31.日々の交流
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中華料理の有名店「シュリ軒」にて。
俺はラーメンとライスを食べているわけだ、そしたら桐敷が「なんでライスなんだよ」などといちゃもんをつけてきたわけだ、俺は「ライスのなにがいけないんだ?」とやり返したわけだ、すると「そこはチャーハンだろ」などとツッコミを入れてきたわけだ。
「ラーメンもチャーハンも味が濃いだろうが。だったらライスでバランスをとるほうがずっと尊いんだよ」
「尊いとかうぜーこと言ってんじゃねーよ。ってか、おまえってすぐ尊いとか言うよな。うぜーよ、うぜーうぜーうぜー。食いたいもんも食えないような人生なんて楽しくねーだろうが」
「俺は俺の考えを曲げえるつもりはない」
「けっ、つくづくつまんねー野郎だよ、おまえは、けっ」
さんざん憎まれ口を叩いてくれるのだが、俺はやはり桐敷のことが嫌いにはなれない。そこにあるのがわかりやすい性格だからだろう。腹に一物抱えてしゃべるような奴よりずっと接しやすい。
風間はというと、品物自体はラーメンのみなのだが、フルトッピングだ。もやしはタワー、その周囲を分厚いチャーシューが囲んでいる。香田はハーフチャーハンに餃子。彼女らしい、なんとも慎ましやかなメニューである。
桐敷は食べるのが早い。誰よりも食べているのに誰よりも食べ終わるのが早い。逸早く席を立ち、「行くぞ、テメーら!」と声を張り上げた。なんだかよくわからないが店内を埋め尽くしていた主におっさん連中が拍手をして盛り上げた。美少女が勢い良く逞しい声を上げたことが面白かったのだろうか――そう、美少女だ、桐敷は。それは忘れてはならない重要なファクターなのだろう――たぶん。
*****
堤防、短い草の上に四人並んで座っている。
「なんだよ、今日に限ってパネコーの奴ら、いねーじゃん。けっ、つまんねーの。片っ端からいじめてやろうと思ったのによ」
そんなふうに言って、桐敷は口を尖らせた。
「その発言には問題があるぞ」と俺は注意する。「連中とやり合って得をすることなんてなにもないんだからな」
「ストレス解消にはなるだろうが」と桐敷は言い。「ちゃんと述べてやる。奴らくらいしか相手になるのはいねーんだよ」
「揉めても助けてやらないぞ」
「誰がそんなの頼むんだよ、神取のばーか、ばーかばーかばーか」
桐敷の憎まれっ子ぶりが微笑ましいから、実際、俺は、微笑んでしまう。すると眉間に皺を寄せて「なに笑ってんだよ。気持ちわりーな」などと桐敷はほざいてくれるわけだ。良くも悪くも期待したとおりのリアクションばかりを寄越してくれる。かねてから感じていたことだが、馬が合うのかもしれない。
「ところでだ、香田」
「あっ、神取テメー、あたいのことをうっちゃりやがったな?」
「いいからおまえは黙っていろ。香田」
「なに?」
「くどいようだが、バイクスーツはやめたほうがいい。身体のラインが露わだし、そうである以上、余計な視線を集めてしまう」
「問題ない」
「なぜだ?」
「気に入らなければ殺せ。ママの言いつけ。殺しのライセンス」
まあ、あのお母上ならそれくらいは言うか。
殺しのライセンスとはよく言ったものだ。
風間が腰を上げた。スカートの尻をぱんぱんとはたき――すると香田も腰を上げて。
「ウチらはバイクで帰るから。二人は好きにしなよ。明日、セックスしたとかいう報告が得られたら、あたしはそれなりにびっくりするだろうね」
桐敷が「なっ!」と声を上げ、勢い良く立ち上がった。「テメー風間、ふざけてんじゃねーぞ! 誰がこんな冴えない男と!!」
「冴えなくともアレはデカいのかもしれない」
「アア、アレ?」
「それをヒトは一般的にペニ――」
