14.日々是面倒
*****
またパネコーとのいざこざが――。
それは悪いことだ。
俺はそんなふうな印象を抱くし、これから先もそれってあたりまえのことだ。
「なにが悪いの? ウチの生徒がやられたから、やり返しただけじゃない」
「以前、そういうことはNGであると言っていたように思うが?」
「そうだったっけ? 覚えてないな、あははははっ」
「訊くが風間、おまえはウチの生徒がやられるたびにやり返すのか?」
「もはや待ったなし。そう言ってる」
「馬鹿か、おまえは。憎しみの連鎖が起きるだけだろうが」
「大げさ。まるで戦争みたいに言うんだね」
「大げさじゃないし、これはまさしく戦争前夜だ」
風間は非常に怒った顔をした。
だからと言って、引いてやるつもりはない。
学び舎を同じくする者にはなるべく良い環境を提供すべきだ。
「馬鹿はあたしだって言いたいの?」
「ああ、そうだ。そう言った」
「そんなセリフであたしが納得すると思う?」
「思いやしないが納得しろ」
「雅孝!」
「気安く名を呼ぶな、反吐が出る。俺を侮るな。どうあれ納得しろ」
風間は悔しげな表情を浮かべた。
「……わかった。いいよ。あんたが正しくて、きっとあたしが間違いなんだ」
「そこまでは言わない」
「むしろ言ってよ」
「言わない」
「馬鹿」
「俺は馬鹿でいい。何度言わせる」
視線が絡み合う。
困ったような、あるいは疲れたような腑抜けた笑みを浮かべたのは風間だ。
「ああ、やっぱりあんた、かなりできるんだね」
「おまえには及ばない」
「それ、本気で言ってる?」
「おまえは俺より上だよ。間違いなくそうだ。俺とはまるで違ってる」
本心だ。
*****
白い石ころが転がっている無愛想な河原。なんとまあ、綾野大龍に呼び出されたのである。敵対しておかしくない相手とLINEを交換している時点で結構異常なのかもしれないが、まあそれはそれで、そうであるわけだ。
「あんたが持ってきた議題。それは俺にとって興味深いものだと考えるが、そのへんどうだろうか、綾野さん」
「綾野でなくていい。俺が好む固有名詞はたったの一つ、大龍だ」
俺は目線を上にやり、「すばらしいぞ!」と声を張った。
だいりゅう。
大龍。
恐れ戦きたくなるくらいの威力がある力強い名だ、惚れ惚れする。
「そうだな、あんたは大龍だ」
「俺にだって誇りくらいあるんでな」
「ゆえに尊敬する」
「くせぇセリフだ」
「ああ、そうだな。だが俺はあなたの存在意義を褒めたい」
「まあ、そう言うな」
大龍が川のほうを向き、煙草に火をつけた。
俺は隣に並んだ。
心地の良い時間が流れた。
*****
部室に戻ると、香田だけがいた。風間も桐敷もいないということだ。どんな理由があってもべつに良いのだが、香田と二人きりだと場が持たず、若干困る。なにも話題がないと申し訳のなさに駆られたりもする。だからとりあえず切り出すわけだ。
「香田、聞いてくれるか?」
「なにを聞けばいいの?」
「いろいろとうまく片づけてきたんだ」
「それはわかる。あなたならうまくやるだろうな、って」
「ああ、そこまでご存じだったのか」
「わかっていた。私はあなたのことを、決して軽んじていたりはしない」
俺は笑った。
にこやかに笑えるだなんて珍しい。
「おまえはすばらしいな、香田。ああ、おまえはほんとうにすばらしい」
「褒めてくれてるの?」
「それ以外にはないだろう?」
「だったら、ありがとう」
「どういたしまして」
俺は席を立った。
もとよりここにいなければいけない理由など、ない。
後ろから「神取」と声をかけられた。
香田から呼びかけられるなんて、非常に珍しいことだ。
「暴漢に襲われないことを祈ってる」
気をつけて帰れということか?
聖母マリアのような温もりに、俺はきょとんとなってしまった。
俺は振り返り、それから「驚いた」と正直に打ち明けた。
「おまえも気をつけて帰るんだぞ、香田」
「私は無事故無違反」
「それでも、だ」
「わかった」
「ああ」
香田としゃべると心が洗われるように感じられる。
俺は部室を後にした。
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