第7話「お詫びとお礼」

「――やっちゃったぁあああああ」


 次の休み時間、美咲に屋上へと連れ出されると、彼女は頭を抱えて嘆き始めた。

 時間が経ったことで我に返り、自分の行動をかえりみているんだろう。


「そんな大声、出せるんだな」

「冷静にツッコまないで……!」

「いや……この状況だと、冷静でいるしかないだろ?」


 普段清楚でおしとやかな美咲が、別人みたいに取り乱しているんだ。

 彼女が何をするかわからない以上、落ち着いて行動を観察しておかないといけない。


「どこを後悔しているんだ?」


 とりあえず、話が通じるようになったので、疑問に思ったことを尋ねてみる。

 さすがに、自分の行い全部を悔いているわけじゃないだろう。

 いろいろと問題はあったが、大半は今日ではなく祭りの日に起きているのだし。


「冷静じゃなくなって、悪目立ちしちゃったこと……」

「既に目立ってたどころか、元から注目の的だっただろ?」


 なんせ、廊下を埋め尽くすほどの数が集まっていたんだから。


「そうだけど……私の最後らへんの発言って、みんなをあおってるっていうか、争いの種になりかねないことだったなって……」


 まぁ見方によっては、相手に喧嘩を売っていた言動だっただろう。

 圧倒的に彼女の立場が上になっていたから誰も逆らえなかったが、同等な立ち位置にいれば、言い合いになっていたかもしれない。


 もちろん、美咲の性格などを考慮していない仮説になるため、実際は違う可能性が高いだろうが――争いの火種にはなるものだったと思う。


「みんなと仲良くって考えの美咲からしたら、反省するのも無理はないか」

「うぅん、そうじゃなくて……」


 美咲は、なぜか申し訳なさそうに俺の顔を見てくる。

 どうやら、別の部分が引っかかっているようだ。


「どうした?」

「その……私のせいで、余計来斗君の立場を悪くしちゃったっていうか……みんなとの溝を深めてしまったっていうか……」


 なるほど、そういうことか。

 要は、美咲が俺を庇ったことで、俺に対するみんなの敵対心が膨れ上がったと思っているようだ。

 確かに、美咲と対立してしまった生徒たちから見たら、彼女が唯一庇う俺という存在は面白くないだろう。


「相変わらず、優しすぎるな……」


 半ば無意識に出た言葉。

 それを聞いた美咲は、目を丸くした。


「えっ……?」

「いや、なんというか……」


 はっきりと意識して出た言葉ではないので、少し言葉が詰まってしまう。

 彼女のことを優しすぎると思ったのは本当だが、わざわざ本人に言うつもりはなかったのだ。


 しかし、言葉にしてしまったのなら、ちゃんと責任を取らないといけない。


「考えすぎだ」

「考えすぎじゃないよ……。あんなことしたら、溝が深まって当然だから……」


 俺の言葉を聞いた美咲は、すぐに反論をしてくる。 

 さすがに、簡潔すぎたか。


「そうじゃない。美咲がしたことで、俺とあいつらの溝が深まったのは事実だとは思う」

「そうだよね……ごめんなさい……」


 美咲は後半部分しか聞き取らなかったのか、落ち込んだように頭を下げてくる。

 そうじゃないんだが……。


「俺が言った考えすぎってのは、美咲が自分のせいにするのがおかしいって話だよ」

「えっ……?」


「美咲はさっき、俺とあいつらの溝が深まったと言ったな? どうして、溝を作ったと言わなかったんだ?」

「それは……」


 俺の問いに対して、美咲はバツが悪そうに目を逸らした。

 おそらく、あまり意識せずに言った言葉だったのだろう。

 だけどそれは、美咲の心の中を表していることになる。


「わかってるんだろ、俺とあいつらに元から溝ができてたって。そうじゃないと、深まるって表現はしないからな」

「い、いや、違うよ……! ほら、私と付き合ってるって噂が流れたせいで、みんなと来斗君の間に溝ができちゃったから、それで――!」


「嘘は吐かなくていいさ。俺があいつらとうまくやれてなくて、溝ができていたのは事実なんだから」

「来斗君……」


 悲しそうに美咲は俺の顔を見つめてくる。

 自分の失言によって、俺を傷つけたとでも思っているのかもしれない。


「そんな顔するなよ、俺は別に気にしてないんだから」

「でも、私のせいで……」


「違う、元から俺が原因を作っていたんだ。それで、話はさっきのことに戻るんだが――溝が深まったのは美咲の行動が原因だとしても、元々溝を作っていた俺が悪いんだ。溝さえなければ、深まることもないんだからな」


 たとえば、俺が美咲のように誰からでも慕われる男子だったと仮定しよう。

 一部の生徒は確かにひがむだろうが、多くはお似合いのカップルとして祝福してくれるんじゃないだろうか?

