誤算《カルロス side》

◇◆◇◆


 な、何がどうなっているんだ……?

何故、イザベラが────魔法を使える……?

あれほど注意して、魔法から遠ざけていたのに……。


 帰りの馬車に揺られる私────カルロス・ケイリー・ギャレットは、怪訝な表情を浮かべる。

黒みがかった青い瞳に疑念を滲ませ、落下の際負傷した腰を軽く撫でた。

────と、ここで小石にでも躓いたのか馬車が大きく跳ね、腰を打つ。


「っ〜……!」


「だ、大丈夫ですか!?お父様!」


 痛みのあまり蹲ると、向かい側の座席に座る娘────マチルダ・イヴォン・ギャレットが声を掛けてきた。

心配そうにこちらを見つめる青の瞳は、ゆらゆらと揺れている。

自分は運良く茂みに落ちて無傷だったため、他者を気遣う余裕があるようだ。

だが、事の重大さはあまり理解していないらしい。


「私は大丈夫だ。それより────イザベラをどうにかしなければ」


 脂汗を掻きながら身を起こし、私は眉間に皺を寄せる。

すると、隣に座る妻のジェシカ・コーリー・ギャレットが顔を上げた。

青い瞳に不安を浮かべながら。


「そうね……いきなり、魔法を行使するなんて驚いたわ。やっぱり────血のせいかしら?」


 落下の時に強打した頭を押さえつつ、妻は悩ましげに眉を顰めた。

と同時に、身を竦める。

あの一族の恐ろしさを一番理解しているから。


 ────アルバート公爵家は建国当初より存在する家系で、優秀な魔導師を多く輩出してきた。

ある時は帝国のつるぎとして敵を討ち滅ぼし、またある時は帝国の英智として様々な魔法を開発。

これだけ聞けば英雄のように聞こえるかもしれないが、奴らは間違いなく化け物だ。

だって、魔力量が異常すぎる……『人並み外れている』なんてレベルじゃない。


 分家筋の我々もそれなりに多いが、直系に比べれば屁でもない。

だから、本家を乗っ取るのは実質不可能だと思っていた────公爵夫妻が死ぬまでは。

そして残されたイザベラの後見人になった時、私はようやく自分に運が向いてきたと思ったよ。

この娘を殺せば、アルバート家の全てが手に入るからな。

でも────


「一先ず、父上に相談しましょう。魔法を使えると言っても、所詮は子供。いくらでも、やりようがある筈です」


 そう言って、我々の会話に割って入ってきたのはロイド・ザッカリー・ヴァルテンだった。

皇族の象徴である黄金の瞳を細め、ニッコリと笑う彼はここヴァルテン帝国の第二皇子であり────イザベラの婚約者。

我々がイザベラを殺せなかった、最大の原因だ。

と言っても、あれこれ手を回したのは皇帝だが。

彼はどちらかと言うと、こちら側。

だって、


「さすがです、ロイド様!頼りになりますわ!」


「ふふっ。そうだろう、そうだろう」


 娘のマチルダに夢中だから。

得意げになって鼻を伸ばす彼は、『君との仲を邪魔させる気はないよ』と格好つける。

さっさとイザベラをあの世に送ってマチルダと婚約する気満々の彼に、私は苦笑を漏らした。


 かつては一番の障害である彼を恨んだこともあったが……今となっては頼もしい味方だ。

皇帝の説得にも、力を貸してくれたし。


 ────そもそも、皇室がイザベラとの婚約を望んだのは、アルバート家を手に入れるため。

まだ幼い子供なら扱いやすいし、優秀な魔導師の血筋を独占出来る。

だから、最初は後見人の我々も警戒していた。

けど、イザベラをわざと弱らせ、『長くは生きられないだろうから分家の我々にアルバート家を継がせ、新たにマチルダと婚約を結んだ方がいい』と進言したら、渋々ながらも手のひらを返した。


 皇帝の一番の狙いは、アルバート家の血筋だったからな。

子を成せる年齢まで生きられるか分からないイザベラより、分家筋とはいえ健康優良児のマチルダを取った形だ。

まあ、わざとイザベラを弱らせていたと知れば、またもや手のひらを返すだろうが……。

だから、イザベラには何としてでも死んでもらわなくては……もし、我々の所業を暴露されたら一巻の終わりだ。


 『今朝、やっと皇帝から許可をもらったばかりなのに』と嘆き、私は髭を軽く摘む。

と同時に、指で擦った。

こうすると、少し落ち着くから。


「いや、陛下には何も言わない方がいいでしょう。魔法を使えるほど体力がある状態だと認識されれば、厄介なことになりかねません」


 『出来る限り、我々の方で対処すべきだ』と主張し、ロイド殿下の提案を跳ね除けた。


「幸い、イザベラの殺害許可は降りています。陛下に何か勘づかれる前に、さっさと消してしまいましょう。そうすれば、我々の計画は全て上手くいく」


 『死人に口なし』という異国の諺を前面に出し、私はイザベラの暗殺を企てる。

本当は病死などが好ましいのだが……そうも言ってられない。

魔法に目覚めたイザベラアルバート家の直系を放置するのは、危険だ。

陛下にバレるリスクもそうだが、我々の命が危ない……。

きっと、イザベラは自分を虐げてきた私達を酷く恨んでいるから。

『早めに手を打たなければ』と考える中、馬車はギャレット伯爵邸の前で停まる。


「早速、今夜暗殺者を差し向けましょう────イザベラがこれ以上、力をつける前に」


 痛む腰を押さえながら、私は重々しい口調でそう言った。

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