ヤンデレ幼馴染のためならなんでもやります!
ペコ
第1話 星食いのカズマ
言い訳になりますけど、おれはこんなことするつもりじゃなかったんです。
そんな糞最悪な台詞を彼女に言ったのは、つい一週間前のことだ。病室で憔悴しきった彼女がまるで死人のようで、聞かれてもいないのにそんなことを言ったのである。
今思い返してみても死にたくなるほど情けない言葉だ。
自分を守るための言葉。
それがここまで最低で糞みたいな気分になるものだと、その時までおれにはわからなかった。言った大馬鹿野郎がここまで思うのだから、言われた人間がどう思うかなんて考えるまでもない。
けれど、彼女はそれを許した。彼女はおれがやってしまったことを許し、自分の境遇についても何一つ文句を言わなかった。
それがなによりも辛くて、苦しくて。
結局、おれは彼女のやさしさに甘えることにしたのだ。
『ぴんぽんぱんぽーん。怠け者さん怠け者さん、休憩時間はとうに過ぎました。本日も勤労日和、せかせか手を動かしてください』
抑揚のない声音にうすらぼんやりとした意識が覚醒する。
ぽかぽかと心地いい陽気が眠気を誘ったんだろう。立ったまま眠るなんてことはなかったが、それでも意識を失っていたのは間違いない。
二、三度頭を振って声の主に返答した。
「あっと、すいませんっ、先輩。その、ちょっとぼーっとしてました」
『言い訳は結構です。時は金より遙かに大事。誠意は言葉ではなく行動で示してください』
ぴしゃりと言い捨てられる。
反論しようにもあまりに正論過ぎて返す言葉がなかった。頭に浮かんだ言葉は謝罪のみだったのでそのまま作業に戻ることにする。
いや、作業といってもほぼ終わっているのだが。
空を見上げる。
ヴァイザー越しに映る光景は快晴そのもので、うららかな日差しを全身に浴びているのがわかる。特殊な防護服に包まれ、寒暖差は感じない筈なのにぽかぽかした気分になるのだから不思議だった。
「あの、真衣先輩」
『なんですか、カズ君』
「本当に大丈夫なんでしょうか」
なにが、とは敢えて言わなかった。
視線を下げる。
青空の次に映ったのは青々とした緑が一杯の光景だった。遠目からでもわかるほど生い茂った木々、山の稜線までもはっきりと見渡せる。周囲は平地だったが、芝生のように柔らかい草が足下で風に戦いでいた。
『今更ですね』
頭部を覆うギアに内蔵された通信機から声が響く。
相変わらず抑揚のない声音だったが、絶妙な愛嬌がある。その愛嬌のおかげで不快に感じることはなかったが、
『既に4回。貴方は同じことをしています。引き返すには遅すぎると思いませんか?』
言っていることは脅迫そのものだった。
ため息を一つ。
このやりとりも四度目である。その度に先輩から説き伏せられてきた。
おれ自身、このやりとりに意味がないことはわかっていてもやらずにはいられなかったのだ。
自分がやったことに対する償い。
だからといって、やっていいことと悪いことは当然ある筈なのに。
「そんなつもりはないですよ」
『いいですか、カズ君。貴方は今何をしているんですか?』
「いや、なにって」
『今、貴方の目の前には何がありますか?』
大自然。
そう言いそうになって口を噤んだ。
それは彼女の望んだ答えではないし、正確な情報でもなかったからだ。
天まで届く、なんて言葉を一度は目にしたことがあると思う。
有り触れた言葉だし、実際に口に出さなくても小説なんかでは使い古された言葉のはずだ。あとは、広告とか。
何を言いたいのかと言えば、それが目の前にある物体を表現するにふさわしいこと言うことだ。
天まで届く塔。
青空に沈むように伸びた建築物は、およそこの場所には似つかわしくない威容を備えていた。
「たしか、ボーリングマシンでしたっけ?」
『のようなもの、と言った方が正しいですね。それは私たちの文明では未だ実現できていない技術で作られた特注品です。用途は似ていますが、正式名称ではありませんので』
