第10話:囚われの子供たち

 薄暗く、ジメジメとした空間だった。気が付いてすぐに感じたのは埃とカビの嫌な臭い。遠くから聞こえてくる喧騒。酒盛りでもしているんだろうか。


 しばらく視界が暗さに馴染むまで待ってから起き上がる。


 隣にはミナリーが居た。まずはそのことに安堵する。


 周囲を見ると、どうやらここは牢屋らしい。それも、洞窟か地下の空間を利用したもののようで、鉄格子がある面以外の壁は岩肌が剥き出しになっている。


 明かりは蝋燭か何かだろう。鉄格子の向こうで一本だけ光源が揺らめいている。


 どうやら俺たちはフロッグに睡眠薬を飲まされて捕まったらしい。


 フロッグの正体は盗賊とか人攫いとか、たぶんその辺だろう。


 盗賊といえば、ゲーム序盤にサブクエストで壊滅させる盗賊団の中にフロッグという名前の雑魚が居た気がする。


 あまりに序盤の雑魚敵だから、名前だけでは思い出せなかった。


 あの盗賊団も確か人攫いをしていて、主人公は領都オーツの住民から頼まれて魔法の師匠と共に退治に乗り出すんだったか。


 そのイベントを覚えていたら、今の状況を回避できたかもしれないな……。今後の反省に活かそう。


 さて、これからどうするか。


「んぅ……。レイン、くん?」


 と、ミナリーが目を擦りながらゆっくりと起き上がった。まだ状況は呑み込めていない様子で、ボーっと周囲を観察している。


「おはよう、ミナリー」


 俺はミナリーが取り乱さないように彼女の手を握って、優しく呼びかける。


「おはよぉ……。ここ、どこー……?」

「わからない。だけど、大丈夫だ」


 とりあえず月並みではあるが、彼女を安心させるような言葉を言っておく。ミナリーは周囲を再び見渡して、口を真一文字に結んでこくりと頷いた。


 彼女なりに状況の把握を済ませたのだろう。その上で取り乱さず黙り込んだ。偉い子だ。


 ミナリーが手を握ってきたので、手を握ったまま立ち上がる。


 牢屋の四方に窓はなく、逃げられそうな場所はない。鉄格子の隙間は20センチも無いだろう。ギリギリ通り抜けられるかとも思ったが難しそうだ。


 とはいえ、鉄格子は所々錆びついている。魔法を使えば壊すことも出来そうだ。


 ……まあ、それはさすがに無謀か。仮に牢屋を抜け出したとしても、ここが何処で今が何時かもわからない。敵の数も不明だ。今は慎重に状況を見極めるべきだろう。


 俺が一つ息を吐くと、ミナリーにギュッと抱きしめられた。今の状況が怖いんだろうな。そう思ったのだが、どうも違う。


「こわくない、こわくないよ」


 と、ミナリーは俺の頭を撫でながら何度も繰り返す。


 俺を安心させようとしてくれていた。


 ミナリーは時々、俺を弟のように扱う。誕生日が半年ほど先なのは確かだし、身長も今はまだ彼女のほうが高い。


 だけど俺の中身は9歳の子供じゃない。立派な成人男性だ。


 だからこういう扱われ方は釈然としないのだが、今は彼女の好きにさせておく。恐怖のあまり大泣きされるよりもずっと良い。


 それからしばらく、俺とミナリーは牢屋の隅で身を寄せ合っていた。ミナリーは俺と密着していることが安心するようで、片時も俺から離れようとしなかった。


 空腹と喉の渇きを感じ始めた頃、鉄格子の向こうから足音が聞こえてくる。姿を見せたのは俺たちに睡眠薬を飲ませたフロッグだ。


「なんだ、起きてるんじゃねぇか。随分と静かだから薬の分量を間違えちまったのかと思ったぜ」


「ここは、どこ……ですか」


「ガキでも見りゃわかんだろ? 牢屋だよ、盗賊団のなぁ。お前らはこれから奴隷として売られちまうのさ。悪く思わねぇでくれよ? 俺だって食い扶持を稼がなきゃ生きていけねぇからなぁ」


 フロッグは下卑た笑みを浮かべながらペラペラと饒舌に喋る。


 俺たちを警戒している様子はまるでない。


 俺たちが魔法を使えることを知らないのか、仮に知っているとしてもまさか人を殺せるほどの魔法を使えるとは思っていないのだろう。


 そうでなければ、枷も猿ぐつわもはめずに牢屋に放り込むわけがない。


 この油断は使える。奴隷として売り払うつもりなら、いずれここからどこかへ輸送されるだろう。その隙を見て逃げ出すのが確実だ。


「よぉ、フロッグ! ガキ共の様子はどうだ?」


「へ、へい! 御覧の通り、大人しくしてますぜ!」


「ほおぅ、教育が行き届いているじゃねぇか」


 新たに現れた男に対して、フロッグがへこへこと頭を下げる。そいつは5人ほどの部下を引き連れていた。


 こいつが盗賊団の頭目だろうか。鍛え抜かれた体を持つ熊のような大男だ。


 確かサブクエストで戦った盗賊団の頭目がこんなビジュアルだったな。


 ストーリー序盤にしては強い敵だった記憶がある。初プレイ時にはそれなりに苦戦したはずだ。


 今のレベルとステータスなら勝てない相手ではないが、リスクを負う程でもない。


「よく見りゃ女の方のガキは随分と上玉じゃねぇか。もう四、五年もすりゃ価値が3倍近くになりそうだ」


「よ、四年も飼うんですかい……?」


「馬鹿野郎。そんなことすりゃ、傷物になって価値が暴落しちまうだろうが」


 頭目の言葉に部下たちが噴き出すように笑う。ミナリーは意味がわからず首を傾げているが、俺は腸が煮えくり返りそうだった。


「…………あ?」


 頭目が俺を見て目を細める。


 どうやら、睨みつけていたのがバレてしまったらしい。

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