33.親分殿は十九歳

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 ウチの連中がキタコーとやらかしたらしい。キタコー。揉める価値なんざないような腑抜けばかりの高校ではあるものの数だけはいる――らしい。と言ってもはるかにこちらに分がある――らしいのだが、表立ってやり合おうというのであれば少々事情は違ってくる――ようだ。


 たかが高校生同士の喧嘩なのだ。

 警察の介入を許すことが、状況的には一番サムい。



*****


 キタコーが話し合いを要求してきた。トップが出張るからそっちもトップを寄越せという話だ。トップ――その道においては界隈でいっとうの知名度を誇る風間のことに決まっている。その旨を耳にした風間は「いいよ。行ってあげる」と簡単に応えた。要するに俺は風間の美貌に端を発する不安感に駆られていて、だから「だったら俺も行く」と告げるしかなかったわけだ。結果として許され、同行することができた。キタコーの生徒会室が「会談」の場所だが――。


 よそう、深刻に考えすぎるのは。

 ま、なんとかなるだろう。



*****


 風間はのっしのっしと前を行き、俺は静かに後ろに続く。キタコーに着いたところでギャラリーが増えた。みなが風間に目をやっている。やたらとスタイルがいいのが風間なので見惚れていることだろう。比較的聡明そうな眼鏡の男にアテンドされ、四階の生徒会室に至った。なんだか見覚えがあるなと思ったら、そりゃそうだ。俺は以前一度、ここを訪れたことがある。馬鹿を狩った記憶だけは優秀な脳みそにきちんと保管されている、わら。


 てっきり生徒会室の中は緑のブレザー男ばかりだと思っていたのだが、当該ファッションの生徒らは一人もいなかった。その代わりとでも言うべきか、黒服姿の――明らかに大人が数名立っていた。その中にあって一人、真っ白なスーツ姿の男が目を引いた。椅子の背もたれを前にして座っている。小柄だ。ぜんぜん若い。黒髪は七三分け。尖った顎に小さな唇。ヒトをおちょくったような目つきが目を引く。ただ者ではないことは確かだ。カタギではない。


「よぅ、ねえちゃん、それににいちゃんもや。遠いとこ大儀やったな。ご苦労さん」


 遠慮のない不躾なセリフ、言葉遣い。よく見ると右手にジャックダニエルのボトルを提げていて、それを豪快に傾けた――小さい身体が豪傑の香りをまとう。


「ねえちゃんもにいちゃんも、まあ座れや。話、しようや」


 風間は「では、遠慮なく」と微笑すると椅子を持ち出し、その長い脚を組んだ。俺はべつに立ったままでも良かったのだが、長話になるといけないので一応椅子に腰掛けた。椅子に座っていると眠くなったりもしそうだが、まあいいだろう。


「たしかに強そうなねえちゃんや。将来はUFCやな」

「その道も考えてないわけじゃないよ」

「かなわんな」

「出直してきな」


 俺は「邪魔していいか、ご両人」と割り込んだ。


「なんや。にいちゃんはせっかちなんか。早漏はイケてへんぞぉ?」

「黙れ」

「ほう。偉そうな口利くやないか」


 おー、怖い怖い。

 からかうような表情で、からかうように、小男は「きゃはっ!」と笑った。


「我が校とキタコーが揉めたから話をつけにきた。議題はそれだけだ。なのに、どうしてヤクザが我が物顔でそんなところに座っている?」

「ふっはは。わしがヤクザやと?」

「違うのか?」

「いんや。違わん」


 男は豪胆だ。

 嘲笑すら力強い。


「立場を教えてもらいたい。ついでに名前まで聞けると御の字だ」

「にいちゃん、わしはできればそっちの美人さんと話したいんやが?」

「あいにく、スピーカーは俺だ。下っ端なんでな」

「了解や、承知した」


 俺は目線を風間にやった。

 風間は呆れたように肩をすくめてみせた。


「わしはホウライさんちの組長さんや。イチロウっちゅう。ホウライは宝来や。イチロウは一郎や。ま、よろしゅう頼むわ」


 そのあまりの若さゆえ、俺は「組長?」と疑いの言葉を向けた。


「にいちゃんの疑問は、そのとおりやな。俺はピチピチの十九歳やしな」と宝来は言い。「ウチの事務所は仲間内でも血の気が多くてな。いろいろあって、最後に生き残ったんがわしやっちゅうわけや」とケタケタ笑った。