「…ああ、そうですか」
突っ込んだら負けだ、と自分自身に言い聞かせる。文明やらなんやらの件りを聞き流すことにして、彼女の言葉を待った。
『そのボーリングマシンのようなものを使って私達は何をしてきたのか。改めて聞きます。カズ君、私達は何をしているんですか?』
妙に回りくどい言い回しに苛立ちを覚える。あまりにもわざとらしすぎるし、質問の仕方もずるいと思った。
「…バイトです」
『声が小さいです』
「アルバイトですよっ。お金を稼ぐためにやってます」
『その通りです、よく言えました』
どん、と腹の底に響くような音が聞こえた。と、同時に地面が縦に揺れる。震動は一度きりで、それが地震の類でないことだけはわかった。
塔だ。
見上げると、塔は先ほどとはまるで違う形状になっていた。
正確に言えば、塔本体には何の変化もない。変化があったのはその周囲である。塔を囲う様に新たな塔が現れたのだ。それも4棟。それだけでも十分驚いたが、更に驚くべきことに四つの塔はそれぞれが空中に浮かんでいた。
四棟の塔は眩い光を発しながら、文字通り天へ向かって伸びている。
『あなたは雇用主である私の命令でこの機械を動かしています。あくまで私の命令で、です。貴方はなにも悪くない。貴方に責任はありませんし、貴方を責める人はどこにもいないんです』
風が強くなってきた。
まっさらだった青空がいつの間に黒く染まっている。稲光を伴った雷雲が塔を飲み込もうと蠢いている様にも見えた。
『さぁ、カズ君。約束を覚えていますね? あとは貴方がすべきことしてください』
約束。
それを持ち出されては何も言えることがなかった。
手の甲に内蔵されたデバイスを起動する。液晶に映る画面はスマートフォンのそれに似ている。が、細部は見慣れたそれとはまるで異なっている。見たこともない文字が並び、アプリのようなアイコンが形状を常に変化させている。
おれは意を決してその中の一つに触れた。
同時に、さっきとは比べ物にならないくらい大きな震動が襲って来た。
『コード受信。仮想バレル展開完了。自動装填完了まであと三秒、二、一…装填完了。出力正常、各部異常なし。以降のプログラムは手動にて進行』
『カズ君、いちゃってください』
震動は収まることを知らず、空を染めた暗雲は蛇のように蜷局を巻いている。地響きにも似た轟音が鼓膜を揺らし、荒狂う暴風が周囲の全てを攫って行く。
液晶画面を見る。
見たこともない文字が消え、紋様が浮かび上がっている。点滅するそれに一瞬、躊躇ってから触れた。
瞬間、世界が暗転した。
「…ぁ?」
意識が遠のいたことを自覚するのに数秒掛かった。
立ち眩みのようなものだったのだろう。先輩からの通信が入った形跡はないし、端末や『防護服』にも異常は見当たらない。
けれど、一瞬で何が起こったのかは理解できた。
終わったのだ。
すべてが。
「あーあ…」
周囲の光景が一変した。
青々とした木々は消え去り、乾いた大地が剥き出しになっている。雷雲が蠢いていた空が夜のように真っ暗になっていた。
いや、夜のようにじゃない。
黒い空には星々が煌めている。大気が消え、宇宙そのものが目前にあるのだ。
星の終わり。
もう四度目になるが、この光景はいつ見ても胸に来るものがある。おれ自身がその引き金を引いたのだから当然のことなんだろうが。
塔を見上げる。
天にも届かんばかりに伸びていた眩い四柱の塔は大地に穿たれ、残された塔の頂点から輝く何かが吹き上がっていた。およそ肉眼では捉え難い光量は防護服に備えたヴァイザーにより辛うじて抑えられている。
あれこそが、この星の息吹であり生命そのもの。
星食い。
それが、おれのアルバイトである。
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