22.デート
*****
心の距離はともかく、風間とは教室での距離が物理的に近い。
その日、六限が終わるや否や、スクールバッグを持って、風間が勢い良く立ち上がったのである。「行くよ、神取くん」と声をかけてきた。
「行くって、どこにだ?」
「そんなの後で決めるから、とにかくついてきな」
「俺にメリットはあるのか?」
「あー、もうっ! のろのろしてるんじゃないの! いいからついてこい!」
なんとも不思議に思えたが、「まあ風間が言うのなら」と思い、彼女の後ろに続いた。彼女が俺に多くの面白味をもたらしてくれることは確かだし、うきうきした感じすら見受けられる後ろ姿には愛らしさを覚えた。
*****
いつもの堤防。
俺たちは二人して短い草むらの上に座っている。
河川敷のグラウンドで小さな子どもたちが野球をしている。俺もむかしは熱心に当該スポーツに励んでいた。だが、これ以上、うまくなることはないだろうと考え、やめてしまった。根性がなかったのだと思う。「継続は力なり」だとは信じられなかった。努力が実るだなんて嘘っぱちだと割り切ってしまった。ただ、後悔はしていない。俺はいままで俺のことは俺自身で決めてきた。今後はミスをしない人生にしたいなとは一つの目標ではあるものの、そんなの無理だろう。無理なら無理でいい。その無理に対して準備を整えておくことが重要なのだと感じている。――ああ、よくわからない言い草だな。ただ胸に誓いはする。明日に向けて足を一歩踏み出すのに必要な要素は、得体の知れない、わけのわからない勇気なのだ。
「神取くん、きみさ、人生舐めてるでしょ?」
「馬鹿な。俺は精一杯生きている」
「あたしとのパワーバランスはなにがあっても変わらない?」
「当然だ。プロレス技を食らって動けなくなるとは思ってもみなかったしな」
「あー、プロレス、馬鹿にしてるぅ?」
口を尖らせてから、風間は笑った。
俺もおどけるつもりで肩をすくめた。
「いろいろと複雑だよね。ウチの学校に来る生徒のバックステージって」
「いや。わかりやすいだろう? みんながみんな、殴り合いが好きなんだ」
「だったら、物騒な学校だと思わない?」
「その物騒な学校のトップが風間、おまえなんだろう?」
それは間違いないけれど。
風間はそう言って、苦笑じみた表情を浮かべた。
「悲しいよ、神取くん。幸か不幸か、あたしは強くなりすぎたみたい」
「それはそれでいいことだろう。それよりだ、風間」
「なに?」
「おまえはいま、どうして俺を連れだしたんだ?」
決まってるじゃない。
風間は言い、「デートしたかったんだよ」と微笑んだ。
「デート?」
「そう、デート。だってリリとサキに比べたら、最近のあたしは影が薄かったでしょ?」
呆れてしまった。
そんなあやふやな理屈を根拠に俺は連れ出されてしまったのか。
「神取くん、これってつまらない理由ですかぁ?」
「正直、そう思う」
「雑談は?」
「してもいい」
「と言っても、ネタは思いつかないんだな」
「だったら、黙ってろ」
「あっ、一つあった」
「なんだ?」
風間は「えへへ」と笑った。なにが「えへへ」なのか。俺としては早いところ解放してもらいたい――否、どうせ家に帰ってもやることなんざないんだが。
「あたしはね、むかしからプロレスが好きで好きで、力試しも好きで好きで、だから空手やら柔道やらの道場破りをしてたんだ」
「ま、おまえならやりかねないな」
「えらくあっさり納得してくれるんだね」
俺は腰を上げ、うんと両手を天に突き上げた。
「帰るぞ、風間」
「送ってくれる? 帰るまでがデートってね」
「当然、そのつもりだ」
「キザったらしいなぁ」
「じゅうぶん承知しているよ」
*****
家まで送ってやると、帰り際、「おーい!」と大きな声が聞こえた。その主はもちろん風間だ。二階の窓から身を乗り出して大きく右手を振っている。好きとか嫌いとか、べつにそういうことはなくとも、女性を無事に送り届けることは安心につながる。俺も右手を振り返してやった。すぐにLINEがあった。『浮気したら殺す!』。まったく地上最強の女がなにをほざいているんだか。――否、地上最強うんぬんよりに、美少女という記号が先に立ち、また際立つか。
風間、それに桐敷に香田。三者三様はあれど、みながそれぞれ魅力的だし、だから話をしていても飽きることはない。もはやケガから完全復帰しピンピンしている父には感謝しなければならない。少なくとも以前よりは満たされた日々を送ることができているのだから。それでも「もう一つ刺激が足りないなぁ」などと言ったらいよいよ罰が当たってしまうことだろう。
家に帰ってシャワーを浴び、スマホを見ると二件のLINE。桐敷からは「おまえ勝手に帰んなよ」とあり、香田からは「なにかあった?」とあった。二人とも「らしい」内容で、俺はつい微笑んでしまう。
風間からも連絡。
申し訳ない話だが、その文章を見ると、桐敷と香田の一報はかすんでしまった。
「ありがとう、ありがとう、ありがとう!!」
どう言えば相手が喜ぶのか、風間は心得ているらしい。
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