泥団子より愛をこめて

押田桧凪

第1話

 あたしはショートの方が好きだけど彼氏はポニーテールが好きだからポニーテールにするって決めとるんよ、と彩乃に言われた時、人間が枯れる時はいつも頷いているのかもしれないと私は思った。水をあげられすぎて、王子様の言うことを疑いもせずに聞いてしまうっていうかさ。私はポテトを一本口に含んだ。


 先週、彩乃に彼氏ができたらしい。推しだったマックのドライブスルーの店員とインスタを交換したことから始まった恋は、3DSの3D機能を使った回数くらいレアな体験だと思うけど、長続きするかどうかは不明だった。


 地元に残って社会人になってから週一の定期報告として彩乃としゃべるのはいつもマックの店内だった。それもドライブスルー非対応の、どこのフロアも代わり映えしない田舎のゆめタウンにある店舗。


 そして大体、私たちの会話は「家出する時に持っていくものって決めとる?」などと脈絡のない話題から始まることが多い。だから、そんな彩乃に彼氏ができたことも、推しから恋人に昇格(?)した相手さんのことも私は気の毒に思った。「え、ほんとにこんな人でいいんですか?」っていう老婆心ながら。


 高校生の時なんかは放課後にここに集まって二人で課題なんかして、時々「消しゴム拾ってもいいですか」とか聞いてみて「ここ教室じゃねーよ」とかふざけ合ってて、二階のゲーセンのトイレで髪を直してプリクラ撮って、冷えたポテトが消しカスくらいの味になった頃にはチャリを漕いで家に帰っていた。


 思えば彩乃に彼氏が出来たのは人生で二回目だろうか。高一の時、彩乃がプレゼント選びで悩む男友達に「こういうのは気持ちが大事だよ」とアドバイスしたら、「いやおまえ彼氏いねーじゃん(笑)」って笑われた時の屈辱を未だに引き摺ってるみたいだったのを思い出す。その時、同じ場に居合わせた私は、「気にせんどき、彩乃のせいじゃないけぇ」って言いながら、主人公(彩乃)を庇って死ぬキャラを必死で演じてた。


 あっうんそうだ、私って彩乃の親友なんだ。いわゆるジャイアンが言うところの「心の友」って奴で、「付き合う前提でしか男子と仲良くなれんわぁ〜」って謎にイキってた学生時代を一緒に過ごした戦友みたいなもんだった。


「家出する時に持っていくものって決めとる?」


 で、今日の一発目の話題がこれ。のび太に「何かひとつ持っていくとしたら?」って聞いたら「ドラえもん」って答えそうだけど。でも、別に私は何かに依存してる訳じゃないし、清潔感ない人きらいって言いながら砂場で泥団子をつくるのが趣味で、自室に大量のピカピカに磨いた泥団子を飾ってる人間じゃないから、当然「泥団子」とは答えないわけで。


「あたしはどろだんご」


 そうでした、彩乃は泥団子狂いでした。彼氏さんにお伝えしておきたいのですが、まだ遅くはないと思うので言っておきますね。彩乃の部屋はヤバイです。内見してから優良物件かどうか判断することをおすすめします。切実に。泥団子を作る奴と好きなサイゼリヤのメニューを数字と記号の組み合わせで答える奴だけは信用したらダメだよってママが言ってたから。


「どろだんごぉ? 泥団子が何の役に立つと? もしそこが無人島だったとして圧倒的にドラえもん連れてった方が有利な訳じゃん」と至極当たり前に反論する私。


「じゃあ、カビゴン」


 彩乃はカビゴンが太っているのは飢餓に対抗するための脂肪の蓄積によって適応進化した結果だと思ってるタイプの人で、しかも食用だと思っているみたいだった。煮て食べたりしたいの? カビゴンを? 鍋パーティーで?


 なので、「カビゴンの進化前って何て名前やったっけ〜?」ととりあえず話を逸らしつつ、私は彩乃の目元をじっと見つめる。


 ほんと綺麗だよね、彩乃は。私も彩乃みたいにメイクを落としたら見分けがつかないくらいの人間になりたいなと思った。私が見ている彩乃は、昔の彩乃とは少し違って厚塗りした人生って感じが何倍もした。イエベとかブルベで騒いでる界隈を黙らせるようなポテンシャルを彩乃は持っていて、ひとたび化粧を纏うと彩乃は別人になってしまうのだった。だけど、中身だけは変わらないから話はもちろん通じるし、彩乃と話していると昔を懐かしく感じる。ピアスの穴が塞がっても空けた場所だけは覚えているよっていう感覚に近かった。


 だからこうして彩乃の美貌を前にすると、プリクラ加工後の顔を現実で見ているような錯覚に陥って、自撮りに抵抗を感じ、大学に入ってからは記念に二人で写真を撮ることが自然となくなったのだった。綺麗だよね、彩乃は。と今度は言葉にして言ってみる。そしたら彩乃が、「でも顔関係なしにリリのこと好きだよ」ってわざわざ言ってくるあたり、私はその言葉を信用していなかった。


