第176話 敏腕トレーナー米田

story teller ~加藤~


「すみません加藤さん。お待たせっす」


 部屋に入ってきた八代は、私の目の前に来ると心にもないであろう謝罪を告げてくる。

 気にしないでくれ。私と君の仲じゃないかと伝えると、テーブルを挟んで向かい側のソファにドカッと倒れ込むように体重を預ける。

 私はテーブルの端に置いてあるカゴを中央に寄せ、中に入っていた飴を八代に勧める。


「それで話ってなんすか?」


 八代は無礼講とでも言うように、カゴの中の飴を漁りながらそう聞いてくる。

 目当ての味が無かったのか、八代が手を引っ込めるのを確認してから私は質問に返事を返す。


「優梨愛ちゃん。もとい葛原はどんな感じなのかな?」


 あの女は警戒心が強いため、基本的に外では優梨愛と偽名で呼ぶが、この部屋の中には現在、私と八代の2人しかいないので本名で呼ぶことにする。


「そんなの電話とかメッセージじゃダメなんすか?」


「私は君の事を実の息子の様に思っているからね。顔を見て話しがしたい時もあるんだ」


 実際、小さい頃から八代の事は知っているし、この子が家を出てからは俺が面倒を見ている様なものだ。

 この子の父親は厄介払いが出来たと思っているだけだろうが、この機会を逃す手はない。


「まぁ別にいいっすけど。葛原は今までとなにも変わらないっすよ。四宮にご執心って感じっすね。まぁ葛原が四宮に興味なくしたら俺も一緒にいる意味なくなるっすけどね」


 私はそうか。と暇そうにスマホをいじり出した八代に返す。

 そして、八代はなにか面白いものを見つけたように薄らと笑みを浮かべソファから立ち上がる。


「もう話終わったなら帰ってもいいっすか?」


「ああ、時間を取らせてすまなかったね」


 はーいと軽く返事をして彼は部屋から出ていく。

 まったく。この子は自由過ぎる。普段葛原にこき使われているだろうから多少は目を瞑るが、私の計画に支障をきたす様なら早々に切らなければ。


 ******


story teller ~冬草涼~


 目の前の堅治くんたちのやり取りを見て、想像していたのとは違うなと感じる。

 別に米田さんの言っている事ややっている事が間違えているとは言わないが、もっと実戦的な事をするものだと思っていたからいい意味で拍子抜けである。

 まぁ彼らが怪我をしたりしないのであれば、このやり方でいいのだが。


「じゃあ喧嘩をする時に1番怖いやつってのはどんな奴だと思う?」


「はい!体のでかいヤツ!」


「それも確かに怖いが違うな」


「はい。格闘技を使ってくる人じゃないですか?」


「ブー!それより怖いやつがいるんだよ」


 米田さんは学校の先生よろしくホワイトボードに文字を書き、床に直座りする堅治くんたちに質問を投げかける。

 堅治くんたちもまるで米田さんの生徒になったかのように手を上げてそれに答えていく。

 というより、あのホワイトボードはどこから持ってきたのだろうか。


「たぶん狂ってるやつですよね?」


 堅治くんと車谷くんが頭を悩ませる横で、架流さんがボソッと答える。

 ホワイトボードの前に立つ先生は、ビシっ!と架流さんを勢いよく指さし、正解!と言っている。


「狂ってるやつ?」


「そうだ。殴る蹴るをなんとも思わず、どれだけやられても立ち上がってくる。そんなやつが怖いんだよ。大犯罪者とか頭の狂ってるやつって怖いだろ?」


 米田さんの説明を聞いて、花江さんと米田さん以外の全員の顔が曇る。きっとあの時の太陽くんの事を思い出しているのだろう。


「そこで、君たちにはそんな狂った人たちになってもらう」


 米田さんはそんな私たちの空気に気づいていないのか、変わらない態度でそんな事を言ってくる。


「狂った人になる?」


