芳一と武者

夜ごと夜ごとのお誘いに

おいらは断る訳もなく

あなたのお手に掴まって

高貴なお方の御殿までへと

連れられたのでありまする

盲にできるは琵琶を弾くこと

壇ノ浦という戦いざまを

これまで語って来ましたが

今晩ばかりはそれを逃れて

経を身体に書きました

剃った頭の頂と爪

尻の穴までびっしりと

月の下へと現れぬため

筆で身体を撫でました

ああどうか思い違いをせずに

おいらはあなたを恐れたことで

身を隠したではありませぬ

けれどもどうぞ憎らしければ

この耳、根からもぎ取って

高貴なお方の御殿までへと

お持ち帰りになってください

亡者も人も違いなどない

盲にとっては全てが同じ

うめきを堪えて座しております

ですからどうぞ憎らしければ

この耳、根からもぎ取って

煮るなり焼くなり食いちぎるなり

あなたのお好きになさってください

ああしかし思い違いをせぬよう

おいらはあなたのお手を取りたい

おいらは今宵もお手を取りたい

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