第28話 アレシアの脱出

「庭に出るテラスのドアを開けておいたわ」とアレキサンドラが言う。


「だから、庭伝いに台所に行って、勝手口から出て。その方が見張りが少ないわ。これが鍵よ。勝手口から通用門はすぐなの。物資の搬入はんにゅうにも使う所だから」


 アレキサンドラはアレシアにうなづきかけた。

「さあ、行って」


 アレシアは自分の非力さを知っている。

 祈ることはできても、自分で何かをする力はない。


 だからこそ、子供の頃から、様々なことを『自分の手で』やってみることに拘ってきたのだ。

 少しでも、自分をきたえ、自分の力を高めたくて。たとえ、変わり者と言われても。

 今こそ、自分の力で動く時だ。


 アレシアは頷くと、その場で手早く麻の長衣に重ねている絹のチュニックを脱ぎ、丁寧ていねいたたむ。帝国に発つ前に、カイルから贈られた絹刺繍の飾り帯も外して重ね、両方ともアレキサンドラに預けた。


「信じています。再会した時に、返してくださいね」


 アレシアはニヤリと笑う。

「あなたがこの衣装に興味がないのを知っているから、とても安心していられるわ」


 アレキサンドラも、ふふん、と笑い返した。


「姫巫女とはいえ、あなたも若い女性。わたくしのような美しいドレスも欲しいでしょうから、今度お店をご紹介しましょう。……まあ、1枚か2枚はあなたでもなんとか着れるものがあるでしょうからね」


 アレシアは麻の長衣姿になると、手早くそでを折り、すそも折り返して、隠しボタンで止めると、あっという間に動きやすい姿になった。


 アレキサンドラは部屋からアレシアを出すと、再びドアに鍵をかけた。その鍵をドレスのポケットに忍ばせる。

 そして、アレシアは脱出を試みる。


「アレシア。右に進んで、階段を下まで降りなさい。テラスへのドアに出るわ」


 アレシアが廊下を進もうとした瞬間に、アレキサンドラが声をかけた。

「無事を……あなたと、カイル様の無事を祈っているわ」


 アレシアはこくん、とうなづくと、注意深く姿を消した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る