前だろう。赤い瞳は魔術が使える証みたいなもんだ。それ以外に女に何が出来るって言うんだ?後は子供を産むことくらいだな」
店の主人がいやらしい目で私を見た。
私は言い返すことも出来ずに慌てて店先を後にする。
これだから嫌なのよ。
人と関わるなんて…
また子供の頃の記憶が私をむしばむ。
女は子供を産むのが仕事。確かにこの世の中は男が強くて女は弱い生き物で、だからこそ魔女はみんなから憧れの的で見られるんだ。
私はずっとムガルで嫌われて来たのに、なのにエストラードに来たら今度は魔術が使えない魔女だって言われなければならないの?
もうカロリーナのせいよ。心の中で叫んでみる。
どこまで行っても私はこんなに小さくなって生きて行かなければならないのかな。
カロリーナは封印を解いたって言ったけど私には魔力の使い方さえもわからないのよ。
魔女だって言わなければよかった。でも赤い瞳は魔女の証だし隠すことはできない。いっそ瞳の色を変える薬を使った方がいいかも知れないかも…
でも、これからはそんな事ばかり言ってはいられなくなるに違いない。もっとしっかりしなくちゃ!
そんな事を考えながらがっくり肩を落としてその日泊まるために宿を取った。
部屋に入るひとりになるとやっとほっとした。
しばらくして外がやけににぎやかになる。
人が走り騒ぎ声が聞こえた。
「誰か、治癒師を呼んで来て」
「このままじゃ‥あんたしっかりしなさい。おい、しっかり」
私は急いで部屋から出て様子をみる。
そこには苦しむ女性がいた。
女性は酷い打撲と腕には切り傷を追っていた。
「まあ、大変。大丈夫ですか?」
「あなたは…治せるんですね?」宿の人が期待した目をして見つめた。
「…うぅ‥‥」女の人は苦し気な声を出した。
「わかりません。でもその治癒師が来るまでの間だけでも」
魔術は使えなくても私にはそれなりの知識はあった。
女性の体に触れて骨が折れていないか確かめる。
良かった。骨は折れてないみたい。
「傷むでしょうが少し待っていてください」
私は急いで荷物の中から、痛み止めのベラドンナの粉末を水に溶かしてその女性に飲ませる。
「ここには炭はありませんか?」
「はい、ありますけど」
「それを少し頂けますか?」
宿に人が急いで炭を持ってくる。
そして炭を粉にして少しの水で練って布切れに塗り患部に貼る。いわゆるシップの役目を果たす。
そしてアルベルト様にした時のようにおへそに力を込めて、そこから力を引っ張り出すようにしてその女性の怪我をしている部分に手をかざす。
早く痛みが引きますように、打ち身の腫れがひきますようにと、祈りながら念を送る。
この時カロリーナの声はしなかった。私が付いてるって言ったのに…
きっと私の思うようにしていいって事なんだと、というより勝手に身体が動いていた。
私は何より苦しんでいる人の役に立ちたいって思うから。
しばらくするとその女性が落ち着いてきて寝息を立て始めた。
きっとベラドンナが効いたのだろう。
良かった、これで少しは楽になってもらえた。
それにしても、旅の疲れと仕事を断られたショック、それにこんな事に力を使って私はすごく疲れた。
「あの…もしよかったら食事になさいませんか?」
「ええ、そうですね」
宿の人が声を掛けてくれた。
「お食事はすぐにお持ちしますので、それにしてもあなたはやっぱり魔女なんですね。こんな誰ともわからない女性にこんなに良くしてくださる魔女なんて今時いませんよ。いや、ほんとに助かりました」
「それってどういうことです?」
「あっ、いえ。何でもないんです」
「そう言わずに教えてもらえませんか?」
「ええ…新しい皇王と聖女様になってから魔術は高貴なものだからって私たち庶民なんかには使ってもらえないんです。怪我や病気をしてもせいぜい薬をもらって飲むか貼るかくらいでして…」
「いえ、私もそんな力はないんです。ただ、彼女が眠ったのは痛み止めの薬が効いたせいです」
「そんなはずないですよ。あなたは手をかざしてパワーを送っていましたよ。彼女の顔色を見ていればわかりましたよ。あなたが手をかざしてすぐに苦しそうだった顔が穏やかになって、薬がそんな早く聞くはずないですから」
そう言われてみれば確かにそうかも知れない。
アルベルト様の時だって、薬の力だけではない何かが働いたとしか思えなかったから…
「いえ、ほんの偶然です。私、本当に使えない魔女ですので」
「自信持ってくださいよ。あなたは素晴らしい魔女ですよ」
「そんな、ほんとに偶然なんです」
「まあ、そんなことありませんよ。あなたは立派な魔女ですよ」
ひょとしたら私、封印が説かれて魔力が使えるようになってるの?
私の心に仄かな期待が生まれた。
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