第8話 リオベルデ王国王宮

「アレシア! 待っていたよ!」


 アレシアとネティが馬車を降りると、クルスが待ち構えていて2人を王宮の中へと連れていく。


「改めて準備を、と思ったら、男の私ではわからないことが多くて」


 クルスが困ったように笑った。

 ブラウンの髪にヘイゼルの瞳をしたクルスは、やさしかった父にそっくりだ。

 アレシアも父を思い出して、笑顔になる。


「陛下、大丈夫ですわ。アレシア様のお支度は、私にお任せくださいませ」

 ネティが声を掛ける。


「ありがとうネティ。そうだ、それにカイル陛下から改めてお手紙も届いたのだ。併せて、贈り物が入っていてね」


 クルスはアレシアとネティを国王の居間へと案内した。公務のために使う部屋以外に、王宮には国王と家族のための私的な区画が用意されていて、すでに神殿に移っているアレシアの部屋も、クルスの意向でいつも整えられていた。


 クルスとアレシアが居間に落ち着くと、すぐに温かなお茶と軽食が用意された。


「まずはこれを」

 クルスが1通の書簡をアレシアに渡した。

 先日の書簡と同じく、2頭のわし紋章もんしょうが押されているが、インクの色が濃紺だった。


 アレシアがクルスを見上げると、クルスがうなづいた。

「濃紺のインクはカイル陛下が使う。それは陛下からの私的な手紙だよ」

 アレシアは手紙を開いた。今度の手紙もとても簡単なものだった。


『婚約のあかしとして、姫巫女の飾り帯を贈る。必要なものは揃えるので、嫁入り支度は気にしないで良い』


「……」


 アレシアが驚いていると、クルスが細長い木の箱をテーブルに置き、ふたを開けた。

 白い絹地に細かな金と銀の刺繍が施された飾り帯だった。


「まあ、見事な刺繍ですね、姫様」

「ええ」


 アレシアは飾り帯を箱から出して広げてみた。刺繍は植物をモチーフにしているようで、所々に紺色の刺繍糸で小鳥が描かれているのが、とても可愛らしかった。


 カイル陛下が使う色は、濃紺。

 アレシアは思った。顔も知らない婚約者。手紙の文面もそっけない。なのに、どこからかカイルの思いやりを感じるのは、気のせいだろうか?


(それとも、このかわいい小鳥さんのせい?)


 アレシアはクルスに微笑んだ。

「とても美しい帯ですわね。お気持ちがとてもありがたいと思いますわ」


 クルスはそんなアレシアの様子に、安心したようにうなづいた。

「それはよかった。そうだ、君を神殿に訪ねてから思い出したのだが、帝国の神殿にはオリバー先生がいらっしゃるはず。たしか、神殿主をなさっていたと記憶している。君が帝国に嫁ぐ旨、急ぎ手紙を出しておいた。向こうに着いたら、ぜひ神殿を訪ねるといい」


 アレシアは目を見開いた。

「そうでしたわ。お兄様、ありがとうございます……! ぜひそのようにいたしますわ」


 オリバー先生は、かつて緑の谷の女神神殿で神殿主しんでんしゅを務めていた人物だ。

 アレシアは姫巫女となってから、オリバーのもとで、さまざまな知識を学んでいた。


 学んでいたことは幅広い。祈りや儀式、神話についてのみでなく、帝国の歴史や地理についても学んだ。オリバーは元々、帝国出身だったからだ。


 今はもう高齢になっているだろうが、まだまだ現役で、帝国の神殿で采配さいはいをふるっているはずだった。


「またオリバー先生にお会いできるなんて、本当に嬉しいです」


 帝国では、オリバーに会って、再び教えをうこともできるかもしれない。

 正直なところ、皇帝であるカイルについては、婚約者と言っても、これまで交流がなかったため、あまり実感が湧かなかった。


 それよりも、帝国にあるアレシアが知らないものを見ること、経験することであったり、帝国の神殿を訪れること、老オリバーと再会することに心をわくわくとさせるアレシアだった。

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