紙の月と、銀河の中心
志村タカサキ
1,野球少女
「ここでホームランを決めれば、俺達の勝ちだ」
監督の言葉を背中で聞きながら、バッターボックスに向かう。バットを構える。遠くでサッカーをしている少年たちの奇声が聞こえる。私の眼前、長身の少女がボールを握り、こちらを睨んでいる。彼女の背後には夕焼け。陰の落ちた彼女の顔は陶器のように白く美しい。
風がびゅうっと吹いて、にわかに金木犀が香った。瞬間、長身の少女がボールを投げる。綺麗なフォーム。まるで野球経験者のようだ。私はバットをより強く握り、踏み込んだ足に力を入れて、打った──。
痛快な音と共に、ボールはオレンジ色の空に消えていった。バットを投げ捨て駆け出すと、木の枝で地面に書いただけのベースを回る。守備の選手の間を次々と抜けて、ホームベースにスライディング。靴下とスカートが砂まみれになって、お母さんの苦い顔が脳裏に浮かんだ。
「ゲームセット!!」
誰かが叫んだ。歓声と共に選手達が私の周りに集まる。手を取り合って喜びたいのに、ここにいる人たちの名前を全く知らない。困って愛想笑いをしていると、投手の少女も私のもとにやってきて言った。
「ナイスバッティング! ……ところでなんて名前だっけ」
「……藤野です」
「そーかそーか。ごめんね。誘う前に名前、聞いておくべきだったわ」
そう言いながら彼女が伸ばした手を、私は掴んで立ち上がった。勢い余って彼女にぶつかりかけたのが妙に気恥ずかしくて、スカートの砂を払うフリをして、すぐに手を放した。
「よし! ホームランが出たから、約束通り今日は解散!」
投手の少女が全員に向かって叫んだ。誰かが万歳三唱を始めた。周りがそれに合わせて万歳を続けたので、私も適当に声を合わせた。年齢も性別もバラバラの男女が公園のグラウンドで喜ぶ姿に、サッカー少年やその父兄たちは釘付けになっている。
「ルール知らなくても意外と楽しかった」
「メジャーリーグ行けるかもな」
各々が適当な事を言いながら片付けを始める。私は投手の少女に向かって頭を下げた。
「あの、誘って頂いてありがとうございました。意外と楽しかったです」
「よかったー。つまんないって言われたらどうしようかと思ってたよ」
選手たちは彼女のことを『オニール』と呼び、挨拶を交わしその場を去っていく。
「オニール……?」
「……あぁ、本名じゃないよ。ハンドルネームね。──実は一緒に野球をした人たちね、ネットで集めたんだ。だから藤野だけじゃなくて、今日は全員が初対面」
変な名前で変な子と、変な人達との野球。突然巻き込まれた若干の非日常に私の心は少しだけ高揚していた。夕焼けも殆ど沈んでしまい、薄明るい夜が訪れつつある。いつの間にか公園には私とオニールさんの二人だけになった。
「オニールさんは家、どちらですか? 私は一号線の方なんですけど」
公園を出て直進すると国道二四八号線にぶつかる。そのまま北に進んで、国道一号線を横切ってすぐのところに、私の家はあった。ここから自転車で二十分程かかる。
「私もそっちの方向だよ。あと呼び捨てでいいし、敬語も無しね」
夜になると少し肌寒い。私はカーディガンを、オニールはジャージを羽織って自転車に乗った。国道沿いを走る車の音になるべく負けないように、オニールに聞いた。
「今日みたいな変な事、いつもしてるの?」
「変な事とは失礼な!」オニールはわざとらしくむっとした後、こちらを向いて続けた。「思いつきでも、面白そうと思った事はなんでもすることにしてるんだ!別にいつも外で走り回ってるわけじゃないよ。何も思い付かない時はだいたい家で映画を観たり──」
突然急ブレーキした私につられて、オニールも慌てて自転車を止めた。
「何!? どうした?」
私は自転車のかごに入っている鞄から、パンフレットの入った袋を取り出した。
「そういえば、さっき野球に誘った時にベンチで読んでたよね。もしかして、近くのイオンシネマで映画観た帰りだった?」
「そうなの! オニールも映画好きなの!?」
「映画館っていうよりはDVDで観る派なんだけどね。今日は何を観たの?」
「……トイ・ストーリー3」
「いいね。それは流石に私も公開日に観に行ったよ。どうだった?」
「面白かったよ。……でもまだ解決していない問題というか、スッキリしない部分があって……」
