未到達領域

地下へと緩やかに下る通路を4人は隊列を組んで下ってゆく。


「俺天才だから疑問に気づいたんだけどさ!なんで異星人はこんな大気の薄い星に遺跡作ったんだろね?!」

「あんたの前に百万人が同じ疑問に気づいてるわよ」

「なんでだろうねー。空気全部吸い尽くしちゃったのかなー?」

「なるほど!!」

「なるほど、じゃないでしょ」

「あははー。ザック君は何か知ってる?」


「古代異星文明人が文明を発展させた惑星は今現在も確定されてはおらずその拠点である遺跡のみが発見されておりそれら遺跡の存在する惑星は大気の有無が混在している。このことから古代異星文明人は大気を必要用としない生命体ではないかとの仮説が立てられてはいる。しかしケイ素系生命体である可能性を考慮しても大気そのものが不要という考察はいささか乱暴に過ぎるため宇宙への進出の過程で真空への適応を得たあるいは我々の宇宙服ジャンプスーツよりもはるかに進んだ日常レベルでの環境適応装甲を科学的に開発させたとの見方が主流であり」


「ちょ、ちょっと。ストップ、ストップ」

「なんだ、ケイト」

「なんだは無いでしょ。一気に話過ぎよ。ほらアリスも驚いてる」

「あ、あははーー…」

「スゲェ!お前ってそんな喋れたんだ!?俺てっきりお前は長文話すと呼吸困難になるのかと思ってたよ!!!」

「そうか、長かったか」


自覚の無さが恐ろしい…とケイトは肩をすくめる。


「あなた、そんなに古代異星文明が好きなの?」

「いや。ただ僕は謎が苦手なんだ」

「苦手?」

「より正確には、謎が謎のままの状態というのが苦手なんだ」

「あー!わかる!!こうムズウムズするよな!!なんで解けないんだムキー!!みたいな!」

「そうだ」

「じゃあー、この調査で何か発見できると嬉しいですねー」

「そうだな」

ザックはアリスを向いて優し気に頷く。


はー、なるほどなるほど…とケイトは声に出さずに一人納得した仕草をする。


「そんな素敵な成果が得られるかは期待薄だけどね。まぁ行きましょうか」

「イエス!マム!!」

ブルー左右非対称アンシンメトリー宇宙服ジャンプスーツに付き従うように、黄色イエロー宇宙服ジャンプスーツが続く。

黄色と青の派手な組み合わせは、見落とす心配が無くて良いなとアリスは微笑む。



「ここが最奥のようね」


ケイトが通路の行き止まりを示して言う。

既に数時間が経過し、途中経路はAR経由でマッピングが自動生成されている。


これまでの調査報告結果と差異の無いこともリアルタイムで検証されており、つまりは取り立てた成果は無しの状態である。


「んー、とくに何もありませんねー」

「おっ?!ってことはこの探査授業も終了?!」

「んな訳ないでしょ。この後は報告書やら成果についての議論やをやるのよ」

「ですよねー!!!」


「いや、待て」


ザックが皆を身振りで止める。

指を口元に立て、静かにするよう求める。

通信音声の途切れた静寂の中、ゴゴゴ…と静かな振動が体ごしに伝わってくる。


「伏せろ!!」


そう叫びながらアリスたちに覆いかぶさるようにザックは身を地面に投げる。



   その瞬間、地面が吠えた。



最初に目を覚ましたのはボビーだった。


「うわーーっ!えっ?!あれ!?真っ暗??」


周囲は暗闇に包まれている。

宇宙服ジャンプスーツの状態表示ランプが薄暗い明かりをともしているのみだ。


「ええっと!ライト!明かり付けて!!」


暗闇を見つめながらの音声入力に反応して、宇宙服ジャンプスーツが内蔵のライトをONにする。

主語の欠けたた命令文であっても周囲の環境におよび前後の文脈に応じた対応を行うのは宇宙服ジャンプスーツの基本機能の一つだ。


「ケイト!しっかり!あぁ、アリス!ザックも!」


「う…うぅん、痛たた…」

「うぅーー、頭がクラクラするーー」

「…っ」


身体を軽くゆすると3人とも目を覚ます。


「いったいー、何があったんですかー?」

「スゲー揺れだったな!!」

「地震…みたいね。潰されないで幸いだったわ。みんな身体は大丈夫?」

「ダイジョブ!」

「わたしもー」


身体に目立つ負傷もないことを各自が確認する。


宇宙服ジャンプスーツ、『現在地の推定および地上へのルート検索を要求』」


ザックがつぶやくと、宇宙服ジャンプスーツが周囲を解析し、頭部を覆う透明な球体ヘルメットの内側に3次元ウィンドウ上に表示させる。

表示結果を確認すると、3人に共有するようザックは宇宙服ジャンプスーツに指の動きで命令を出す。

AR上のデータを操る滑らかな動作は、あやとりを掴む動作にも似ている。


「あれ?!現在位置おかしくない?!」

「ほんとですねー、灰色の真ん中にいますねー?」


画面に表示された現在地マーカーは、先ほどまで探索していた異星文明遺跡の立体地図の、さらに下に表示されている。

マーカーの周囲は情報不明を示す灰色一色に塗りつぶされている。


「まさか、未到達…領域…?」

「あぁ」


ザックがうなずく。


「地下にー、こんな空間がまだあったんですねー」

「さっきの地震でその天井が崩れてそこに墜落…ってところかしら」

「でもでも!今まで何度も空間スキャンしてるんだろ??」

「相手は異星文明の遺跡よ、スキャンをすり抜ける防壁があったとしても不思議じゃないわ」


周囲を見渡すケイト。

3メートル四方の壁に囲まれた小部屋からは、狭い通路が奥へと続いている。

目線を上に上げると墜落してきたと思われる天井の穴が見えるも、そこは瓦礫で埋もれてしまっていた。


「新しいー、遺跡の通路ー。大発見だねーー」

「あぁ」

興奮を隠しきれない様子でザックが頷く。


「いやいや!!でも俺ら閉じ込められてねぇ?!」


珍しく、ボビーだけが現状を正確に把握していた。

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