自殺ドキュメンタルバラエティー 「大ジャンプ」

Rokuro

自殺ドキュメンタルバラエティー 『大ジャンプ』

東京都の自殺人数が年々増加の一途を辿る中。

政府はある1つの禁止令を出した。

『自殺禁止令』

これは東京都にだけ課せられた禁止令だ。

ポイ捨て禁止、家庭ごみを捨てるの禁止。と言ったのとはわけが違う。

全面的に自殺というものを禁止した。

とはいえ、人間は衝動的な生き物だ。

もしも自殺をした場合、その家族、親族には多大なる罰金、及び社会からの冷遇を受けることになる。

老人の自殺に関しては100万円の罰金、及び5年間の社会からの冷遇。

中年であれば500円万の罰金、及び10年間の社会からの冷遇。

青年であれば600万円の罰金、及び20年間の社会からの冷遇。

子どもであれば1000万の罰金、及び30年間の社会からの冷遇。

社会からの冷遇、というのは文字通りの冷遇だ。

人の扱いを受けることが出来ず、いないものとされ、会社からもらえる賃金は最低のみ、社会保険なども受けられず、全ての社会から見放される。

最初のころは、年齢と冷遇の罰金や冷遇などで「罰金が不平等だ」と声を荒げた者が居た。

年をとっても人は人だ。命は命だ、と叫ぶ人々に政府は

「命の数は平等だが、命の価値は不平等だ。若く未来がある若者が死ぬ、ましてや子供が死んでしまうような環境でその一生はその罰金では償えないものだろう。人は生まれる者があれば死ぬものが居なければならない。しかしそれが自分の手で死ぬものであってはならない。」