「スッキリしない部分かぁ」オニールは腕を組んで考え始める。「……おもちゃ達ってさ、寿命が無いから、処分されるまではいろんな子どもたちと出会いと別れを繰り返していくんだよね。きっと辛い別れもあるのに、それを『おもちゃは子どもを幸せにするのが使命』ってだけで片付けるのは、あまりにも横暴すぎないかな、って私は思ったんだけど。どう?」
「そうそう! 自我を持っているのに、生きる目的が自分の意思じゃないところに、何か引っかかるところがあって」
「でもさー、そんな事考えてるのって、多分私たちくらいだと思うよ。世の中のディズニー大好き、トイ・ストーリー大好きの、映画っていうコンテンツそのものに興味無い人たちはそこまで深く考えてないと思う」
「そうなのかな……」
面白くない人たちだなと思った。世間との感受性の差に落胆した事が伝わったのか、フォローを入れるようにオニールは言う。
「じゃあさ、トイ・ストーリー4を予想しようよ。制作するのか知らないけど」
私はさっき劇場でスタッフロールを眺めながら考えていた構想を話す。
「子どもたちを幸せにするだけが自分たちの人生じゃないと思ったおもちゃたちが、人間の世界を離れておもちゃだけで暮らすっていうのはどうかな。それこそ人間みたいに……」
「面白いけど、トイ・ストーリーが好きだった人からは叩かれそうだね。この作品が好きな人達っておもちゃに感情移入しているんじゃなくて、おもちゃが自分たち人間を愛してくれている事が嬉しいんだよね、多分。私はそういうの意味分かんないと思ってるから──逆に人間と戦争をするのはどうかな? 人間に虐げられた反人類のおもちゃと、人間の幸せを守るのが自分たちの使命だと思っているおもちゃの戦争みたいな」
「スモール・ソルジャーズみたい」
「古い映画知ってんね! 藤野っていくつ?」
「十五歳だよ。いま中三」
「若いね。って言っても私も十七で高二だけど」
自転車に乗り直したものの、映画の話は留まることなく続いた。オニールが一番好きな映画を教えて欲しいと言ったので、しばらく考えながら無言で自転車を漕ぎ続けた。小学生くらいの頃、クリスマスに見た事を思い出して、私は『グレムリン』と答えた。
「ああ、分かるかも。ギズモみたいだよね。藤野は」
「褒めてるの? オニールの一番も教えてよ」
オニールはしばらく考えた後で、「じゃあ、ビューティフル・マインド」と答えた。「じゃあ」ってどういう事? と私が聞いても理由は曖昧で、その上映画の内容はネタバレになるからと、あらすじすら教えてくれなかった。
「映画って大体好きだから、一番なんて決めらんないよ」
「つまんない映画でも?」
「うん。現実よりもつまらない映画なんてないよ」
同意見だった。私が映画を観る理由は、この日常があまり面白くない事に気がついたからだった。学校と家の往復と、スーパーとショッピングモールと、テレビの話題。狭い世界で繰り返される代わり映えのない日常を、みんながなんの疑問も持たずに共有し合っていた。いつの間にか私たちは自転車を漕ぐのをやめて、歩きながら話をしていた。川を越えたら、もうすぐ家に着いてしまう。オニールと、ずっと話をしていたい。
「藤野は進路決まってる?」
「うーん……じつは何も考えてなくて。オニールって学校はどこ?」
「私の学校? ……えーっと、光が丘だけど。どうして?」
光が丘といえば市内で唯一の女子校だ。父から進学先として提案された事があったけど、女子校なら一人娘に悪い虫が付かない、それだけの理由みたいだった。私自身の事は何も考えていなかった事に落胆して、進路の候補からは一度下げていた。……もし入学すれば、毎日オニールに会って、こうして話ができるんだろうか。そんな私の想いと裏腹に、彼女からは冷たい言葉が返ってきた。
「先に言っておくけど、もし藤野が入学しても、私は校内では会わないし、後悔するような事があっても、責任取らないからね」
この街で一番車の通りが多い交差点の歩道橋で、真下を行き交う車を眺めながらオニールは続ける。
「学校はさ、私にとって必要のない世界なんだ。だから楽しく過ごすつもりはないし、楽しくなって欲しくもない」
「学校で会わなくてもいいよ。入学したいのは私の意思だから、後悔はしないと思う。だけど、入学してもしなくても、これからも友達でいて欲しいな」
「うん。もちろん!」
