カランコエ

春夏秋冬

プロローグ

 吉野山 峰の白雪 ふみわけて

 入りにし人の 跡ぞ恋しき



 山の中。それは私の秘密の隠れ家。人目を忍んで私はそこで暮らしている。住み始めた頃は埃がたまっていた。ボロボロで、木が腐っていた。穴が空いていてそこから風がヒューヒューと漏れる。雨の日にはポタポタと天井から垂れてくる。寝苦しく、本当に住めたものではなかった。

 でも、今は違う。私は建築の技術などはないのだが、一人で改築した。ここは山の中だ。資源が豊富だ。だから私は木を伐採し、そこから木材に仕立て上げ、改築した。時間はかなりかかった。でも完成した時の感動は今でも忘れない。

 この家はいったい誰が建てたのだろうか。私は廃屋を勝手に借りて、おまけに改装までしてしまった。その間に持ち主が現れることはなかった。そしてこれからも。だから、私はここに永住する事を決意した。


 もちろん、同居人はいない。私だけだ。それ以外は誰もいない。しかし、それで私は幸せなのだ。誰とも会わずに静かにこの小屋で日々を重ねていく。それが私の安らぎでもある。

 人里には下りたくない。それは人に会いたくないから。

 寂しいとは思ったことはない。といったら嘘になる。でも、これが不幸にならない唯一の方法なのだ。一人静かに暮らす。これでいいのだ。

 ここでも楽しいことは沢山ある。私はそれで満足している。



 小屋を出てしばらく歩いたところに私のお気に入りの場所がある。そこには辺り一面に花が広がっている。赤、黄色、緑……色鮮やかな花畑が広がっているのだ。花の絨毯だ。花の種類も豊富だ。私は花に詳しくはないからこれらがどの種類かは分からない。でも、私は眺めているだけで幸せな気持ちになれる。

 私はそこで寝転がるのが大好きだ。はしたないけど、手を大きく広げ、足も投げ出し、その場に寝転がる。暖かい日差しの元で私は自然の空気を堪能する。香りもよく安らげるいい空間だ。

 ここは春が一番綺麗だ。当然だけど。蝶やてんとう虫やら、たくさんの虫がここに集まる。もちろん、虫だけではなく動物たちもよってくる。私はその子たちと遊んだりもする。この子たちは私によく懐いてくれる。友達でもあり、家族でもあった。私に食べ物を運んできてくれたりした。私は何もしてあげられないのがもどかしかった。

 夏になると私は川で水遊びをする。夏は暑いのでそれがちょうどいいのだ。地中から出てきたセミが一生懸命に鳴く声の音。川のせせらぎの音。風に揺られ、木々や葉がそよぐ音。それは心にしみわたる良い音色だった。私は川に足をつきながら目を閉じて、耳を澄ます。心が浄化されるようだ。

 山の中にはもちろん小鳥もいる。小鳥は大体小屋によく集まってくる。私を見るとすぐに私の頭の上や肩の上に乗っかる。私を見ても怯えたりはしない。寄って来てくれる。私はそれが嬉しかった。彼らも成長をしていくのが少し物寂しいというのもあった。でも、そういった変化が私にとっていい刺激となるのだ。

 秋は暑い時期が過ぎて涼しくなる。過ごしやすくて快適だ。秋になると紅葉がつき始める。小屋からそれは見渡せる。隣の山々が赤く色づく。葉は茶色くなっていき、木から零れ落ちる。自然に葉の絨毯が出来る。踏むとカサッと音が鳴る。その上で寝るのもまた一興である。 

 私は四季の中で冬が一番好きではない。どれも素晴らしいのは間違いない。季節ごとに楽しみ方が異なる。でも、私は冬になると寂しい気持ちが湧き出てきてしまう。その事が原因だろう。動物たちも冬眠に入る。木も物寂しい。孤独を感じやすい。でも、花畑は相変わらずだ。それが唯一の救いではある。

 準備期間だと思えばいい。そう。冬を乗り越えればまたあのあたたかさに触れる事が出来る。私はそれでいい。

 雪は神秘的で美しい。私の世界に一面に銀世界が広がるのだ。雪遊びも充実している。白い息を吐きながら、銀色の空間を歩き続けるのだ。

 そして季節は巡る。春夏秋冬。これは決して崩れることがない。理だ。そう。昔も今もそれは瓦解しない。変化がしない。私は少し、嬉しいようで、寂しいようで、複雑な気持ちだ。

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