と言い放った。

この意見に賛同と反対の意見があるが、未だに決着はついていない。

国会議事堂の前では連日「自殺禁止令反対」のデモがあるが、「自殺をしていい」と言っているようなものだ。

そんな禁止令が発令して早10年経ち、人々に異変が起こった。

「自殺でなければいい」と殺し屋を雇う者や、精神的に参ってしまって逃げ道も何処にもなく、廃人のようになった人も出てきてしまった。

社会の医療機関はパンク寸前、特に精神科医は日々足りない状況だ。

予約も1か月以上も取れない場合もある。

人々は、そんな現状に苦しんでいた。

そんな中、とあるテレビ局はたった1つ、自殺を行う術を政府に相談した。

それは、自殺を「バラエティ」にするというものだ。

自殺は目の前で行われ、死を確認することで「自分も死んだ」という気にさせるという物だ。

もう既に、倫理観の失くなっていたこの世界では、その意見に賛同した。


かくして、人々が自殺できる場は「テレビ番組の出演のみ」となってしまった。



東京駅。

1人の青年が降り立った。

名前を「佐倉」という。

佐倉はここから遠く離れた集落の生まれであり、村が嫌になり逃げだしてしまった若者だ。

齢20歳。

テレビはあるが完全ローカル。インターネットの無い村で育った佐倉にとって、東京というハイカラな街は憧れの何物でもなかった。

爺さんの持っていた東京の説明には、様々なビルが立ち並び、かっこいいスーツを着ている人が書かれていた。

自分もいつかそんな素敵なサラリーマンになるのだと思っていたが、一人息子の佐倉を両親は跡取りとして居座らせようとした。

それが嫌になり口論、不仲、結局は飛び出してきたのだ。

勢いよく乗った新幹線で山道が流れ去り、大きなビルが立ち並ぶ姿を見て興奮もしたものだ。

「さて…」

佐倉は東京駅に着き、真っ先にやったことと言えば。

スマートフォンの入手だ。

爺さんの持っていた雑誌にはスマートフォンという小さな画面のついた連絡手段があるらしい。

それを真っ先に購入した。

安くて画面もそこそこ大きい機種だ。

「へえ、これがスマホってやつかあ」

説明を聞いて、佐倉がスマートフォンを起動させる。

フォーンという音と共にスマートフォンが点く。

同時契約した会社のおかげで、様々な事柄を見ることが出来た。

電話機能、メッセージ機能、電卓、おまけにテレビまで。

「後で公園で弄ってみよう」

佐倉はポケットにスマートフォンを入れると、軽やかな足取りで東京駅を後にした。


電車を乗り継ぎ、事前に電話をした友人の家に行く。

村に居た「高山」という男が上京し、10年東京に住んでいるという話は聞いていた。

高山は電話口で「やめとけ東京なんて」と言っていたが、佐倉の熱意に負け、仕事と済むところが決まるまで居候をさせてくれるといった。

その時の電話口で、奇妙な事を言われたのも覚えてる。


『いいか、仕事を探す時は絶対にを見ろ』

『え、どういうこと?』

『生き抜くための知恵ってやつだよ……』


高山は少し震えた声で言っていたが、まあ、気のせいだろう。

確かに人を見ればどんな会社か解るだろう。

狭い空を見て、佐倉は少しワクワクした。

雑居ビルの間にある小さな公園で、スマートフォンを開く。

画面の光が強い。こんな光はあんまり見ることがない。

開いた先にあったテレビという欄を開くと、お笑い芸人が出ていたり、ニュースがやっていたりとした。

見たことのない人たちばかりだ。

東京のニュースも、聞いたことがない。パンダの赤ちゃんが生まれたらしい。

佐倉は嬉しそうにチャンネルを回す。

と、その時だ。


『自殺ドキュメンタルバラエティー 【大ジャ~ンプ!】』

中年の芸人らしい男性と若い女性アナウンサーが叫んでいた。

湧きあがる拍手。楽しく跳ねるロゴ。

場所はどうやら何処かの建物の一室のようで、綺麗に椅子が並べられていた。

そこに1人1人座っている。老若男女問わずだ。

『はい、司会は私おなじみ「戸山」と』

『アナウンサー「神崎」です!』

『この番組は皆様おなじみ、本日の自殺者を1名決める番組となっております!』

「は?」

佐倉は思わず声が出た。

これ、嘘じゃないよな?

これ、何かの間違いじゃ。

チャンネルを動かしても、芸人が居たりニュースがやってるが、やはりそのバラエティ番組はあたかもそこに昔からいました、という顔で居座っていた。


自殺?こいつ今って言ったよな?


『それでは、今回選ばれた幸運な50名に自己紹介してもらいましょう。ここが重要ですからね、アピールですからね!神崎さん!』

『は~い!では、あ行の方から順番に行っていきますね!』

明るく元気に神崎がマイクを持って1人1人に聞いていく。

何かの間違いであってほしい、と願った佐倉だが。

それはすぐに打ち消されることになる。

そこに映っているのは女子高生だ。

「浅川で~す!学校でいじめられてもう限界です~!お弁当もひっくり返されたり、椅子もゴミ箱に入ってたり、学校の先生は見向きもしません~リストカットもしちゃいました~皆さんどうか投票してくださいね~!」

明るく、笑顔で、しかしどこか壊れたような顔をした女子高生が笑っていた。

佐倉は、ゾッとした。

急いで高山に電話をしなければ。

本能から、佐倉は高山に電話をした。

電話に出た高山が声をかける前に、佐倉は「高山さん!なんですかあの番組!」と声を荒げた。

『佐倉か?今どこにいるんだ』

「どこ、って…ええと、●●公園ってところです!」

『わかった、今から行くから動かないで待っててくれ』

高山の電話が切れる。

電話が終わったと同時に、他の人間の自己紹介が再び映った。

電話をしている間だけ、画面が変わる仕組みらしい。

『俺、仕事クビになっちゃいました!こんな年齢で次の仕事なんて探せるわけないので、自殺したいです!」

『あたし、もう家事疲れちゃった!子供は蹴るわ夫は何もしないわ、お義母さんはいじめてくるわでもうやんなっちゃう!あたしが居ない世界がいいならどうぞ!』

出てくる言葉はどれもこれも苦しさを前面に出している。

中年、主婦、女子高生、そして、1人の子どもがいた。

『おとうさんとおかあさんが、まいにちぶってきます。おまえなんていなくなれっていってきたので、そうしたいです』

まだたどたどしい口調で言う、その言葉に佐倉は絶句した。

どうしてこれが許可されてるんだ?

