#2.ジャンク屋のあれこれ
「お、
「ただいま。買い取りお願い」
昼間に太陽光発電したライトが、辺りが暗くなってきたことに気が付いてちらほらと光り始めている。そんな光源が集まっている買取所で、私が気合を入れて持ち上げたコイル状の銅線を、会計係の
「ほいほい。よぉし。銅線が、えぇと、7.5㎏。物々か?現金か?」
「現金」
「あいよ。じゃあ、これな」
「8円かあ……もう一声!」
「いやぁ、他の連中もいるんだ。オマケしてやりたいんだけど、悪いなあ」
「うん……分かった」
「ま、今日も怪我がなくて何よりだ! また明日頑張れ!」
手に収まったのは、黄銅でできた硬貨が1枚と、アルミニウムでできた硬貨が3枚。
硬いロープのような電線を切って、
「これだけかあ」
いつもより少ない。散策に時間を使い過ぎたのかもしれない。
給食が1食1円だから、8回食事したら終わり。3日分くらいの食費で、余計なことには使えない。そう思うと、表情筋がやる気をなくしてしまう。
「絢、すまん。ちょっとどいてくれるか」
「あ、ごめん」
邪魔になっていたと気付き、買取所の真ん前から
「おお。
「いや、ほとんど手つかずの工場でな。――こいつもあった」
仕事終わりのおじさんハイパーアキュムレーターたちは、こんがりと日焼けした顔にニコニコと笑みを浮かべて、ポケットから糸くずのような物を出した。
「こいつは」
「R熱電対だ」
「本当か? 凄いな。ええと、ちょっと待て」
禄朗おじさんは太い指で丁寧に糸くずを受け取ると、そろばんを弾く。
「銅線が32㎏で、32円。熱電対が2gで8円だな。現金は勘弁してくれ、金がなくなっちまう」
「え……」
私の8キロ近い銅線と、たった2グラムの糸が同じ値段。
「はっはっ。運が良かった。――お、絢。お前さんにも幸運を分けてやる」
ロバさんから果物の缶詰を3つもらう。賞味期限ははるか昔だろう。
「食べられるの?」
「食ったが、食えたぞ。だが、俺たちは甘いもん、ちょっとなあ」
「お帰りなさい、絢」
「あ、
おーちゃんのいるところへ向かう途中、イケメンに声を掛けられた。目の
若いのに優秀だから私たちの副隊長をやっている。斫理さんとおなじ歳になったとき、同じ仕事ができるだろうか?
少し苦手だ。嫌いとかそういうのでは全くなく、どちらかと言うと、もの凄く優秀な人に「対等に接してください」と伝えられる遠慮感と言うか。自分が間違ってないか不安になる。
ちょっと近寄り難いのだ。
「往子に聞きましたよ。UPSを諦めたそうですね。珍しい」
「諦めてない。ちゃんと
図星を突かれて硬い声が出てしまう。私たちの界隈では見つけた物は見つけた者のもの。もっと言うと、
早い話が早い者勝ち。
目星をつけたものをまた探しに行ったとき、跡形もなかった、なんて経験はハイパーアキュムレーターなら誰しもある。
横取りは日常茶飯事、というか、横取りだと抗議すること自体がお
だからこそ、見つけたお宝は何よりも輝いて見えるし、何としても自らの手で持ち帰る。それが全てのハイパーアキュムレーターの持つ希望であり
私もそんなガツガツしたハイパーアキュムレーターだった、のだろう。
「明日また行くし、絶対持ち帰るし」
目線を斫理さんから
ふむ、と斫理さんは勝手に納得する。
「ここのキャンプ地もそう長い間いるわけではありません。ちゃんと計画立てて仕事すること」
いつものように副隊長は、
――♺――
「どうしたの?」
夕飯の支度をするおーちゃんは、私の表情を見てそう聞く。
「目の前で手の届かない買い物されると、自分が小さく思えて」
お金で命の価値は計れない。だが、時給や総支給は算出できる。人生で働ける時間、かける、時給、イコール、自分の人生の価値……考えたくない。
「お金の大きさがその人の大きさに見えることもあるよね。
「R熱電対、だったかなあ。凄かった」
「ああ、
「
「そう」
物の価値は有用さと希少さで決まる。おーちゃんが言うには、銅線がキロ1円に対し、プラチナならグラム4円くらいの相場になるようだ。
4000倍である。
「それに、
おーちゃんは小さな鍋で煮る銀色のパックを見ながらそう言った。
中身は
美味しく。
美味しく……。
賞味期限というのはあくまで、その食べ物が最高に美味しく感じられる期間がいつまで続くかを示したものであり、最高に美味しいかを保証するものではない。私が何を言っているかは、"アルゴー飯"を口に入れた瞬間に分かる。
「いただきます」
「う、いただきます」
スプーンで
ギョーザとは、
おーちゃんはいただきますをしてから、はふはふ言いながら頑張って食べている。これが冷めるとさらに進まなくなるのだ。
アルゴーに住む人たちの食べ物は清潔だし、これだけ食べていれば生きていけるくらいに栄養価が高いけれど、これを美味しいと感じたのは3日間飲まず食わずだった時だけだ。
彼らはよくこんなものを毎日のように食べていられる。美味しい缶詰やインスタントラーメンでさえ、1ヵ月連続は飽きたのに。味の濃いものが食べたい。
食事が楽しくない時は会話に限る。湯気で頬を染めたおーちゃんと目を合わせる。
「そういえば、
「車で旧ウツノミヤ駅の方へ行ったみたい。明日には戻ってくるって」
「え、聞いてない。私も行きたかった。買い物かなあ」
「たぶん。ハイパーアキュムレーターたちが商店街を造ってるみたいだね」
「誘ってくれればよかったのに」
「あのふたり、そういうとこある」
あの辺りの地下にはアルゴーがあるから、取引に行ったのかもしれない。それに地上にはハイパーアキュムレーターたちが造った町がある。お店も多いと言うし、丸一日お買い物をしても退屈しないだろう。
「じゃあ、食べちゃうか」
ちょっとしたいたずら心を親指にこめて缶詰を開けた。
空になったシエラカップに中身を空け、おーちゃんのにも移して、どことなく金属の香りがする
普段は無表情なおーちゃんの頬が、果物を口に入れた瞬間に緩むのを見届けて、私も
恵んでもらった果実は舌が痺れるほどに甘く、とても悔しくて美味しかった。
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