 私なんか「化粧する前の方がかわいいね」と友達に言われて、「化粧してコレなんだけど?」と返して修羅場になったことがあるくらいの顔面だった。だから、それは持ってる人が言う便利な言葉だった。


 たとえば、彼氏っていうのは便利な言葉だ。たとえいようがいまいが友人との会話で「彼氏」というワードを登場させると、「嘘だ、絶対モテるでしょ(笑)」という間接的に私はいないんですよねっていう機嫌取りの言葉を発する必要がなくなるから。お互いうまくいくといいね〜っていうふわふわムードを築けるから。


「えっと、でさ家出する時に持っていくものやったよね。私はねー、彩乃の彼氏にしようかなー」

「なんで?」

「そしたら、ついてきてくれる?」

「誘拐じゃん」

「まあね」

「でも、もちろん追いかける」

「じゃあ、作戦成功だね」


 ママ曰く私は七夕の時に「みんなの願いごとが叶いますように」って書くような子どもだったらしく、まさに今もこの通り彩乃の恋愛成就を願うことだけで生きてるような、「あやの神社」を建てたいくらいの毎日だった。でも最近は彩乃の彼氏への思いを試したいのと、その彼氏を恨む気持ちが半々くらいある。例えばそれは、席替えのくじ引きで残ったのを貰う時に「残り物には福があるぞ〜」って先生からいつも言われたけど、一回も席が良かったことがなかったのと同じくらいに恨んではいる。


 彩乃には持っていて、私には持っていない。その不均衡みたいな愛しさによってたまに自己嫌悪に陥ることがあって、それが今だった。でも結局、ジャイアン的にいうと「おまえのものはおれのもの」だから、彩乃の彼氏は私のものであっても良かったはずだった。


 彩乃にとっての私が、「〇時に起こして」っていうリマインダー代わりの人でしかなかったとしても。友達の家に泊まるって言っといたからっていうアリバイ工作に利用するだけの人でしかなかったとしても。「赤ちゃんの時によく抱っこしてあげたよ」と言う彩乃にとって記憶にない親戚のおじさんのような人でも。 一発だけ殴らせてって言われるネネちゃんのうさぎのぬいぐるみだったとしても。年に二回くらいしか出番のない服みたいな存在でもよかった。


「ねぇあのさ、骨格標本にされるくらいの人生があるのがうらやましいって私思うことがあってね、ほら理科室に飾ってある人体模型とかあるじゃん?」


 途端に私は訳もなく話したくなった。それは彩乃へのあこがれに近くて、「横並びで歩かないグループほど仲良し」っていう説が本当なら縦一列に意地でもなりにいくくらいの、滑稽さを含んだ恋慕みたいなものだった。


「夜中に突然動き出すとかいうやつでしょ」

「そう、それ」

「それの型って言うのかな、元々の人間だったモデルみたいな人、解剖に使われたみたいな人がどこかにいるはずで、私はね、それになりたいのかもしれなかった」

「しれなかった?」

「うん。うらやましいと思う」


 私の履歴が『プレゼント被り 対処法|検索』だとしたら、彩乃の履歴は『ドーナツの穴だけ残して食べる方法|検索』みたいなタイプだったから、そもそもクリスマスのプレゼント交換で物が被るはずがなかった訳で、高二の時に彩乃から貰ったのは自作の泥団子だったことを不意に思い出した。(ちなみに私が渡したのは「※これは食べ物ではありません。入浴剤です」という注意書きのある苺ケーキの入浴剤だった。)


 泥団子は非売品で、手作りで、彩乃の生み出した結晶のようなもので、彩乃という人間を知らない人から見ればゴミなのかもしれないし、私もそれを「重さ」と「見た目の美しさ」以上の視点からは当時は見れなかったのだけれど、でもそれをゴミと思うことは、写真写りが悪かったから敢えてボカした写真を「ダサい」と言われた時のような屈辱に近いのかもしれないなと今、思った。


 それから、私は彩乃を心から祝福しようとしているが、その彼氏と私との出会いは異なっていて、もし私がドライブスルーのマックの店員で、彩乃にその時初めて出会っていたら、私はどうしていただろうと考えた。


 厚塗りした見え方をする彩乃だけを知る彼氏さんと、昔から知る中身だけは変わっていない彩乃と私との関係と、元々から人体模型だった存在とではやはり人体模型が一番良いように思えた。何も飾ることのない姿。それが人体模型だった。でも厚塗りした彩乃の、その中身を開示する一つのアイテムが「泥団子」なのだとすれば、それはやはりとても大切なものだと思った。彩乃は実はこんな人間なんですよと手軽に示す道具でもあった。


「もし、別れたら教えてね」

「えっ、応援しとるんやなかったと?」

「応援しとうよ」

「じゃあ」

「いやでもね、何か別れたところも見てみたいというか。モテるためにダイエットして本当に痩せた人は見たことないけど失恋して痩せた人なら知っとるけさ、その実証実験的な意味でも。もちろん、今の彩乃の体型はすでに申し分ないけどね」と私はこの日の会話を締めくくった。


 奈良の鹿が人間の数を上回ったらまた会おうね、と冗談をこぼして、またここで来週も会うんだろうなと軽く思いながら私は席を立った。

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