そうだ、警察。東京には警察という物が……。

佐倉は思わず警察に電話をする。110番だけは分かっていた。

『事件ですか、事故ですか?』

「すみません!あああああの今テレビで死ぬって、自殺するって!」

佐倉が慌てたような声で女性警察官に言った。

何処ですか、何処でやってるんですか、という言葉を期待したが、その後に続いた言葉は

『はあ』

だった。

危機感も何もない言葉。

脱力した「コイツ何を言っているんだ」という言葉だ。

『いたずら電話でしたら切りますよ』

「イタズラじゃない!ほら、あの、チャンネルの!」

『こちらも遊びじゃないんです』

ガチャン。

無情にも切られた電話。

電話口から流れる無機質な「ツーツーツー」という音。

頭が真っ白になった。

いったい何だこれは……。


それから10分もしないうちに高山がやってきたが、そこには放心した佐倉が居た。

手元にあるスマホからは、絶えずあの番組が流れている。

「佐倉」

「た、高山さん!あ、あのこの番組」

「知ってるよ。『大ジャンプ』だろ。人気番組だ」

「は…?」

「佐倉、この東京ではな、自殺が禁止されてるんだ」


高山はこちらに越してきた時、自殺禁止令が出たことを話した。

会社で、学校で、家で、どんなに不当な事を起こしても、どんなに苦しいことから逃げたくても。

苦しかったと知らしめたくても、その方法は封じられてしまったという事だ。

確かに、自殺はよくない。

自殺するほどのことがあれば誰かに相談して、それを食い止めてもらうのがセオリーだろう。

しかし、自殺者は突拍子もなく行動する。

電車に突っ込み、ビルから落ち、首を吊って、睡眠薬を飲む。

「生きたかった人がどれだけいたか。そのために死んではいけないとか。そういう法律なんだよ」

「な、なら何で猶更こんな番組が」

「それでも自殺者が多発したからだよ。自殺なんてものじゃない、他殺に見せかけて他人に自分を刺させたり、自分から車に入って見たり。探さないでくださいって言いながら姿を消したりなんてしょっちゅうだったんだ。だから、そんな人たちが逃げられる場所としてあの番組を作ったんだ」

「……高山さん。貴方今、すごく可笑しなことを言ってることに、気付いていませんか…?」

佐倉は震え声で、高山を見た。

高山は、どうした?と声をかけたが、その返答は佐倉の返答を逆なでした。

「だって、高山さん、まるでのように話すじゃないですか!本来だったら、こんなの駄目だ。とか、けしからんとか、そういう言葉があるじゃあないですか!「逃げられる場所」ってなんですか?!まるで、まるで、この番組を肯定してるみたいじゃないですか!」

佐倉の裏返りそうな叫びに、数分高山は黙って。

そして笑った。


「当たり前だろ、俺だってんだから」


『はい、では企画の説明をしますね。神崎ちゃんフロップを』

『は~い。この番組では、視聴者から本名住所、電話番号メールアドレスを記載していただき、抽選で選ばれた方50名から1回につき2名まで選ばれます!』

『倍率がなんと1000倍!いやあ~すごいですね。皆さんよっぽど社会が辛いんでしょうねえ』

『ここからの自殺者選出はWeb投票で決まります!テレビをご覧のみなさんはお手元のスマートフォンの画面で【大ジャンプアプリ】を開いて投票をしてくださいね~。

投票は、希望者のお名前となります!』

自分たちの手で、死ぬものを選ぶ。

自分で、死を選べないから、他人に選んでもらう。

カメラの画面は50人の人間を写している。

中には元気そうな人も居れば、病気のようで真っ青な人もいる。

死にたい人の中には『何となくトレンドに乗りたいから~』といった軽い理由の人間もいた。

平等に選ばれた50人の命。しかし、その命の価値は、平等ではない。

高山は自分のスマートフォンを開いた。

佐倉が覗き込めば、そこには「大ジャンプアプリ」と書かれていた。

思わず佐倉は高山のスマートフォンをひったくった。

「返せ、佐倉」

「駄目ですって、高山さん。こんなの、認められるわけ……」

!」

今まで聞いたことのないような、怒号。

高山の声で驚いた鳩が空に飛び立った。

顔面蒼白の佐倉からスマートフォンを2つひったくった。

「お、今回ホクトもいんのか。おもしれえ」

佐倉が恐る恐る見ると、そこにはかっこいいアイドルのような男性が居た。

カリスマアイドル、ホクト。流石の佐倉も見たことがあった。

歌も踊りも一流。女性からの人気も男性からの人気も厚い。

「煌めきスマイル」と呼ばれる笑顔で一躍人気になったアイドルだ。

『ホクトさん、御選出おめでとうございます!意気込みを教えてください!』

『え~、最近あった不祥事事件、あれ仕事の先輩がやったんですけど全部俺のせいにされちゃって。色んな場所から干されてるでしょう。一方の先輩は自由にアイドル活動出来てるのに、俺はただただ隠居生活で惨め。心がおかしくなっちゃう前に俺は俺として死にたいと思いました』

『衝撃事実!なんとあの飲酒運転、横領事件、セクハラがなんと先輩アイドルの仕業だったと!ホクトさん余りにも可哀想で……』

『でもいいんです。ここで死ねれば、先輩、あんたは死ねないんですから……』

佐倉は、その意味を理解できなかった。

ホクトが死ねば、先輩は死ねない。

どういうことなのか、聞きたいような聞きたくないような。

「もしも、ここに応募されても、その先輩アイドルは選ばれねえってことだよ。どんな待遇を受けようと、どんなに酷いことをされようと。自殺も出来やしねえ。するにはこの番組に出るしかねえが、この番組に出たところでご褒美あげるだけじゃねえか」

死がご褒美。

その言葉が若干引っ掛かりはするのだが。

でも、その通りなのだろう。

テレビでは賑やかに選出が行われていた。

選ばれるのは2人。

誰もが手を合わせ祈っていた。


何に?


