第21話 アレシアとカイル

「アレシア!」


 夜会の会場となった大広間から出て、アレシアはサラに誘導されながら、宮殿内を自分用に用意された客室へと向かって歩いていた。

 帝国の女性達のように、重く動きにくいドレス姿ではないアレシアは、身軽と言っていいような足取りで歩き、サラを苦笑させていた。


「姫巫女様、心なしか、会場を出られてから足取りが弾んでいますが?」

 サラがからかうと、アレシアはくるっと振り返って、笑った。


「わかる? これでも頑張ったんだけど、貴婦人らしく振る舞おうとするのはガラじゃないみたいで!」

「まあ、とんでもない! アレシア様はまさに、貴婦人中の貴婦人でしたよ」


 サラが何度もうなづきながら言う。

 早く部屋に帰りたいので、いそいそと歩くアレシアにカイルの声は届いていなかった。改めて背後からカイルが声をかけた。


「アレシア! ちょっと待ってくれ。大丈夫だったか?」


 カイルが2人に追いつくと、アレシアはちょこんと白のチュニックをつまんで、お辞儀じぎをした。


「皇帝陛下。ご機嫌うるわしいご様子、何よりでございます」


 アレシアの隣で、サラがぷっと吹き出しそうになり、あわてて横を向いた。

 カイルは一瞬困ったような顔をしたが、思いついて言った。


「執務室へ来てくれ。エドアルドもいる」

 そう言うと、カイルはそのまま早足で歩いて行ってしまった。


 アレシアが驚いてサラを見ると、サラはうなづいた。

「そうおっしゃるのですから、お伺いしましょう、姫巫女様」


 そしてサラは方向を変えて、カイルの後を追って、皇帝の執務室へとアレシアを案内し始めた。


 執務室に着くと、扉の外で警護している騎士が、扉を開けてくれた。どうやらカイルがすでに指示してくれていたらしい。


「失礼いたします」

 サラが声をかけ、アレシアを室内へ通す。


「アレシア様、サラ」

 夜になり、明かりが灯された執務室の中で、長椅子に座ったカイルと、両手にティーセットを持ったエドアルドの姿があった。


「夜会はお疲れ様でした。熱いお茶でもいかがですか? アレシア様、さあ、こちらの椅子にどうぞ」


 サラがさっとエドアルドからティーセットを受け取ると、テキパキとお茶を入れて、カイルとアレシアの前にお茶碗を置いた。

 そのまま、エドアルドとサラは壁際に置かれた椅子へと移動した。

 サラがエドアルドにもお茶を渡しているのが見える。


「……アレシア、夜会で1人にして済まなかった。大丈夫だったか?」

 カイルの言葉に、アレシアは頷く。


「はい、ご心配をおかけして申し訳ありません。おかげさまで、特に……何もなかったと思うのですが?」


 そのアレシアの口調に、思わずサラがぐほっとおかしな声を立て、カイルは少し困ったような表情になった。


「うん? 女性達とは話せたか? 宮廷での作法に不自由はしなかったか?」

 そう言われて、アレシアは生真面目に、夜会での出来事を思い出そうと、眉を寄せた。


「ご挨拶のほかに多少お話ししましたのは、アレキサンドラ様と、サリヴァン公爵夫人のみでした。皆様、神殿の巫女に話しかけられるとびっくりされてしまうようで」

 アレシアはそう言うと、くすりと笑った。


「皆様、ごきげんよう、と仰った後、困った顔をされるのです。話題に困るのでしょうねえ」


 のんびりとそう付け加えたアレシアを見て、エドアルドとサラが目を合わせた。

 サラがそっと首を振る。


「わたしの役目は神殿にて祈ることですから、わたしを見てびっくりされるのはある意味喜ばしいことかもしれません。皆様、お悩みがないということで受け取りました。必要があれば、お話に来られるかと思いますので。そうだ」


 アレシアはそうそう、思い出しました、という調子でさらに言葉を続けた。

「サリヴァン公爵夫人は何かお悩み事があるようで、お話になりたかったようなのですが、夜会の場では人が多いですから。お時間のある時に、神殿にいらしてください、とお伝えしたのです。アレキサンドラ様とは、ドレスや刺繍の話題で、多少お話が弾んだ……ような?」


 アレキサンドラがどう思っていたかについては自信がないようで、またしても最後が疑問形になってしまい、アレシアは困ったような顔をした。

 そんなアレシアをカイルはしみじみと見つめていた。


 アレシアはにっこりと微笑む。1人ぼっちにされていじめられたとか、無視された、寂しかったとか、そんな感覚とは無縁のアレシアなのだった。


 人に嫌味を言われても、きっとどこ吹く風、という態度で相手をはぐらかしてきたのだろう、そんなアレシアに、あえてドレスを贈らなかったカイルはその意外な展開に驚き、圧倒され、そして好感を持った。


「カイル様。その……この服、神殿の衣装ですが、あなたはお嫌ですか? あなたならこの服でも気になさらない、大丈夫かと思ったのですが、アレキサンドラ様のご様子を見ていて、さすがに心配になってきました。アレキサンドラ様は社交界きっての令嬢にふさわしい装いだったかと。あの刺繍! 本当に素晴らしかったですわ……!! もしわたしがカイル様に恥をかかせるようであれば、もちろん、次回は帝国風の服を仕立てることにいたしますが……」


 カイルは少し顔を赤くした。

「そ、そうか。少し考えさせてくれ。私も女性の服には疎くて。個人的にはあなたのその服は好きなんだ」


 カイルがそう言うと、アレシアは嬉しそうに微笑んだ。

 そして、はっと気がついたように、腰に巻いている飾り帯をさわる。


「この帯、ありがとうございました。綺麗で、とても気に入って使わせていただいております」


 それからカイルとアレシアは熱いお茶を飲み、改めて挨拶をかわして、アレシアはカイルの執務室を出たのだった。


 アレシアとサラが退出すると、カイルは改めて、エドアルドにも夜会の様子を尋ねた。


「それで、アレシアはああ言っていたが、実際の様子はどんなだったんだ?」

 そう言われたエドアルドは微笑すると、「基本的には、アレシア様がお話になった通りかと」と言った。


「アレシア様は終始にこやかに微笑まれていて、会場に入られてから、お1人お1人に声をかけて回られていました。ほぼ、全員ですね。ご婦人方は、アレシア様にびっくりしたのでしょうねえ。あの通りの方ですから。どなたにも隔てのない、気さくなご様子にびっくりして、皆様、『ごきげんよう』としかおっしゃいませんでした。アレシア様がアレキサンドラ様と色々お話になった後、サラがそろそろいいかと考え、アレシア様を会場からお連れしています。アレキサンドラ様は相当力が入っていたようですよ」


 エドアルドの答えに、カイルは再び、声を失ったのだった。

「アレキサンドラについては仕方ない。彼女が何を望んでいるのかわかっているからな。しかし……全員に声をかけていた?」


 エドアルドは微笑みながら言った。

「アレシア様は王女ですが、幼い頃から姫巫女として王宮を離れ、他の巫女達と女神神殿で育っています。神殿は身分に関わらずすべての人に開かれていて、アレシア様も貴族だけでなく多くの平民の悩みを聞き、共に祈っているそうです。誰とでも挨拶をし、話す、そんなアレシア様らしさを発揮されただけのようですよ」

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