@rabbit090

第1話

 アタシ、あんたのこと憎んでる。

 

 「佐枝さえ、おはよう。」

 「うん。」

 アタシには親友がいる。

 けどそいつは、アタシの友人などではない。

 アタシには、兄がいる。兄は、その、佐枝によって傷つけられ、死んでしまったのだ。

 「お母さん、ただいま。」

 「おかえり。」

 いそいそと支度をしている。

 母はせわしない人間だった。それは、兄が死んでも変わらなかったし、いや、より一層強くなったように思う。

 が、兄は弱い人間だった。

 妹の私から見ても、佐枝みたいな悪い奴に付け込まれる素養を、持っていたような気がする。

 「でも、アタシ、許せない。」

 「止めなよ、琳子りんこちゃん。パパ、そういうの良くないと思うよ。」

 「…うるせえ。」

 父は、穏やかな人間だった。多分、生前の兄に一番似ているのかもしれない。

 だけど、私は兄が好きだった。大好きだった。

 だから、許せるわけがない。

 佐枝は、アタシの親友だった。けど、兄を殺したのだ。

 

 「今日出かけるって言ったでしょ?待っててよ。」

 アタシは兄に、電話越しにそう伝えた。

 「分かった。」

 いつものように困ったような声で、そう答えたのが、アタシが最後に聞いた兄の言葉だった。

 そして、兄は死んだ。

 兄は、佐枝のことが好きだった。

 アタシは、兄に佐枝のことを紹介していた。そして、二人は妙に仲良くなっていた。

 だけど、何でだよ。

 佐枝は、兄を振った。

 しかも手ひどく、新しい彼氏を先に作って、さよならを告げた。

 高校生だしそんなもん、と佐枝はきっと思っているのだろうけれど、兄は死んだのだ。

 取り返しなど付かない。

 アタシは、それ以来学校に行っていない。

 だから佐枝とも会っていない。

 兄が死んだ、という事実は広まっていたから、佐枝もきっと知っている。だけど、アタシは兄が死んでからの佐枝に、会っていないから、どんな様子なのかも、見当がつかない。

 そして、今この手に握った凶器を、佐枝に向かって、放った。

 「佐枝、何でお兄ちゃんのこと、傷つけたの?」

 声が震えているらしかった。

 アタシは、どこか遠いところからそれを見ていた。

 けれど、何も起こらなかった。

 アタシに目には今、憔悴した様子の佐枝がいて、とても脅えているのがよく分かる。

 がらりと教室の扉を開けて、一目散に佐枝の机に向かったのだ。

 それで、アタシは。

 「キャー!!!」

 誰かがそう叫んで、アタシは床に崩れ落ちた。

 

 はず、でしょ?

 「…ねえ、琳子。」

 「………。」

 体に力が入らない、アタシは佐枝の、顔すら見ることができない。

 「勘違いしているよ。私を振ったのよあきら君。あのさ、彬君はね、琳子のことが、好きだったの。馬鹿でしょ?私、利用されたの。」

 「…は?」

 アタシは、口から洩れるのその言葉を、どこか遠いことのように感じている。

 「だから、彬君が死んだのは、琳子が、自分のものには絶対になり得ないって、思ったからなの。私は、彬君が普通になりたくて、そういう風に見せかける種に、使っただけなのよ。」

 ああ、そうか。

 アタシは、ため息を一つ吐き、膝を上げた。

 ねえ、お兄ちゃん。

 多分アタシも、あなたのことが好きだったのかもしれない。

 ホント、馬鹿だね。

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