「正確には狂った人になりきるって事だな」


「演技するってことですか?」


「いや?演技なんて追い詰められたら出来なくなるだろ?だからまずは自信を付けるんだ」


 そう言うと米田さんはホワイトボードを裏返し、新たに文字を書き込んでいく。


「自信ってなんに対しての自信だ?と思っているかもしれないが、今回は自分なら勝てるって言う自信かな」


「自分なら勝てる・・・?」


「そうだ。君たちは今まで喧嘩とは無縁の生活を送ってきたんだろ?それを急に喧嘩に勝てるようにしてくださいってのは無理な話だ。もちろん天性の才能で最初から強いやつもいるが、そんなのはほんのひと握りの人だけだ。じゃあそうじゃない人はどうする?もう場数を踏むしかないんだよ。場数を踏めば喧嘩慣れして、テクニックが身につく。テクニックが身につけば喧嘩に勝てる。勝てれば自信に繋がる。ただ、俺はもう大学生で君らよりも年上だ。喧嘩も青春の内かもしれないが、ほら喧嘩して来いよって大声では言えない。じゃあ場数を踏まずにどうやって自信を付けるんだって話だが・・・」


 そこまで言うと、米田さんは1度呼吸を整える。


「単純に体を鍛えればいいんだよ」


 米田さんがあまりにも当たり前の事を言い出すものだから、その場の全員が呆気に取られる。

 誰もが簡単に辿り着ける答えを、あたかも自分だけが思いついたかの様に、先生役のその人はドヤ顔を決めている。


「えっと。米田先輩。それはわかってるんですよ?」


「ふん。あのな〜?俺だって君らがそれくらい考えつく事はわかってるんだよ。君らが日常的に筋トレとかしてたなら俺だって他の事を提案するさ。架流はともかく、秋川と車谷はどうだ?筋トレなんてしないだろ?」


 呆れ気味な架流さんたちに対して、逆に呆れた様に米田さんはそう伝える。


「君らは喧嘩に勝ちたいから強くなるわけじゃないんだろ?大切な人を守るために強くなりたいんだろ?それなら勝つためのテクニックはいらない。負けない心を作るんだよ。例え負けてても絶対に最後は勝つ!って思える心をな。もし必要ならテクニックも教えるが、まずは何よりも筋トレだ。筋トレして自分に自信をつけるんだ。そうすれば相手に最後まで噛み付いていけるし、それだけで少しは相手とやり合えるようになる。丁度ここにはトレーニングルームもあるって話だしそこを使わせてもらおう。・・・そうだな。俺がここに来れない日やみんなが集まれない時は俺に筋トレしてるところの動画を送ってくれ。家でやる場合も動画を撮って送るんだ。必ず毎日、サボらずにする事。それから筋トレする時はその日に鍛える部位を決めるんだ。例えば、今日腕を鍛えるなら、明日は腹筋、その次の日は脚、その次は背中・・・そんな風にローテーションを組むんだ。1日で全身隈無く鍛えてしまったら、筋肉痛で動けなくなるし、なによりも体力が持たなくて続かない。だから1日に1つの部位だけを鍛える事。いいな?」


「わか、りました。その筋トレって食事制限とか必要ですよね?そういうのは・・・?」


「ボディビルの大会に参加したいとかなら食事制限も必要だが、別にそういう訳じゃないだろ?それなら体を絞る必要ないから、好きなもん食え。むしろたくさん食べろ。まだ若いから全部栄養になるし、体力を保つ為にも食事は必要だ」


 思わず、すごいです。と無意識に声が出てしまう。

 最初はこの人に頼って大丈夫かな?と思ったが、意外にもしっかりと考えてくれているようだ。

 いつの間にかこの空間を支配している米田さんの言葉に、私たち含めた全員の意識が集中する。

 言っていることは当たり前の事だが、急いで結果を出そうとしていた堅治くんたちに取ってそれは盲点だったに違いない。

 米田さんはすごい人なのかもしれない。

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