第2話 知らない男

 目を覚ますとそこは見慣れた場所だった。「何だ部屋か……」無意識が違和感を消せない。確かに自分の部屋。毎日見ているいつも通りの朝。カーテンから陽が入り登校する時間ギリギリに起きていたいつもを思い出させる。今日は休日。寝坊や遅刻ではない。誰かとの約束の時間に遅れた訳でもない。見たいテレビを見逃した訳でも、好きな配信者のライブを見逃した訳でもない。


「ここは……昔の部屋だ」学生時代の実家の寝室。卒業後に就職し、1人暮らしをしてからあまり家には帰っていなかったが、部屋は物置のようにいらないものが集められていた気がする。好きだった漫画、クリアしていないゲーム、コンサートに行ったのに買ってしまったDVD、友達と買ったよく分からないキャラクターグッズ、なぜか捨てられないものが大量に残っていたはずなのだが、全然見当たらない。


 昨日のお酒が強すぎたか、記憶を失くしてしまったのだろうか。体が怠い訳ではないので二日酔いはなさそうだ。とりあえずベッドから起きる。


 全身を見るための鏡が室内にはある。出掛ける前には一応チェックするのだ。「わっ――」バタンと大きな音がした。私は驚きすぎて飛び跳ねてその場で転んでしまったのだ。腰を抜かすとはこのことだろう。鏡に映るあまりにも美少年な自分を見てビックリしてしまった。


 一瞬知らない男が部屋にいると思ったが、それはすぐに自分だと気付いた。「おいおい、これは不思議なことが起こっているではないか」ちょっとだけワクワクしながらも状況をすぐには理解できない。眠っている間にイメチェンした?……そんなはずはないだろう。


 小柄で華奢だった体の私は、程よい筋肉と長く伸びた足、小さな顔に爽やかで清潔感のあるどこから見てもモテそうな美少年になっていた。


 この生まれながらにして勝ち組の雰囲気。「何か悪い薬でも飲んだか……」昨晩の記憶を思い出してみるが何も覚えてはいない。疲れ果てて1人寂しくイルミネーションを見ながら帰り強めのお酒を飲んだことぐらいしか覚えていない。


 なぜか記憶を思い出す。本当かウソか曖昧なイメージ。仮に昨日までの記憶が魂の記憶だとすれば、これは体の記憶。同じ脳の中に異なる二つの記憶が混ざっているのだ。未来を生きてきた私と、過去の記憶を持った俺の……。


 ――主人公「大波優人(おおなみ ゆうと)」は私立校「ひらめき学園」へ入学した男子生徒。身長約175cm、体重約60kg、血液型O型、1979年3月27日生まれ、みずがめ座、サッカー部入部予定。


 容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能、その上体調は万全。ノンストレスで通うことになる。これがチート級の転生なのか。学園生活を無双できる気しか逆にしない。だがシステムの強制力が働く。3年間の予定はある程度イベントが決まっている。勉強や部活、運動、遊び、おしゃれ、休養など平日にやることを決めたら強制的にそれを行う必要がある。


 なぜか両親にはあったことがない。そればかりか学校生活において特定の人物以外とはほとんどあったことがない。このいびつな世界に戸惑いもあったがすぐに慣れた。逆にこの身体はこの世界では都合よくできている。深く考えることは辞めた。もしかしたらそれさえもそうなるようにプログラムされているのかもしれない。


 こうして理由も分からないまま学園生活を始めることとなった。

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