どうして死ぬことを望んでしまうのだろう。

どうして、誰も傍に居なかったんだろう。

佐倉は、自分の家族を思い出した。

何かをしたらすぐに怒ってきた。

鬱陶しかった。

悲しい時にやけに絡んできた。

それも鬱陶しかった。

でも。

それが優しさだった。

母さんは悲しいことがあるとあったかいお茶を入れて、お菓子を添えてくれた。

父さんはやり返せ、と言ってくれた。

爺ちゃんは怒って猟銃を持って行こうとしたけど、それをみんなで止めたっけ。

死にたいくらい辛い事があっても、誰かが傍にいてくれた。

それは友達もそうだった。

東京には、それが無い。

誰も傍にいてくれない。

支えてくれない。

優しい言葉もない。

死ぬことも許されない。

だから、こんなものが出来ている。


『1人目の自殺者は、ホクトさんです!おめでとうございます!』

喝采の拍手。ホクトは嬉しそうに笑っていた。

屈託のない、最高の笑顔。

ホクトは心から喜んでいる。

その顔を見て、佐倉は少し、嬉しく思ってしまった。

『では、ホクトさん、こちらへどうぞ』

テレビの画面はホクトを追従するように動く。

ビルの階段を上り、上り、上り、屋上へ。

屋上には1つの鉄板があった。

そこにかつ、かつとホクトが歩いていく。

ヒュウ、という風の音が入った。

あと一歩先に行けば、ホクトは真っ逆さまだ。

『ホクトさん、最期に一言、よろしくお願いします!』

芸人がマイクをホクトに向けた。

風の中、ホクトは笑顔を向けて、こう言い放った。


『皆さん、最期まで愛してくれてありがとうございました!』


そのまま、ホクトは、背中から落ちた。

カメラは急いで、その姿を上から撮っていた。

最高の笑顔で、最高の高さで。

勢いよく、まるで3秒、5秒の時間をかけて。

ホクトという1人のアイドルは、この世から消えた。



ドンッ!




『わーー!!』

『ホクトさんおめでとうございます!』

『おめでとうございます!!!』

テレビでは、お祝いムードが漂っていた。

佐倉は思わず、目を逸らした。

高山は、何処か羨ましそうにそれを見ていた。





その日のうちに、佐倉は地元へ帰った。

高山には「上京は早かったみたい」と言って。

「本当に帰っちゃうのか?」

何処か寂しそうな高山を見て、佐倉は笑った。

「スマホ、買いに来ただけになっちゃったみたいですみません。でも、これでいつでも連絡出来ますし、また遊びに来ます」

「おう、俺もそっち時々帰るわ」

そんな簡単な会話をして、駅で別れた。

佐倉は家に帰って、両親から大目玉を食らったが、何も言わず抱きしめた。

どんなことがあっても、この村に居たい。

家族が支えてくれる、この村が本当に大事なんだ。

どんなことがあってもいい。家だって継ぐ。

自殺を求めるような場所じゃ、駄目だ。










それから、1年が経った。

佐倉の村にも、強力な電波が来ることになり、様々な場所のテレビが見れるようになったらしい。

日頃から暇なローカルだけでなく、東京のテレビも見れるらしい。

今日は暇な1日、テレビを見て過ごそう。

そう考えた佐倉はチャンネルを変えた。

ここじゃ見ない知らない芸人。

ここじゃ話題にならない東京のニュース。

そして、あの番組も。

『大ジャ~ンプ!』

佐倉は思わず、リモコンを落としそうになった。

早く変えよう。

あの2人の芸人とアナウンサーが説明している時、佐倉は画面を見て止まった。

まさか、そんなはず。

『それでは、自己紹介してもらいましょう!』

『はい、高山です。もう仕事にも疲れちゃって、実家にも10年以上帰っていません。そろそろ帰りたいんですけど、上司は仕事を年末年始にも入れて、この前、実家近所に住んでた子が来てくれたんですがその子も帰っちゃって。もう寂しくて仕方ない日々は嫌なんです、よろしくお願いします!』

壮大な拍手がテレビから流れる中。

真っ青な顔をした佐倉だけが、居間に座っていた。

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自殺ドキュメンタルバラエティー 「大ジャンプ」 Rokuro @macuilxochitl

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