第45話:夜の鍛錬

   ◇


 その日の夜。俺はいつもの魔法の鍛錬を終えた後に、森の中で剣を振っていた。子供の頃に比べて体も大きくなり、最近ようやく剣に体が振り回されなくなってきた自覚がある。


「〈ステータス〉」


 剣を振りながら、自身のステータスを確認する。


レイン・ロードランド 職業:冒険者 

レベル:50(0/0)

HP:1748/1784 MP:130/1425 

攻:534 防:448 速:492 魔攻:520 魔防:422 運:498

スキル:

・剣術Lv.29(388/30000)

魔法:


 この三年半でレベルは50まで成長し、そこから一切経験値が入らなくなった。これはゲームにもあったレベルキャップだ。聖剣を手にして勇者になることでレベル上限が150まで解放される。


 レベルとステータスの伸びは止まってしまったものの、剣術と魔法の熟練度レベルは問題なく伸びていた。


 剣術はあと少しでLv.30に到達し、聖剣の入手条件を満たす。その肝心の聖剣が見つからない点を除けば順調そのものだ。


 魔法もレベル50で覚えられる魔法は一通り覚えた。そして師匠のおかげでゲームでは覚えられなかった系統の魔法も使えるようになっている。これのおかげで戦闘や戦略に大きな幅が出来た。


 ただ、魔法に関しては師匠やミナリーほど突出したものがない。彼女たちは一つの系統魔法に特化しているが、その分強力な魔法を持っている。


 対する俺は器用貧乏の域だ。どの系統魔法も使えるが、最上位魔法には到達できない。


 だからゲームでは、魔法を一切使わず聖剣だけで攻略していた。この世界でも出来るだけ早く聖剣は手に入れておきたいところだ。


「レイン」


 しばらく素振りを続けていると、後ろから声をかけられた。


 振り返るとパジャマ姿の師匠がこっちに近づいて来る。お風呂上りのようだ。見れば髪がしっとりと濡れていて、シャンプーの甘い香りが少し離れたこっちにまで漂ってくる。


「師匠、湯冷めしますよ」


「レインが戻って来ないから呼びに来たの」


 師匠は俺が持っている剣を見て溜息を吐く。


「カインさんの形見の剣だから振りたくなるのはわかるけど……」


「やっぱり、師匠は俺が剣を振るのは反対ですか?」


「…………まあ、私の弟子なんだし」


 師匠は少し悩んでボソッと口にする。


「レインが魔法の鍛錬を疎かにしていないのは知ってる。魔法と同じくらい剣術に対して真剣に取り組んでいるのも理解しているわ。…………だから心配なのは、どっちも中途半端になってしまわないかってことなの。レインの魔法が伸び悩んでいるのは、わかっているつもりよ……?」


 レベルが成長しなくなり、魔法の熟練度レベルもほとんどMaxにしてしまった。今の俺はまさに伸び悩んでいる状態だ。


 ステータスが見えないはずの師匠がそれに気づいたということは、それだけ注意深く俺を観察してくれていたという証左だろう。


「さすが、師匠ですね。これでも誤魔化していたつもりなんですが」


「…………レイン。私はあなたならもっと凄い魔法使いになれると思ってる。そんな予感がしているの。だから……」


 魔道を極めてほしい。師匠の気持ちは理解しているつもりだ。


 師匠がここまで言うのだから、俺にはやはり魔法の才能があるのだろう。ゲームで使えなかったはずの系統魔法を覚えられたように、この世界でなら師匠の〈氷獄〉のような系統魔法の最上位魔法に到達できるかもしれない。


 レベルキャップだって、聖剣で覚醒せずとも超えられるかもしれない。


 だけど、それでは間に合わないのだ。


「師匠。俺が子供の頃に言った言葉を覚えていますか?」


「強くなりたい……よね?」


「そうです。俺はもっと強くなりたい。師匠やミナリーや、大切な人たちを今度こそ守れるくらいに。そのためには、魔法だけじゃダメだと思っています」


「そんなことは……!」


「なら、師匠はこの距離で俺に勝てますか?」


「……っ」


 魔法には明確な弱点がある。それは近距離での戦闘に向かないことだ。


 俺と師匠の距離は約5メートル。ここまで接近されてしまった場合、魔法と剣ではどっちが早いか。


「師匠なら僅かに勝機はあるかもしれません。だけど敵がいつも真正面から挑んでくるとは限らない。死角から接近された場合、いくら師匠でも対応は難しいでしょう。それは今日の地下水道でスライムに襲われた時に、身をもって体験しているはずです」


「…………そうね」


「師匠。俺は魔法を疎かにするつもりはありません。中途半端にするつもりもありません。ですが、今以上に強くなる可能性があるのなら、その可能性を捨てたくない」


「…………はぁ。レインは頑固ねぇ。いったい誰に似たんだか」


「弟子は師匠に似るものですよ」


「私そんなに頑固じゃないもん」


 師匠は拗ねたように頬を膨らませる。


「そろそろ戻りましょうか、師匠」


 風呂上がりの師匠をいつまでも外に居させるわけにも行かない。もう少し剣の鍛錬は続けたかったが、今日はこの辺で切り上げよう。


 俺に促されて歩き始めた師匠は、少しして俺の手をきゅっと握る。


「魔法に見切りをつけたってわけじゃないのよね……?」


「当然です。魔法の無限の可能性を見せてくれたのは、師匠じゃないですか」


「そっか。……ふふっ、それを聞けて安心したわ」


 師匠は前傾姿勢で俺の顔を覗き込みながら微笑む。


 その仕草にはドキッとさせられてしまった。お風呂上がりの赤みがさして健康的に見える肌。石鹸の甘い香り。パジャマからちらりと見える無防備な胸元。13歳という年齢に、今の師匠は何かと刺激が強すぎる。


「どうしたの、レイン? 少し顔が赤いけど」


「なんでもないです」






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