 親しい間柄の人間が多ければ多いほど、そうだろう。


 現に男子たちはともかく、女子たちは俺の人間性を問題視し、美咲にふさわしくないからという理由で反対をしていた。

 俺が誰からでも慕われる人間だったら、こんな酷い騒ぎにはならなかったはずだ。


 いや、慕われてなくても、嫌われてさえなければ、美咲の人柄で女子は納得しただろう。

 つまり、今回の件で全校生徒から嫌われたとしても、それは俺の人柄のせいでしかない。


 美咲が気にするのはおかしいんだ。


「だから、美咲が気にすることはない」

「どうして、君は……」

「ん?」


 てっきりフォローしたつもりだったのだけど、美咲はより辛そうな表情を浮かべてしまった。

 泣きそうにさえ見える。


「なんで、そんな顔をするんだよ?」

「君だって、優しすぎるじゃない……。そうやって、自分のせいにして……私のこと、庇ってくれるんだから……」


 いったい何を言い出すかと思えば……。


「全然違う。美咲は、自分に原因がないのに自分のせいにしているだろ? 俺は、元凶が俺だから自分のせいだって思ってるんだよ。ただの僻みとか、周りが暴走したせいで起こったことに関して、俺は自分のせいにしたりなんてしないさ」


 今回の騒ぎだってそうだ。

 たとえそのことで学校から叱られようと、俺は自分が悪いことをしたなんていっさい思わない。


 もちろん、美咲のせいだとも思ったりはしない。

 もし怒られることがあるとしたら、それは騒いだ奴らのせいだろう。

 その辺の判断はちゃんとできている。


 でもそれを、自分のせいとして考えるのが美咲だ。

 俺と彼女では、全然やっていることが違う。


「でも……!」

「それに一つ言うけどさ――」


 まだ美咲が何か言おうとしたが、俺は言葉を被せるようにして遮る。


「美咲は俺を庇ってあんなことを言ってくれたんだぞ? それを有難いと思わず、周りの奴らと仲が悪くなったからという理由で、お前に怒るようなクソな人間だと俺のことを思っているのか?」


 あまりに美咲が引っ張るので、俺はわざと怒ったふうな態度を取った。

 それによって、美咲は更に動揺する。


「あっ、違うくて……私はただ、溝を深めてしまったことだけを気にして……」


「美咲が言っていることは、そういうことなんだ。だからもう、そのことに関しては気にしないでくれ。だって俺は、庇ってくれたことに感謝をしているし、嬉しいと思っているんだからさ」


 今度はあえて、心愛に向けるような笑顔を意識して、笑みを浮かべた。


「――っ」


 彼女はなぜか息を呑んだようだったが、きっと俺の言いたいことは伝わっただろう。

 感謝していることに関して、やった本人に後悔してほしくない。

 むしろ、胸を張っていてほしいものだ。


「わかった……」

「話は終わりでいいか? そろそろ、授業が始まるし」

「あっ……んっ……」


 美咲が頷いたことを確認し、俺は踵を返す。

 急がないと、チャイムが鳴ってしまいそうだ。


 しかし――。


「待って……」


 服の袖を、後ろから引っ張られてしまった。

 振り返れば、美咲が俺の服を指で摘まんでいる。


「いや、時間が……」

「その、いつもお昼はパンを買ってるよね……? お弁当、君の分も作ってきたから……お昼、一緒に食べよ? そこで、もっと詳しく話しておきたい……」


 どうやら、今話すというわけではなく、昼の約束がしたかったようだ。

 まぁ、付き合っていると公言した以上、一緒に食べたほうがいいとは思うが――。


「準備が良すぎないか……?」

「お詫びとお礼、だから……」


 どうやら俺は、男子たちが願ってやまない、学校のマドンナの手料理が食べられるらしい。

 

――うん、みんなに知られたら、更に恨まれそうだ……。

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