第7話
パニックになった。
何とかしなきゃ…落ち着いて。カロリーナだったらどうする?
脳内に声が聞こえた気がする。
(しっかりして!彼の様子をよく見て、脈はある?息はしてる?もしかして毒かもしれないわ。何か匂いとかはしてないか確かめて)
なぜか死んだはずのカロリーナの声が聞こえたような。
まさか…
とにかくアルベルトの様子を観察しながら、苦しそうなので彼の襟のボタンをゆるめる。
アルベルトは意識はなかったが、脈もあったし、息もしている。顔に近づいて匂いを嗅いでみる。さっき飲んだオオバコとヨモギかしら?ちょっと待って…これは‥‥スズラン?
でもどうしてスズランの匂いが?
はっとして、彼の持っていた水筒に駆け寄った。
その中にはぜんそくに効く薬湯が入っていると彼は言っていた。
中の液体の匂いを嗅いでみる。
おかしいわ。レモングラスにコリアンダー、そしてやっぱりスズランが入っている。
でも、スズランってかなり毒性が強いはず。頭痛や下手をしたら心臓麻痺を起こす可能性だってあるのに?
もしかしてスズランの匂いをごまかすためにコリアンダーやレモングラスを入れてるの?
そうだとしたら、私は大失敗をしたことになる。
オオバコには血液の循環を良くする作用があって、心臓麻痺を起こしやすいスズランと一緒に身体に入れたら…
ああ…たいへん!
私はもう一度アルベルトの胸に耳を当てて心臓の鼓動を確かめる。
たくましい筋肉の下で脈打つ音は弱々しかった。
「どうしよう。脈がかなり弱ってるみたい…」
(いいから落ち着いて。心臓には何が効く?)
まるでカロリーナとやり取りしているみたいに脳内でやり取りをする。
ううん?確か心臓の薬と言えば…あっ!トリカブトだわ。
私は急いでリビングの奥にある仕事部屋に走る。
棚からトリカブトの根を乾燥させて粉末にしてあるビンを取り出す。
もちろん薬として使えるようにした粉末をひとさじすくいそれを容器に入れる。
それを持って湯冷ましで溶かしアルベルトのそばに近づく。
「アルベルト様しっかりして。目を覚ましてこれを飲んで」
身体を揺すっても彼はピクリとも動かない。仕方なく唇を無理に開かせて匙ですくった液体を流し込んでみるが、液体は口の端から零れ落ちてしまう。
ああ…もうどうすればいいの?
あぁ、もう…アルベルト…
早くしないと死んじゃう!?
思い余った私はその液体を口に含んだ。
そしてアルベルトの唇に自分の唇を重ねる。
とにかく彼を助ける事だけを考える。
(お願いアルベルト様これを飲み下してちょうだい)そんな願いを込めながら私は彼の口の中に液体を流し込んで行く。
彼は少しずつ液体を喉に流し込んで行く。
そうやって何度か液体を彼に飲ませた。
しばらくするとアルベルトの顔に赤みがさしてきた。
脈もしっかりして来たように思う。
でも意識が戻らない。
きっと大丈夫よ。私にできるのはこれしかないんだし、他の手の施しようがないもの。
床に寝かせておくのはかわいそうだけど私ひとりじゃとてもこんな大きな体。
彼を抱き上げるのは無理だわ。
仕方なくクッションを頭の下に差しこんで、しまった毛布を取り出して彼にかけると彼のそばに座り込む。
(おへそに力を込めてそこにパワーを集めるの。そしてそのパワーをあなたの手の平から彼の身体に注ぐつもりで、彼の体の上にかざして念じるのよ。意識を取り戻せって、毒よ消え去れって念じて)
また誰かの声がした気が。
「そんなの無理よ。だってカロリーナは何も教えてくれなかったじゃない!」
天井に向かって叫ぶけど、そこには誰もいない。
(あなたしかいないの。彼を救えるのはあなただけ。絶対に出来るわ。さあやって!)
いきなりやってだなんて戸惑うが、目の前にいる人を放っておくことなんて出来るはずもない。
私はおへその周りに力を込める。
ぎゅっとパワーを集めるとそのパワーをアルベルトに向かって放出するみたいに手を前にかざした。
目を覚ましてアルベルト様。あなたはこんなところで死んではだめよ。さあ、目を覚まして…忌々しい毒なんか消えてしまいなさい!
