31 ストーカーは警察へ……連れて行けない。
それから一時間ほど経ち、七時半くらいに明希がむっくり起き上がった。
「……ふわぁ。おはよう誠也」
「おはよう、じゃないだろ。なんで俺の腕にしがみついてるんだ、しかもダニエラまで……。一体何があったか説明してもらおうか」
「それは女同士の秘密ってもんだよ。ねぇ、ダニエラさん。本当はずっと前に起きてるんでしょ? 顔真っ赤じゃん。何〜恥ずかしいの?」
「は、恥ずかしくなんてありませんわ!」
涎で口の周りをカピカピにしたダニエラが飛び起き、吠えた。
こいつ、起きてたのか……と驚きつつ、やっとサンドイッチ状態から解放されたことに安堵する。
それからしばらく明希とダニエラが何やら言い合いになっていたが、割愛しよう。
さらに三十分ほど後。
「とりあえず、落ち着いたか?」
「ええ、なんとか」
赤面しながらやっと答えたダニエラは、ネグリジェ姿でよろよろ立ち上がった。
朝起きたら男に抱きついていた、なんていうことは羞恥心しか湧かないだろう。でも初めて会った時点でお姫様抱っこで対面したから今更ではある。
「……昨夜のことは深く聞かないでくださいませ」
「わかった」
気になるが、そう言われては仕方ない。俺はそれ以上深入りせず、話題を変えることにした。
「それより、なんだが」
「何ですの?」
「この部屋……本当に俺と明希とダニエラの三人だけだよな?」
「どしたの誠哉。そりゃあ三人だけに決まってるでしょ」
「それが、さっきから気配がしてしようがないんだ」
そうなのだ。
彼女らが起きるほんの少し前から、こちらをじぃっと見ている者がいる気がしてならない。
正確に言うと、部屋に置いてある洋服箪笥の方から。
でも我が家にストーカーが潜んでいるなんて考えたくもないからたった今まであえて考えないようにしていたのだが、いい加減無視していられない。
「……まさか」
明希も気づいたようだった。
もちろんストーカーの心当たりはきちんとある。ダニエラは無言で俺の傍を離れると、洋服箪笥を勢いよく開けた。
「……いやらしいですわね、お兄様。ワタクシのはしたない姿を見て欲情していらっしゃったのかしら。反吐が出ますわ」
「おおダニエラ、おはよう。ダニエラの寝顔はいつも天使のごとき愛らしさだとも。だが男の腕にしがみつくのはいただけないな。兄である私にもっと甘えろ。どこの馬の骨とも知れない男に擦り寄るなど」
そう言いながらニョッキリと這い出てきたのは、昨日のシスコンイケメン……もとい不法侵入者。
ダニエラの兄、イワン・セデカンテである。
「お兄様、いつからそんなところに潜んでおりましたの」
「つい三時間ほど前からさ。例の侍女に引き留められていたんだが、我慢できなくなってね。彼女が少し目を離した隙に姿をくらまして、転移の魔道具でダニエラを迎えに来られたというわけだよ。転移の魔道具というのはダニエラを探すために開発した異界渡りの魔道具の亜種だ。父からはこれを活かせば我が侯爵家が独立国家を作ることも可能だと言われたが私にとってはそんなのはどうでもいいことだからね。私はダニエラが愛しくてたまらないんだから。
その男にここに連れ込まれたのだろうと思ったら大当たりだったな。最初は連れ去ろうと思っていたんだが、ダニエラの可愛過ぎる寝顔を見て我を忘れてしまってね。出て行くのをつい忘れてしまったよ。ああ、ダニエラ、昨夜はどうして私の前からいなくなってしまったんだ。もう本当に心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で心配で仕方がなかったぞ。だがもう離さないダニエラ、私の元に来てくれないか」
スカイブルーの瞳をギラギラさせながら、ストーカー男が言った。
一体何回『心配で』を繰り返すんだだとか、もはや彼の言動が犯罪者のそれと変わりないレベルであるとか、色々言いたいことはあるが俺はドン引き過ぎて何も言えない。
そうしているうちにダニエラは男の魔手に捕まり、抵抗するも抱え上げられてどこかに連れて行かれようとしている。それを止めようと明希はストーカー男に体当たりを食らわせようとしたが、簡単にかわされて転んでいた。
「誠哉! 警察! 警察呼んで!」
「む、無理だ明希。ダニエラの戸籍が偽造だったのを覚えてるだろ。その男を捕まえたらダニエラも……」
イワン・セデカンテを逮捕すれば、おのずとダニエラに行き着く。
そうすればダニエラが本当は外国人などでないことも公になってしまうだろう。うっかりポロリと漏らして異世界人であることがわかってしまったら――とんでもないことになる。
だから、ストーカー男を警察に連行することはできないのだった。
「じゃあどうしたらっ」
明希の叫び声が響いた、その時。
「イワン様、探しましたよ。ダニエラ様のところに行かないでと申し上げましたのに!」
パリンと音を立てて部屋のガラスの窓を割って、茶髪の少女が乱入してきた。
それはダニエラの専属メイドのサキであった。
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