元恋人の蜘蛛

仲原鬱間

元恋人の蜘蛛

 大学の時に出会って、五年付き合って別れた元恋人が壮絶な孤独死を遂げた。

 それというのも、奴は息絶える直前、飼っていたバカでかい蜘蛛(タランチュラ)の水槽に手を伸ばし、最後の力を振り絞って床材の土(バーミキュライト、ヤシガラ、燻炭など)ごとひっくり返した。

 解き放たれた蜘蛛は、横たわる大きな餌を喰いながら、俺がおよそ三年ぶりにあいつの家を訪ねるまで自由に暮らした。約二ヶ月間、肌寒い日もある梅雨も二十五度に保たれたままの室内は、さぞかし過ごしやすかったことだろう。

 現場に残されていたものは、真夏の室内で腐臭を放つ元恋人の死体と、クソでかい蜘蛛の脱皮した殻(それも二回分)。そして、アホみたいにでかい蜘蛛の本体。テレビ台の下、電源タップのスイッチの明かりに浮かび上がる巨大なシルエットを見つけた瞬間、俺は声を失った。心はありったけの声量で叫んでいるのに、喉はぎゅっと塞がったまま。ばっちり目が合った……気がした。後でわかったことだが、ハエトリグモを除き、蜘蛛はそこまで視力が良くないらしい。知らんけど。

 地獄の生き物みたいな大きさの蜘蛛は、祈るような気持ちで穴(通気口)だらけの水槽を近づけると、八本もある長い脚をそろそろと動かして元の住処に収まった。俺は水槽にフタをして、警察を呼んだ。

 元恋人の死に事件性はなく、病死と判断された。蛆と一緒に死肉を喰らっただけの蜘蛛は関係なかった。ヨリを戻す前に俺の元恋人は荼毘に付され、俺は元恋人の蜘蛛を引き取った。

 ネットの知識を頼りに調べてみると、蜘蛛はメスだった。数年で死ぬオスとは違い、メスは種類によっては二十年近くも生きるらしい。

 こんなのが家にいたら女も寄り付かんだろ。あいつは、この邪悪で臆病な生命体が二十年も生きるメスだと知っていたのだろうか。一体何を考えて飼い始めたのだろう。自分の体まで喰わせておいて。

 このメスの蜘蛛が死ぬ頃には、俺は四十後半。下手したら五十代。

 新卒で入った会社が忙しくて、余裕がないからって別れて。何だよ。蜘蛛かよ。蜘蛛と添い遂げるつもりだったのかよ。何で五年で死ぬオスじゃなくて犬猫以上に生きるメスなんだよ。コオロギとか食うなよ俺が虫苦手だって知ってんだろ。

『タランチュラ エサ』で検索してみたところ、でかい蜘蛛は個体によっては鶏肉を食べるらしい。ウズラの雛とか、ササミとか。

 幸いにも、元恋人の蜘蛛はササミを食べた。でかいピンセットの先からぶつ切りにしたササミを奪い取り、大事そうに抱え込んで食べた。

 元恋人の方も、鶏肉が好きだった。焼き鳥とか、唐揚げとか。大学時代に二人で名古屋に行った時なんか、アホほど手羽先を食べていた。山と積まれた手羽先の皿を抱え込むようにして、うまいうまいと食べていた。

 ――一生鶏肉とビールで生活してぇ〜!!

 アホのアホな声が蘇る。

「お前は、ビールとか飲まんか」

 そんなことを口走りながら、今日も俺は、元恋人の蜘蛛にササミをやる。頭の隅で、残された二十年のことを思いながら。

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