オニールは満面の笑みで答えてくれた。オニールの都合は分からないけど、進路を決めるきっかけが出来た事が嬉しかった。交差点の歩道橋を降りると、程なくして私の家に到着した。十一階建のマンションは殆どが家族連れで、エントランスの脇にある自転車置場には荷台にチャイルドシートの付いた自転車や、補助輪の付いた小さな子ども用自転車が並んでいる。合間を縫ってようやく自転車を停め終わり振り向くと、オニールがこちらにスマホの画面を掲げていた。
「これ、私のツイッターね。初対面の人には教えないんだけど、藤野には特別だよ。フォローしてくれたらDMするから」
今時LINEじゃないんだ、と思いながらIDの文字列を検索フォームに入力していると、画面が着信の通知に変わった。
「あ、やばい。ちょっと電話出るね」
緑色の通話ボタンを押す。母は何時に帰るのか、夕飯は食べるのかと質問攻めをした。私はあと数分で家に着くと言い、電話を切った。
「早く帰ってこいって」
「そっか。……じゃあ私も、もう帰るね」
オニールが残念そうな顔をするので、名残惜しくなった私は「また、遊ぼうよ」と少し照れくさくなりながらも伝えた。
「もちろん! 来週にでも!」
そう言いながら彼女は自転車に跨り、左足でスタンドを蹴り上げた。振り向いて手を振りながら自転車を漕ぐ彼女は、そのうち前を向いて立ち漕ぎになった後、上り坂の向こうへ消えていった。
玄関で出迎えた母が、砂だらけの私を見るなり呆れた顔をした。
「あんた、どこまで映画観に行ってたの?」
「イオンだよ。映画観て、公園で野球してた」
「野球?」
母と並んで居間に進み、ダイニングの椅子に腰掛けた。母はキッチンに入り、冷蔵庫からラップのかかった皿を出して、電子レンジに入れている。
「可織が野球始めたんだって」
寝転がってテレビを観ている父に母が伝えた。テレビ画面にはクイズ番組で五人のタレントが問題の答えを一文字ずつ当てるコーナーが映っている。
「始めたわけじゃない! たまたまやっただけ」
「進学先が愛工大名電は遠いなぁ。名古屋じゃなくて市内にしてくれよ」
半身だけこちらに向けた父は、いつもの冗談を言った。面白くもなんともないのに、笑ってやらなければならない雰囲気がいつも面倒臭い。熱々になったばかりの煮物をテーブルに配膳する母は、父の冗談をスルーした。
「ほら、座って」
食事が一通り出揃うと、父も起き上がり席に着いた。
「いただきます」
里芋を箸でつまみ、口に入れる。相変わらず母の料理は美味しい。
「進学先、多分光が丘にすると思う」
私は里芋を飲み込んで言った。二人はあまり驚く様子もなく、箸を進めながら私の方を見た。
「女子校じゃん。なんで急に?」
「前に薦めた時は興味無さそうな顔してたのに」
「いやぁ、まぁ。なんとなく。楽しそうだから?」
ついさっき一緒に野球をした女の子と同じ高校に通いたいからなんて、口が裂けても言えない。どちらにせよ、どんな理由であったって別に応援してくれないんだから、どうでもいい。
「ふーん。まぁ、それでいいなら。お父さんは?」
「これ、分かるか?」
父はテレビのほうを顎で差した。画面にはクイズの問題が表示されている。
『はくちょう座・わし座・こと座を繋いだ星郡 ○○○○○(五文字)』
「夏の大三角でしょ。いや、私の話聞いてた?」
私の話には興味が無いらしい。出演者が間違えた「夏大大三形」という答えに対して、やっぱりなと言っているけど、本当にわかっていたんだろうか。
「勉強はなんとかなりそうなの?」と母が代わりに質問をした。
「国際教養科に入るわけじゃないし。普通科文理コースなら全然余裕だよ」
光が丘女子高には普通科文理コース、普通科福祉コース、国際教養科の三つの選択肢がある。英語を覚えて留学するのは確かに素敵だけど、今私のやりたい事ではない。福祉コースも同様だ。父はともかく母は肯定的だったので、食べ終わった食器を片付けて部屋に戻った。
ベッドに寝転がり、頭上にある充電ケーブルをスマホに刺すと、接続音と同時に画面が点灯した。一件の通知。開いてみるとオニールからのDMだった。
「今日はありがとう! また野球しようね(野球ボールの絵文字)」
野球以外ならいいよと返信しようとしていたのに、画面を眺めているうちにいつの間にか寝落ちしてしまっていた。
2
受験は滞りなく行われ、春を迎えた。