何度もそうやって彼にパワーを送る。
「…はぁ、はぁ、はぁ‥」何でもない事みたいに思えたが何度もそうやってパワーを送っていると身体中の力がなくなって行くみたいで呼吸が乱れた。
とうとう身体のバランスを崩して彼の上に倒れ込んでしまった。
「…ぅうう‥……ん?」
アルベルトが目を開けた。瞳と瞳が合う。
私は彼の上にかぶさっていて、一気に心臓がバクバクしてかぁっと熱くなる。
「……あの、私。違うのこれは…」
バタバタと彼の上から下りようとするが慌て過ぎて要領を得ない。
もがいていると彼の腕がぎゅっと私の腰に回された。
「危ない!待て、俺はどうしたんだ…」
アルベルトがぐるりと頭を回す。
自分が床に転がっていることに気づくと話は早かった。
「そうだ。俺は胸が苦しくなって床に転がって…」
「そ、そうよ。あなた意識を失って、私もう驚いて…っていいから離してくれない?」
「あっ!すまん…」
アルベルトが手を貸してくれて私はゆっくり彼の身体から上体を起こす。
なぜか彼も私が起き上がるのと同時に起き上がって、私たちはくっついたまま重なり合うように起き上がる。
彼は、はにかんだようにほほ笑んでまた目が合う。
見つめ合うふたり。
ちょっとそんな場合じゃぁ?
「コホン、もう、大丈夫みたいね」
「ああ、そうだな。げっ!口の中がおかしな味がする。何か飲ませたのか?」
彼の顔が面白いほどしかめっ面になっているが。
「ええ、でも取りあえず離れてくれない?」
「いやだって言ったら?それより何だこの味は?」
「あのね。あなたはスズランを飲まされてたのよ。スズランは心臓マヒを起こす恐ろしい毒なのよ。知らなかったの?」
「そんなものいつ?」
「ぜんそくの薬湯って言ってた水筒の中身よ。他にもレモングラスとコリアンダーが入ってるみたいだけど。きっと匂いをごまかすためね。でもほんとに危なかったんだから、私がトリカブトを飲ませなかったら…」
ため息が出た。ほんとに助かって良かったわ。
「うそだろう?それでいつも頭痛がしてたのか?やっぱりレオンが言っていた事は本当なのか?」
彼はぶつぶつ言う。
「何の事?」
「いや、こっちの事だ。気にしないで。それより俺に意識がなかったのにどうやってそんなもの飲ませたんだ?」
今度は不思議そうな顔をした。
そんな事言えるわけないわ!
「それは…秘密です」
思いっきりキスしたことを思い出し顔を背ける。
そんな私はさっきから彼の膝の上に座り腰に腕をまわされて完全に確保された状態だ。
どうしようもないほど恥ずかしい姿なのに、なぜかその温かい感触が気持ちいい。
どうなってるの?
「もしかしてカロリーナ?キスしたのか?嘘だろ!?」
「いえ、違うの。あれはキスじゃなくって医療行為よ。だってあなたに薬を飲ませなきゃ命の危険だってあったんだもの。背に腹は代えられないわ!」
「君の唇がお、おれの…いや、その…悪いけど俺のファーストキスを奪ったのか?」
「そんな事知る訳ないじゃない。あなたがファーストキスなら私だって…」
そう言った瞬間、しまったと思うがもう遅かった。
「カ、カロリーナは120歳なんだよな?それなのにその年でファーストキスなんて嘘だろ?じゃあ、まだ、その、経験はないって事なのか?まあ見かけは10代だけど…」
アルベルトが全身を舐め回すような目つきで見る。
「やめてよ!そんないやらしい目で見るのは」
慌てて彼の膝から離れようとしたが、その前にアルベルトの唇が私に唇に重なってきた。
軽く合された唇はすぐに激しいキスになった。
離れようと思うのに彼の唇は甘くて抱き留められた感触は感じたこともない心地よさで…
ぞくぞくする身体。内側から熱が上がって彼に触れている下半身がジンジン痺れたような感じがして。
しばらくしてやっと唇を解放されるとわたしの唇は蕩けそうなほど気持ちよくて。
思わずもっと欲しいと…な、何を馬鹿な事を。そして口から出た言葉は。
「もぉ、何するのよ!ばっしーん!!」
部屋中に彼の頬をはたいた音が響き渡り、私は彼を突き飛ばして立ちあがった。
「120歳でそんなに動揺するなんて…カロリーナ可愛すぎる…」
アルベルトがそんなことをつぶやき、不思議そうな顔で見つめる。
「今すぐ出て行ってよ!」
何よ!この男。こんな猛獣みたいな男なんかもう知らないんだから!
たじろぎながらも私は叫んだ。
でも身体が熱くて何だかおかしい。
ざわつく感じ。もっとキスしたい。胸が苦しくて、それなのにもっと刺激されたい気がしてくる。
私、どうしたの?
こんなのおかしいはずなのに!?
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