第179話 善夜の変化と光のアピール

story teller ~乱橋穂乃果~


 四宮先輩がトイレに行くといい、カウンターから出ていくと、店内には他のお客様も居ないため、私と月さんの2人だけの空間が生まれる。

 月さんは四宮先輩がトイレに入ったことを確認してから、ちょいちょいと私を手招きする。


「なんですか?」


「あのね。お願いがあるんだけどさ」


 カウンターから出てきた私に対し、もっと近づいてきてとばかりに再度手招きする。

 私が近づくと、月さんは席を立って耳元でボソボソと話し始める。


「明日家族でお出かけしなきゃいけなくなっちゃったから、太陽くんを送ったあと帰らなきゃいけないんだよね。だから穂乃果ちゃんさえ良ければ明日ここに来て太陽くんを見張っててくれない?」


 なんだそんな事かと思い、それくらいなら構いませんと答える。

 私としても四宮先輩と少しでも居られるなら断る理由もない。

 それにしても、月さんは私の気持ちを知らないとは言え、女の子を四宮先輩の傍に置くなんて危機感が足りないのではないかと思う。

 きっと私はこの人に信頼されているのだろう。だからこそ色々とお願いしてくるのはわかっている。

 申し訳ない気持ちになりながらも、翌日の楽しみが出来たことで、少しだけテンションが上がる。


 ******


story teller ~四宮太陽~


 とても濃ゆい夏休みが明け、二学期が始まった。

 朝から月が迎えに来てくれていたが、制服姿の月を見るのは久しぶりで新鮮に感じる。


「なんだか凄く見られてる気がする」


 月はそう言いながらキョロキョロと周りを見るが、視線を送る他の生徒は月が目を向けると顔を背ける。

 たぶん、夏休みが明けて久しぶりに見る月に目を奪われているのだろう。

 少しだけ居心地の悪さを感じながら、なるべく気にしないようにして学校に向かう。


「おはよう」


 正門近くで後ろから声をかけられ振り向くと、善夜と夏木さんがいて、2人も当たり前のように手を繋いでいる。

 普段俺たちの前ではイチャつかない2人のそういう所を見ると少し嬉しくなる。

 そして誰が見てもわかる変化に気が付き驚いた。


「2人共おはよう。善夜髪切ったんだ?」


「うん。さすがに邪魔だなと思って」


 顔全体を覆うほど長かった髪は、眉により少し下に整えられ、横髪も耳がしっかり見える位置にある。襟足だけが少し長めに残っているが、首が見えていて、全体的に似合っていると思う。

 そして、メガネを外しているので、たぶんコンタクトに変えたのだと思う。

 善夜の家に泊まった時にわかっていた事だが、やっぱり善夜の顔は整っている。正直今まで会った誰よりもイケメンだと思う。

 月も善夜の断髪には驚いたようで、目を開いたままじっと善夜の顔を見つめている。

 善夜ってカッコイイよね?と聞くと、こっちを見ずにうんと頷く。


「月もか。さっきから女の子の視線が痛いんだよね・・・

。」


「あっごめん!そんなつもりじゃなくて!」


 夏木さんがはぁとため息を吐くと、月は慌てて否定する。


「冗談。月は四宮しか見てないもんね」


 夏木さんが悪戯っぽくそう言うと、月は恥ずかしそうにそうだよと答える。

 正門前で他の生徒がいる中、そんな事を言われると少し恥ずかしい。嬉しいけどさ。


「まぁだからこうしてるんだけどね」


 そう言いながら夏木さんは善夜と繋いだ左手を持ち上げて俺たちに見せてくる。

 なるほど。彼女ですよってアピールしてるわけか。夏木さんもなんだかんだで善夜の事が好きなんだと伝わる。


「ボクとしては人に見られるのは恥ずかしいんだけどね」


 善夜は顔を隠そうと前髪を必死に触るが、短くなった髪では隠れずに仕方ないと言うように俯く。

 せっかくカッコイイのに猫背になると勿体ないと思うが、善夜も注目されるのは慣れていないのだろう。


「とりあえず行こうか。遅刻しちゃうし」


 そう言うと夏木さんは善夜の腕を引っ張る。


「痛っ!」


「あっごめん」


「ううん。大丈夫。気にしないで」


 急に腕を引っ張られたから痛かったのか、善夜が顔をしかめていた。

 腕に怪我でもしたのかと思ったが、そういう訳ではないようだ。


 ______


 教室に着くと、案の定善夜は女子からの視線を浴び、男子には囲まれてしまっていた。


「車谷、お前なんで髪切ったんだよ。長かった時は切れよって思ったけど、今は伸びろ!って思ってるぞこの野郎!」

「くそっ。クラスでは目立たない方だと思ってたのに」

「女子の視線独り占めじゃねぇか!羨ましいぞ!」


「車谷くんってあんなにかっこよかったんだ」

「でも光ちゃんと付き合ってるらしいよ?」

「えっ!?そうなの?もっと早く目つけとけばよかった」


 こんな感じで、クラス中が善夜の事で盛り上がっている。

 席が離れているので巻き添えを食うことはないが、人の隙間から見える善夜はあわあわと困惑していて、夏木さんは女子の話を聞いて気が気じゃないのか、落ち着きなくそわそわしながら月と話をしている。

 夏木さんには申し訳ないが、善夜が俺以外の男子と仲良くしている分には少し嬉しく思うので、そのままにしておこうと思う。善夜なら仮に女子に告白されても、しっかりと振るだろうし、問題ないだろう。

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