先生が式の説明をしている背後の黒板には、隅から隅まで使って「三年二組 卒業おめでとう」という凝った文字とイラストがチョークで書いてある。隣の関君は既に涙ぐんで、鼻をすすっている。
卒業式は厳粛な雰囲気で行われた。壇上への上がり方、卒業証書の受け取り方からお辞儀の仕方まで、全員がふざける事なく練習通りにこなした。在校生からのお礼の言葉と、卒業生からの感謝の言葉が述べられ、お互いに合唱曲を歌った。
教室に戻った後、担任の先生が私たちへの祝辞を述べた。
「この先みんなには様々な困難が待ち受けていると思う。それを乗り越えた時、本当に正しい選択だったのかと悩むかもしれない。でもそれが自分自身で選んだ選択なら後悔はしないで欲しい。それはきっと生きていく為の糧になるから」
関君が号泣しながら頷いている。もう着ないであろう学ランの袖が涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている。教室内に嗚咽と鼻をすする音が響く。
放課後は卒業生全員が校門まで引率されて、記念撮影の時間となった。授業や部活で交流があった先生達もおおかた集まっていて、両親と合流するまでの間にクラスメイトや先生から記念撮影を求められた。
「この後一緒に車で帰るよな? 飯、どこ行きたい?」
両親と合流後、担任の先生との記念撮影を終えたときに父が言った。
「クラスで打ち上げがあるんだって。二人で食べてきなよ」
私がそう言うと両親は、ああ、そういう事なら、と駐車場へ向かった。──想像していたよりもすんなり嘘がつけた。あとは両親よりも先に家に帰って、見つからないように自転車を回収するだけだ。
マンションの駐輪場で自転車のハンドルに手をかけた時、一度着替えてから向かおうか迷ったけれど、そうすると後で自転車を回収した事が両親にバレた時に言い訳が難しくなると思って、仕方なくセーラー服のまま家を飛び出した。来月に入学を控えている学校の近くにある公園を目指して、ペダルを漕いだ。
目的地の公園に着いて真っ先に目に飛び込んできたのは、満開に咲いた桜の花だった。木々のあいだを抜けてあたりを見渡すと、広場の向こうにあるベンチの傍に見知った長身の少女が自転車に跨ったまま、スマホを眺めていた。私が声をかけるよりも先にこちらに気がついた彼女は全速力でペダルを回して、目の前に急ブレーキで止まった。
「藤野ー! 卒業おめでとう!」
「ありがとう。待った?」
「ううん。全然。──セーラー服、なんか新鮮だね」
なぜかオニールが照れている。私も恥ずかしくなって、胸元のリボンを弄んだ。
「それはそうと、今日は卒業生のやりたい事に付き合ってくれるって約束だったよね。本当になんでもいいの?」
「いいよ。でも今日は映画を観たい気分じゃない? 違う?」
すごく雑な誘導尋問だな、と思いながらも、確かに映画もありだと思った。でも、もしかしたらクラスメイトたちは今本当に打ち上げに行っているかもしれない。
「いいけど……卒業式の日にイオンに行くのはちょっとハードル高いかも」
「そう言うと思って考えてきたよ。──の映画館に行こう! そっちの中学校の卒業式は来週なんだって」
「そうなんだ! あの映画館は行ったことないし、いいかも。」
隣の市にある目的の映画館までは自転車で行けないこともないけど、「たまには電車で行こうよ」とオニールが言い出したので、公園から一番近い駅に向かった。そこから一回の乗り換えを経て、駅数にして二駅、距離にしておよそ六キロの移動。休日にもかかわらず電車はガラガラで、地方都市の人間がいかに車に頼っているのかがよく分かる。
目的の駅から映画館のあるアミューズメント施設までの道のりは思ったより遠くて、十分ほど歩かされた。私達の横をすいすい通り過ぎる車を恨めしく眺めながら、地方都市の人間がなぜ車に頼っているのかを、もう一度考えさせられた。
「どれ観ようか?」
近隣の学校で卒業式が無いとはいえ、休日の昼過ぎ。ボウリング場やカラオケ、温泉までもが併設されているせいでショッピングモールにも負けず劣らずの盛況ぶりに私達は若干辟易していた。人混みを避けながらたどり着いた映画館のチケット売り場で上映予定の作品一覧が表示されたモニタを二人で見上げている。特段観たかった映画は無い。この際なんでも良さそうだ。オニールに任せよう。
