30 メイドは悪役令嬢のお兄様に片想い中。
サキは、イワン様と一緒にダニエラ様の帰りを待っていました。
逃げ出してしまったダニエラ様、その行方を追うのは簡単です。間違いなくあの方は同行していた殿方……セイヤ様とやらのお宅にいらっしゃるのでしょう。
ならそれがわかっていてなぜイワン様を引き留めているかと言えば、これはサキの勝手に過ぎません。
サキはたいへん身勝手ながら、そしてこの身に不相応ながら、イワン様をお慕いしてしまっているのです。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
この世のものとは思えない美しさ。聞くだけで痺れてしまうようなお声。いつもは冷ややかなのに時々柔らかくなるスカイブルーの瞳。
サキにはまるでわからない魔道具のこともお詳しくて、素敵な道具の数々を作り出してしまうことには感心し過ぎて声も出ません。
かつては『神に愛されし神童』と二つ名をつけられ今は『魔道具の鬼才』と褒め称えながら、どんな好条件の縁談や王女殿下の求婚にさえ取り合わない『氷の貴公子』と呼ばれている、セデカンテ侯爵家の次期当主という高貴なるお方。
それがサキが片想いさせていただいているイワン・セデカンテ様です。
悪徳貴族の娘として生まれ、家畜同然の扱いを受けていたところを救われた幼き日から、イワン様はサキの憧れでした。
イワン様がサキを見つめてくださったなら……なんて、考えない日はありません。でもそれが現実とならないことくらい、サキだってきちんとわかっています。
イワン様は、ダニエラ様を溺愛していらっしゃるのです。
それが何故なのかサキにはわかりません。ダニエラ様はサキの主でもありますから、完璧令嬢と呼ばれるダニエラ様が素晴らしいことは理解しているのですが、どうしてそこまでの情を向けていらっしゃるのかが理解できません。
だってダニエラ様はイワン様の妹君。妹君なのに、どうしてイワン様はまるで婚約者のように可愛がっていらっしゃるのでしょう?
わかりません。わかりませんが、サキがダニエラ様に嫉妬していたことだけは確かだと思います。
だってダニエラ様がグレゴリー王太子殿下に追放処分を受けたと聞いて、心の底から喜んでしまったのですから。
――これでようやく、イワン様を独り占めできる。
しかしそんな愚かなことを考えたサキが間違いだったのです。
イワン様はなんと、どういうわけかはわかりませんが、魔道具の研究に打ち込んで、ついに異界に渡る道具を作り出してしまいました。
さすがイワン様です。
でも……やはりイワン様は、ダニエラ様しか眼中にない。
たとえサキのことを視界に入れていても、本当の意味で見つめられることはありません。
それが悔しくて、もどかしくて。
そんな風に思ってしまう愚かしい自分が何よりも嫌で――でも、どうしようもないんです。
これがサキのわがままであっても。イワン様がサキのことなんてどうでもいいなんて思っていても構わない。
守るべきお嬢様をほぼ素性のわからない男に任せてでも少しでも一緒に時を共にしたいと願う恋心を、抑えることはできなくて。
「大丈夫ですよ、ダニエラ様は。きっと明日になれば戻って来ます」
「そうだな。そうに決まっている。だって私はダニエラの兄なんだ。ダニエラだって私を慕っているに決まっている。だがそれならどうしてあの男の家にいる? 辻褄が合わない。どうせならあの男の家に忍び込み――」
「イワン様、落ち着いてください。無理に連れ戻しても反感を買うだけです。ダニエラ様だって女の子なんですから」
口先だけの言葉で宥め、イワン様と過ごすサキ。
イワン様と結ばれないことなんて、もちろんわかっています。それにこだわるのが虚しいことも。
それでもサキにとってはとても幸せな、甘い蜜のような時間でした。
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