第2話
またドアがノックされた。
「もし。どなたかいらっしゃいませんか?どうしても魔女カロリーナ殿のお力をお借りしたいのです。どうかいらっしゃるならドアを開けて下さい」
その声は悲痛なほど緊張していて頼りなさそうな声にどうにも放っておけない気がして来た。
私は大きくため息をつくと仕方なくドアを開けた。
「あっ!」
「あっ!」
お互いに声を上げたまま立ち尽くす。
そこにいたのは。
体躯の大きなおまけに無愛想だったがすごく優しかった男がいた。
「あなたは…確か‥‥あの時にお目にかかった方では?もしやあなたがカロリーナ殿だったんですか?」
無愛想な男があっと口を開けた。
私はいつものマントを洗っていた。喪中なのでカロリーナがいつも着ていた黒いマントを羽織っていた。
とっさに自分の事を知られてはならないと直感がした。
カロリーナが殺されてもしかしたら自分も同じ目に合うのではという恐怖が沸き上がった。
まさかわたしを狙ってここに?
私は彼がエストラード皇国の騎士と知っていた。
まさか…
もはや返事をしないわけにもと恐る恐る答える。
「何か御用でしょうか?」
「いやぁ…驚きました。まさか。だってあなたは120歳にもなる魔女だと伺っていたもので、こんなに若いお顔立ちをしていらっしゃるとは思ってもいなくて…いえ、その、お気を悪くなさいませんように。いやぁ、なんとも、すごく‥‥きれいで…」
男の声が途中で途切れる。
じっと見つめた無愛想な顔が面白いほどため息を漏らす。
一体何を考えているのか全く分からなかった。この男は何をしに?
怪訝な顔をしてようすを伺う。
この男に人を殺めようとするような雰囲気は全くなく。
ただ、自分に見惚れているらしい顔が目の前にあるだけで…
強張った私の警戒も何だかほぐれて行く。
おまけに背中がくすぐったい気分になって行って。
それに男性から声をかけてもらったことなど生まれてこの方一度だってなかった。
いいえ違う。今日で二度目だ。
思わず気を引き締めようとするのに。
沈み込んだ気持ちがふっと明るくなって見る見るうちに頬がかぁっと熱くなり、耳まで赤くなってしまった。
まだ、マントを深々とかぶり顔をさらけ出してもいないその男に恥じらいさえ覚えてしまう。
こんなのまずい。また彼に会えるなんて思ってもなかった。
何を隠そう、この半年ずっと彼の事が気になっていた。
「あの…何がおっしゃりたいんですか?御用がないなら失礼しますわ」
私はばつが悪く恥ずかしすぎてドアを閉めようとした。
「あっ、すみません。そんなつもりではなかったんです。どうか私の話を聞いてください。決して怪しいものではありません。私はエストラード皇国の白ユリ騎士団の騎士隊長をしているアルベルト・エストラードと申します。どうかカロリーナ殿お話だけでも…」
大きな体で必死に頭を下げてくる。
閉めようとした手を停めてつい言葉が…
「やっぱり、あなたはエスラード皇国の騎士の方だったんですね…お名前がエストラードって…えっ?あなたはエストラードの方…王家の方?」
私の声は思わず上ずる。
こんな人が実はエストラード皇国の王族だったとは…知らないこととはいえ失礼はなかったのだろうか?
待って!もしかしてこの人皇太子とか?
っつ!!脳が絶句した。
もしや世界はおかしくなったのではないだろうか?
あまりに都合よく逢いたいと思っていた人が目の前に現れて…
後は言葉が出てこない。
そんなばかな事があるだろうか?
私はかなり、いや、すごく慌てた。
ドアを閉めたいが大きな男がドアの前に立ちはだかっている。
閉めたところでこの人にかかればこんなドア一枚け破るくらい朝飯前だろうが。
「やっぱりとは?それは私を覚えているという事ですよね?」
彼は、はっと顔を上げた。すぐに意味を理解したようで問いかけた。
その瞳は真っ直ぐ私の心に矢を放って…
彼はうれしそうに笑っていて…
ど、どうしてこんな事に?
って思ったら…ヒュン!!
私の心臓はリンゴではないはずなのに、その矢は見事に心臓を射抜いてしまう。
ズキンとする感覚に後ろに後ずさる。
なんだろう?
感じたこともないこのざわつき。あの日も私は確かに感じた。
半年年ほど前に会った時に。
そう忘れもしないあの日の事は。
無愛想で大きな体躯の優しかったあの漆黒の瞳をずっと忘れられなかった。
あの日の事は忘れられるはずがなかった。
初めて男性に声を掛けられた記念すべき日かどうかはわからないがとにかく初めてだった。
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