「私が気になってるの、当ててみて」
私は不敵な笑みでオニールに出題した。
「えー、なんだろう? ……多分洋画だよね。どれかな……」
しばらくあれじゃないこれじゃないと考えた後、モニタを見上げる私の顔とモニタを交互に見て、視線の先を探して当てようとする。
「ズルしないで」
「えー。──じゃあ、『英国王のスピーチ』で」
「うーん……正解」
何を言っても正解だったとはつゆ知らず、喜んでいるオニールと隣同士の席でチケットを購入した。既に上映十分前だったので、そのまま劇場の中へと進んだ。席は後方の下手寄り。通路に一番近い位置だった。上映前の予告編が流れるたびに二人で一喜一憂している時間が楽しかった。劇場内が暗くなると同時に、私達はスクリーンに集中した。
二時間はあっという間だった。スタッフロールの流れる中、隣に座っているオニールを見ると、白い肌に嵌め込まれた黒真珠のような瞳がとても綺麗だった。音楽が鳴り止んでスタッフロールも消えた。劇場の照明がゆっくりと付いて、観客がぞろぞろと立ち上がり劇場を後にした。オニールは背伸びをしながら「お腹空いちゃったね。なんか食べよっか」と言うので、「さっきここに入る前、マックあったよね? そこがいいかな」と提案した。
施設内にあるマクドナルドの窓際の席に陣取った私達は、新しく発売したカリフォルニアバーガーを食べながら、余韻に浸る。
「何が良かったって、吹き替えを選んだ事だよね。あの暴言を吐きまくるシーン、日本語で聞けたのがめちゃくちゃ良かった」
「私はノンフィクションだって事が、一番最後に明かされるところが好きかも」
「藤野はネタバレ気にしないっていつも言うじゃん。これ、先に調べてたら真っ先に実話だって出てくるからね!? 本当にそれでいいの?」
「その時はその時かな……しょうがないと思うしか」
ネタバレは気にしないというより、細かい事を気にしないのかもしれない。一見大雑把に見えるオニールの方が、細かい事を気にすることが多い気がする。今も目の前でポテトを食べている間、何度も指を拭いている。
神経質なのは生まれつきなんだろうか。それとも親の影響? 本当は家の事や学校の事も含めて、オニールの事をもっと知りたいのに、話したくない事はいつも自分から話さないから、聞けずにいる。
「あんたのそういう事なかれ主義っていうの? そういうところ、ほんと良くないよ。もっと私みたいに体験を楽しみなさいよ」
「なんか、お姉ちゃんみたいだね」
私がそう言うと、彼女は私のナゲットに付いてきたマスタードソースを開けてポテトを浸した。バーベキューソースを頼んだのに提供されたのはマスタードソースだった。レジが混んでいたので交換をお願いするタイミングを逃し、結局そのまま席に着いてしまった。私自身は損していないので別になんとも思わないけれど、こういうところが良くないらしい。
「妹欲しいと思ってたからいいんだけどさ」
どうやら少なくとも長女では無いらしい。姉や兄がいるんだろうか。それとも一人っ子? 天真爛漫さは年上に可愛がられていたからかもしれない。違和感のないように自然な流れで聞いてみる。
「じゃあ私がお姉ちゃんだったらどう?」
「え、どうって……。なんか違う感じするなぁ。藤野ってあんまり引っ張ってくれる感じじゃないし」
戸惑いの表情から、私は姉としての魅力が微塵も無いらしい。せめて姉がいるのか、欲しいのかどうかを教えてほしい。
「お姉ちゃん、いりませんか?」とやけに曖昧なセールストークじみたセリフで聞いてみたけれど、
「欲しいです。欲しいですが、藤野さんにはお姉ちゃんは向いてないと思います」
あっさりと否定されてしまった。だけど「姉が欲しい」という言葉から、姉がいないことは分かった。兄がいるのも違う気がする。多分一人っ子だと思う。両親についての情報は無いけど、普段から帰る時間をあまり気にしていないところから、はやく家に帰っても誰もいないんじゃないか、もしくは親との仲があまり良くないんじゃないかと邪推していた。彼女の親からの愛情の受け方について考えれば考えるほど、私は自分自身がどれだけ恵まれているのか、私の感じる息のしづらさは甘えなんじゃないかと、時々自分を責めそうになる。
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