第35話:おまけ①「何気ない日常(前編)」

 その日は、父さんがミナリーの両親と薬草を取りに森へ出かけていた。何でも雪の下にしか生えない希少な薬草があるらしい。


 ゲーム内でそれらしいアイテムを見た覚えはないのだが、発熱や咳によく効くそうだ。


 窓から外を見ると、あたり一面が雪景色。


 日が暮れた今も雪はずっと降り続けている。こんな悪天候の中で父さんたちは一晩過ごすらしい。無事に帰ってくるといいんだが。


「アリスちゃん、すっかり包丁の使い方に慣れてきたわね」


「そうですか? えへへ」


「レティーナさんっ! わたしもっ! わたしもお料理するっ!」


「それじゃあ、ミナリーには盛り付けをお願いしようかしら」


「お任せあれっ!」


 キッチンでは母さんとミナリーと師匠が仲良く夕食の準備をしていた。


 少し前から、師匠は母さんから積極的に料理を学んでいる。


 ゲームや設定資料集では家事全般が苦手と描写されている師匠なのだが、意外とやれば出来るんだなと驚かされた。


 初めの頃はまあ、鍋を焦がしたりボヤ騒ぎを起こして消火のためにキッチンを凍り付かせたりと散々だったが……。


 最近は野菜と一緒に指を切らなくなったし、火加減を間違えて鍋を焦がすこともない。


「母さん。俺も何か手伝おうか?」


 ただ見ているだけなのも手持無沙汰に感じて、俺は母さんに尋ねた。


「だーめ。レインは料理が出来るのを見守っていてあげて?」


「いや、見ているだけってのも退屈なんだけど」


「違うわよ、レイン。見ているだけじゃなくて、見守っていてあげるの。わかった?」


「…………はい」


 正直わからん。けど、とりあえず頷いておく。


 それから俺は食卓についてボーっと三人のやり取りを眺め続けた。


 母さんから見守れと言われた手前、魔力のコントロールや剣の素振りをするわけにもいかない。本当にただ見ているだけの時間が続いた。


 やがて食卓に料理が並ぶ。今日の夕食はサラダの盛り合わせとシチュー。シチューにはごろっとした大きなジャガイモと人参や干し肉が入っている。


 そういえば前の世界ではファンタジー作品にジャガイモが登場すると論争が起こってたな……。


 ここは日本人が作ったゲームに酷似した世界だから、そういう不自然なところは多い。


 話し言葉や文字が日本語そのままなのはもちろん、メートルやグラムなどの単位が使われているなど、まあ気になりだしたらきりがない。


 シチューをスプーンですくって口に運ぶ。


「どうかしら、レイン。美味しい……?」


 師匠がおそるおそる窺うように尋ねてきた。


「美味しいですよ、師匠」


 ミルクのクリーミーさとホクホクのジャガイモが相性抜群でとても美味い。


 形が多少不揃いなのはご愛嬌だけど、これはこれで食べていて飽きさせない工夫と取れなくもない。


 欲を言えば白米と一緒に食べたい。……さすがに白米だけは無さそうなんだよな。探せば見つかるんだろうか。


「レインくんわたしもっ! わたしもサラダ盛り付けしたよ!」


「ああ。美味しいよ、ミナリー」


「えへへ~」


 頭を撫でてあげるとミナリーは嬉しそうに頬を緩める。


「むー」


 なぜか対面の席に座った師匠が頬を膨らませていた。それを見て母さんが苦笑している。


「師匠、どうしたんですか?」


「べっつにぃー」


 師匠はパクパクとシチューを食べ進めて「おかわり!」と二杯目のシチューをお皿によそいに行く。


 このままじゃ師匠が一人で食べちゃいそうだ。俺も負けじとシチューを口いっぱいに頬張って、おかわりを貰いに行く。


「師匠、お願いします」


 本当は自分でよそいたいのだが、俺の背丈じゃまだ鍋まで届かない。師匠に空になったお皿を差し出すと、師匠はふくれっ面から一転して笑顔になった。


「なあに、レインったら。そんなにシチューが美味しかったの?」


「さっきそう言いませんでしたか? 美味しいですよ、師匠の作ってくれたシチュー」


「毎日食べたいくらい?」


「一週間に一度くらいです」


「むぅー。可愛くないなぁ」


 そう言って頬を膨らませながら師匠はシチューを皿によそってくれる。いくら美味しいと言ってもさすがに毎日は食べ飽きるだろ。


 そんなやり取りをしつつ夕食を終えると、入浴の時間。


 この世界の人たちはお風呂好きで、ターガ村のような田舎でも各家庭にお風呂が必ず設置されている。これも日本人が作ったゲームの世界だからなんだろうな。


「師匠、おふろーっ!」


「はぁーい。ちょっと待ってね、ミナリー。着替えの準備するから」


「レインくんもーっ!」


「なんでだよ」


 師匠とお風呂に入ろうとしていたミナリーが、ソファでくつろいでいた俺まで一緒に連れて行こうとする。


 ミナリーだけならともかく、さすがに師匠と一緒に入浴するのには抵抗があった。


「俺は後で入るから師匠と二人で入って来なさい」


「えーっ!? どうしてー? 一緒に入ろうよぉ」


「俺は一人でゆっくり入りたいんだ」


「むぅー! ししょー! レインくんがお風呂入らないってワガママ言うーっ!」


「入らないとは言ってないだろ」


「れーいーんー?」


 ミナリーの妄言を真に受けたのか、師匠がソファの後ろから抱き着いてくる。お風呂前だというのに金木犀のような甘い香りを感じてドキッとした。

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