第177話 通勤中の拾い物

story teller ~車谷善夜~


 疲労が溜まっている腕をぶら下げ、なるべく腕に揺れが伝わらないように、最小限の動きで自宅に向かう。

 隣を歩く光さんもボクの小さな歩幅に合わせてくれていた。


「見てただけだけど中々ハードだったね」


「うん。まさか2キロのダンベルがあんなに重く感じるなんて思わなかったよ」


 あの後早速筋トレを始めようという事で、寄宮さんの家のトレーニングルームに移動して、腕のトレーニングを始めようとなり、最初から重いものを持とうとせず、軽い重量で回数をこなせと言う米田さんの指示の元、2キロのダンベルを持つところから始めた。これくらいならと軽い気持ちで始めたのだが、回数をこなすうちに腕に疲労が溜まり、たった2キロだと思っていたダンベルが何倍にも重く感じられるようになったのだった。

 その後も自重を使った腕立てやケーブルトレーニング、ありとあらゆる器具を使って腕をいじめられた。


 米田さんは全然出来ないボクに対しても熱心に向き合ってくれ、器具の使い方を教えてくれるのはもちろん、怪我をしないようにサポートしながら指定された回数が出来た時にはしっかり褒めるなど、先生役をしっかりとこなしていた。


 始める前は全然自信のなかったボクでも、やれば出来るという事に気がつけたので今日だけで少しは成長出来たのだと実感する。


「明日もやるんでしょ?ワタシ明日は家族で出掛けるから行けないけど1人で大丈夫?」


 心配そうにボクの顔を覗き込む光さんに、大丈夫だよと伝える。

 確かにハードだったではあったが、米田さんの教え方が上手い事もあり、明日のトレーニングが楽しみに感じていた。


 ******


story teller ~四宮太陽~


 今日も夕方から出勤なのだが、当たり前のように月が迎えに来ていた。

 俺としても少しでも一緒にいられるのは嬉しい限りなので、なんだかんだで月の送り迎えに甘えていてこの時間を密かな楽しみにしていたりする。


 2学期の席替えの時は席が近いといいねとか、文化祭はなにするのかなとか他愛のない話をしながら歩き、そろそろバイト先に着くという頃、俺たちよりも少し前に乱橋さんの姿を見つける。

 しかし、乱橋さんの足取りは重く、何かを引きずりながら歩いている。正確には引きずっているものは何かではなく誰かであり、肩を抱いて歩いているが、乱橋さんの身長が低いため、結果的に引きずる形になっている。


「乱橋さん。その人は?」


 ゆっくり歩く乱橋さんにすぐに追いつき声をかけながら、乱橋さんの反対から抱えられた人の脇に頭を入れ、乱橋さんの代わりに支える。

 抱えられていた人は男の子であり、俺たちとそう代わらないくらいの年齢に見える。


「あっ四宮先輩。この人はここに来る途中、建物と建物の間に倒れていたのです。怪我してますし、放っておくのも気が引けたのでとりあえず事務所まで連れていこうかと思っていたのですが・・・」


 そう言われ男の子を見ると、服は汚れていて顔も所々赤くなっており、口元は切れている。

 見た感じだとそこまで酷い怪我ではないようで、意識はある。倒れていたのが建物の間と聞いて、一瞬自殺か?と思ったが怪我の具合からしてそうではないようだ。

 しかし、本人に自分で歩く意思がないのか脱力してしまっている。


「とりあえず俺が抱えるね。月、俺のカバンお願いしてもいい?」


 俺は空いてる方の手で月にカバンを渡し、バイト先に向かう。

 乱橋さんも反対側から体を支えてくれるので歩くのには困らなかった。


 ______


「とりあえず応急処置はしたし、病院に行くほどではないと思うけど・・・。仕方ない。様子みて必要なら私が連れていくよ」


 バイト先に着いた俺たちは店長に事情を説明し、事務所に置いてあった救急箱で手当をし、椅子を並べて男の子を寝かせる。


「四宮くんと穂乃果ちゃんは表に出てていいよ。私が仕事しながら見とくからさ」


 男の子の事が気になるが、店長の指示に従い、俺たちは事務所を出ることにする。


「大丈夫だった?」


 カウンターの前で待っていた月が心配そうに聞いてくるので、怪我もそんなに酷くないし大丈夫だと思うと伝えるとよかったと安堵の表情を浮かべる。

 そのまま帰すのもなんだか違うなと思い、俺たちと話せるようにカウンター近くの席に月を案内する。


「それにしても怪我して倒れるってなにがあったのでしょうか」


「怪我が原因って訳じゃなさそうだったけどね・・・」


 彼の目を見て気づいたが、あれはたぶん疲れているのだと思う。疲れていると言っても体の疲労ではなく、恐らく精神的なものだろう。

 なにがあったのか気になるが、所詮は赤の他人なのでそこまで踏み込んでいいものか迷ってしまう。


「なんともなく元気になるといいけど・・・」


「そうですね」


 優しい月と乱橋さんはそう言いながら事務所の扉を見つめる。

 結局男の子は俺たちが退勤するまで事務所から出てくることは無かった。

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