 今川義元あたりを想起させるいきさつだ。

 となると、馬鹿ではないし、弱くもないのだろう。


「で、宝来さん、真の目的として俺たちになんの用なんだ? あんたの立場は、俺たちにどう関わってくる?」


 宝来は「ええ質問や」と言い、にひひと笑った。当然の問いかけであり、だからどう考えたって「ええ質問」ではないのだが、まずは先を促そうと考える。


「話は簡単や」ということらしい。「わしはこのガッコの出身でな。ちゅうても中退してしもたわけやが、それでも繋がりみたいなもんはあって、なんや面倒事が起きるたんびにわしを頼ってくる奴ってのがいやる。ヤクザもんなんかアテにすなって話なんやが、せやけど、ま、頼られたら頼られたで、せやさかい、捨て置くこともできんわな」


 呆れてしまった俺は、右手を額にやり、首を横に振った。


「一応、社会人なんだろう? だったらガキの喧嘩に付き合うような真似はやめてもらいたい」

「せやからにいちゃん、後輩はかわいい言うたやろが。そうでなくたって天下の鏡学園様がお相手や。ほら、助けたらなあかんやろ?」

「出しゃばるなと言っている」


 宝来は眉根を寄せ、口元だけで笑ってみせた。いろいろな笑い方をする奴だ。まったくもって得体が知れない。恐らくセルフプロデュースの天才なのだろう――意図的なものかどうかはともかくとして。


「おまえとやったらわしは勝てん。恐らく、そうやろう」

「いきなりなんの話だ?」

「まあ、聞けや。せやけど、わしが負けることはない言うてる」

「やっぱりよくわからないな」


 宝来がジャケットの懐からぬっと拳銃を抜き払った。

 銃口は間違いなく俺の眉間を向いている。


「おら、ガキ、これが大人の力ちゅうもんや。殺してみたろか? あっちゅう間やぞ」


 大人の力。

 あっちゅう間。

 まったくもってくだらない話でしかない。


「宝来さん、この距離なら、俺はあんたをやれるぞ」

「阿保抜かせ。そんなんできるわけないやろが」

「一発目を外した次の瞬間、あんたは死ぬと言っている」


 睨み合う時間が続く。


 明らかに緊張感のあるシチュエーションで時計すら止まっているのではないかというくらい場が凍りついたが、それも風間のくしゃみで融解した。


「やーめた」と言って、宝来は拳銃を懐におさめた。「わしは喧嘩は好きなんやが、殺し合いは好きやない。たとえ口八丁やとしても、今回はおまえの勝ちや、にいちゃん」


 口をへの字にしたのは俺である。


「もう行ってもいいか? なお、今回のウチと貴校との揉め事については、いまをもって解決とさせてもらいたい」

「それでかめへんぞ。そうやのうても、ウチのとおまえらとでは格が違うわ。やめとけって伝えとく、心配すな」

「それでもまあ、これからも起こることなんだろうがな」

「そのへんはお互い大目に見たろうや」

「失礼する」


 椅子から腰を上げ、俺は「行くぞ、風間」と声をかけた。腕も脚も組んだまま風間は眠っている。くしゃみをするために一瞬覚醒しただけだったらしい。図太さの極み、あるいは奔放さの権化か――。



*****


 風間が「マック奢らせて」と言うので、寛大な俺はその望みを叶えてやることにした。今般のキタコーとの揉め事の解決に関する御礼であることは、言うまでもない。


 窓際のイートイン。

 風間と並んで座っている。


 風間はコーラのストローに口をつけると、長い前髪を掻き上げた。


「あーあぁ。やっぱりいろいろと難しいなぁ。他校とは揉めるな―って御触れを出したところで対して効果ないんだもん」

「集団において一定数のイレギュラーは湧く。馬鹿は放っておけばいい」

「でも、フォローしなきゃなのは、ほら、今回みたいに、あたしたちなんだよ?」

「それも役割だ。そして現状、面倒だからといって下りるわけにもいかない」


 いきなり「えい」と左の頬をパンチでつつかれた。


「なんだ? なにか不満か?」

「不満なんてないよ。なにか言いたいことがあるとするなら、それはやっぱり御礼。あんたがいなかったら、うまくやれない自分に、あたしはもっと失望してた。死ぬほど悩んでいたかもしれない」


 俺は鼻から息を漏らし、ふっと頬を緩めた。


「そんなことはないさ。おまえはなんでもうまくやれるニンゲンだよ」


 先ほどから思っていることがある。

 ポテトがやけにしょっぱい。

 文句を言ってやろうか。


「なんだかラブホに行きたいのです」

「行かない」

「行きたいのです」

「だから、行かない」


 いけず。

 そう言って、風間は頬を膨らませた。

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