「やめろぉっ、それ以上は言うなぁっ!」真っ赤な顔を両手で覆った桐敷。「馬鹿だ、風間、おまえはこれ以上ないくらい馬鹿なんだ。死んじまえ、こんちくしょーっ!」
ひらひらと右手を振って、立ち去る風間。香田は彼女の後に続き、二人はバイクで立ち去った。
桐敷が立ち直るまでには少々の時間を要した。やっとこ顔の赤さが引いたところで、桐敷は両膝を抱えて座り、「うー、うー」と唸った。まったくもって意味不明だったのだが、「神取は……あたいとしたいか?」などと言われたので、なんとなくだが、その行為についての悩み――と言うより興味のほどを知ることができた。
「おまえは神取、セセセッ、セックス、したこと、あんのか?」
「ある」
「ホホ、ホントか?」
「嘘は言わない。おまえは? まあ、ないんだろうが」
桐敷はムッとしたような顔を向けてきた。
「なんだよ。経験ないとわりーのかよ」
「誰もそんなことは言っていない。ただ、うぶ扱いくらいはしたくもなる」
「テ、テメーっ」
「男と女の関係について言及する。やはり興味があるのか、桐敷」
すると桐敷はとことんまで慌てたように目を白黒させ。
「ばばば、馬鹿言ってんじゃねーよ。あたいが男に興味があるなんてあるわけねーだろうが。だろ? そうだろ? クソビッチは風間だ。次点ビッチが香田だ。あたいは最後尾のビッチなのさ!」
とても下品なことを述べ、その中で自らまでをもビッチと貶めていることに、恐らく本人は気づいていない。なかなかシュールで面白い物言いである。
「なあ、神取、あたいら、こないだやったろ?」
「セックスか?」
「ばばばばっ、馬鹿言え。してねーぞ、そんなこと」
「だったらなんの話だ?」
「喧嘩だよ喧嘩。空手部の道場でよ」
ああ、そんなことかと思う。
しかし、あれは殺伐とした喧嘩などではなかった。
ヒトはあれを「組手」と呼ぶのだ。
「マジなとこ、聞きてーんだ。あたいは強いか?」
「そう感じたが?」
「う、嘘じゃねーな?」
「嘘は言わないと言った」
そっかと言って、桐敷は破顔した。
ときどき花のように笑ってみせるのだ。
「あたいはなんだかんだ言っても女だからさ、だから、じつはイキッてるだけで、弱っちぃんじゃねーのかってさ」
「それはない。保証してやる」
「う、嬉しいぜ」
照れくさそうに、桐敷は頭を掻いた。
「ポニーテール」
「あん?」
「やはり普段から結ったほうがいいんじゃないかと思ってな」
すると桐敷は怒ったように。
「そ、そんなのあたいの勝手だろうが」
「どうあれ綺麗な髪だ。見ている分には眼福だ」
「へっ、そうなのか?」
「ついでに言うと八重歯も立派なチャームポイントだ」
「そそ、そうか? じ、自分ではなんかやだなって――」
「チャームポイントだ」
ふへ、ふへへへへ……。
そんなふうにダークに笑う桐敷は少々気味が悪い。
「暗くなってきた」俺は草の上から腰を上げた「さあ、帰るぞ、桐敷」
「おう。で、でも、えっと、なんというかこう……聞かせてもらってもいいか?」
「今度はなんの話だ?」
「神取はさ、その、偉そうな名前じゃんか」
「まあ、そうだな」
「態度もデカいじゃんか」
「その点も否定しない」
「でもさ、でも……あたいは嫌いじゃないぜ」
ありがたい話だと思った。だから、「ありがとう」と素直に述べた。さらなる「ありがとう」の意を込めて、右の手を貸した。きょとんとしたのち、その手を、桐敷は握った。力を込めて立たせてやると、いきなり尻に蹴りをかまされた。「さあ、家まで送ってくれよ。おまえは男で、あたいは女なんだからな!」。
桐敷とはこの先もうまくやっていけそうだ。
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