第6話 アレシアの祈り

 聖堂には中央奥に祭壇さいだんがあり、その手前には、緑色の敷物が敷かれた一角があった。正面には、座椅子が1脚。


 アレシアはそこに腰を下ろすと、巫女達は両側に控えた。

 神官が並んでいる人々に声をかけて、1人ずつアレシアの前に進むように誘導ゆうどうを始めた。


「こんにちは。今日はどうなさいましたか?」


 そう言いながら、アレシアはまるでお医者様みたいね、と思って、柔らかく微笑んだ。

 わたしも、お医者様のようにお役に立てたらいいな、そんな想いがある。


 アレシアの前に座ったのは、若い女性だった。緊張したように顔を赤くしているが、アレシアにうながされて、話し始めた。


「姫巫女様、今日はお会いできて光栄です。私は王都の大学に通う学生なのですが、故郷の両親に、もう学問は辞めて実家に帰るようにと説得されていて、困っています。できれば、大学を卒業して、良い仕事を見つけたいと思っていますので。両親は、どうやら私に結婚して実家を継いで欲しいようで、お見合いを準備しているのです」


 アレシアはうなづいた。

「ご実家でお店か何かを経営されているのですか?」


 女性もうなづいた。

「はい。代々、絹織物を扱っております」

「失礼いたしますね」


 アレシアは微笑むと、女性の手を取った。

 アレシアは呼吸を整えると、目を閉じた。

 すると、アレシアの中で、まるで超スピードの映画のように、さまざまな場面が現れ、移っていく。


 王都の風景の中で、本を何冊も抱えて歩く女性の姿があった。

 古い商店を前に、穏やかに微笑む初老の男女の姿。


 やがて、1人の男性の姿が、商店の前に現れた。道を歩く少女を大切そうに見つめている。

 少女は今目の前にいる女性だろう。そして男性は、女性の年の離れた兄のように見えるが、兄ではないのが、アレシアにはわかった。


「あなたが願っているのはどんなことですか?」

 目を閉じたまま、アレシアが質問をする。


「そうですね……。先ほども申し上げた通り、大学は続けたいのです。私が学んでいるのは、会計学、経営学、外国語などで、家業にも役立つものです。それに、今すぐ見知らぬ人と結婚してまで家に入れだなんて。そんな風に縛られるのは嫌なのですわ」


 女性は困った顔になり、ため息をついた。


「大学を無事卒業すること。家業の役にも立つこと。それにできれば、お互いに尊敬し、愛せる方と結婚したいですわ」


 アレシアはうなづいた。


「では、改めて、あなたのお願いを、女神様にお祈りしてください。わたしはあなたにとって、関係する皆様にとって、最善となるように、お祈りいたします」

「はい」


 アレシアと女性は、しばし祈った。

 アレシアの全身が淡く光り、一瞬、女性を白く包んだ。


 やがて目を開けると、アレシアは言った。


「あなたのお見合い相手は、まったく知らない男性ではないかもしれません。一度、故郷のご両親を訪ねてみられてはいかがでしょう。もしかしたら、あなたが大学で学び、経験を積むことを後押ししてくれる、そんな人かもしれませんよ?」


 女性ははっとしたようにアレシアを見た。その表情に、明るさが戻る。

「姫巫女様、ありがとうございます……!」

 女性は何度もお礼を言うと、晴れやかな笑顔で、神殿を後にした。


 その後もアレシアは、途中の休憩きゅうけいはさんで、午後4時頃まで、神殿で待つ人々の話を聞き、共に祈って過ごした。


 最後の人を神殿から送り出すと、アレシアは共に働いた巫女と神官と共に女神に感謝を捧げる短い祈りを行い、聖堂を出た。


「お疲れ様でした」


 聖堂の入り口では、アレシアの侍女ネティが待っていて、アレシアと共に、宿舎にある私室に戻る。

 この後は姫巫女の正装姿を解き、湯浴みをし、食事を取って、静かに過ごすのだ。


 これがリオベルデ王国の王女にして、神殿最高位の巫女、国民に愛され、尊敬されている姫巫女アレシア・リオベルデの姿だった。


 リオベルデ王家は、国民の声を、どんな小さな声でもないがしろにすることはない。それゆえに、王と国民の距離は近く、人々は団結して国をより良くしていこうと思う、そんな国であることを誇りに思っているのだった。

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