第4話:ステータス確認と魔法習得

 朝食を終えた俺とミナリーは、レティーナに外で遊んでくるように促されて家を出た。手を繋いで村の中を歩き、向かうのは村はずれにある小高い丘の花畑だ。


「ふんふっふっふーん♪」


 ミナリーは楽しそうに鼻歌を口ずさみながら、俺の手をギュッと握っている。行き交う村人たちが手を繋いで歩く俺たちを微笑まし気に見つめて通り過ぎて行く。


 主人公レインとミナリーは同い年の幼馴染で、赤ん坊の頃から兄妹同然に育った。


 ミナリーの両親は村の薬師、レインの父は村の衛兵団の団長を務めている。


 ミナリーの両親が薬草を取りに森に入る際には、レインの父が護衛として同行するのが常だった。


 今日も三人は早朝から森に入っているらしい。ミナリーが主人公宅の食卓に居たのはそのためだ。


 それにしても、ムービーシーンに入らないな……。


 本来であればレインの起床シーンからムービーが始まり、ミナリーとレティーナが居る朝食の場面が映し出され、村ののどかな風景を描写してから花畑に移動する。


 その後すぐに映像は暗転、オークに襲われて壊滅し炎に包まれる村の惨状に切り替わる。


 だからいつ、場面が切り替わるのかと俺は戦々恐々としていた。


 いきなりオークのに村が襲われるシーンになったら、今の俺に出来ることは限りなく少ない。隣を歩く愛らしい少女の悲惨な運命が確定してしまう。


 それだけは避けなくちゃいけない。


 最悪の鬱ゲー『Happy End Story』をハッピーエンドにするフローチャート。


 分析組が5年の歳月をかけて作り出したプロセスの前提条件は、ミナリー・ポピンズをオークに連れ去られない事だ。


 パッケージで意味深に主人公の隣に描かれているミナリーこそが、このゲームをハッピーエンドにする鍵を握っている。


 花畑につくと、ミナリーは花冠を作り始めた。俺は丘に立つ大きな木の木陰に座ってその様子を眺めつつ、これからの事を考える。


 とりあえず、自力でのログアウトは絶望的だ。


 唯一の希望はゲーム機に搭載された強制ログアウト機能。


 24時間以上連続でフルダイブVRゲームを遊んだ際に起動する安全装置で、法律で搭載が義務付けられておりどのような方法でも解除することはできない。


 これが働いてくれることに期待しよう。……まあ、何となくダメそうな気もするが。


「ステータス」


 言葉を紡いだと同時、目の前に半透明のステータス画面が浮かび上がる。

こっちは見られるのか。


 ということは、音声認識機能の故障ってわけじゃなさそうだな……。


 ステータス画面に表示された数値に目を通す。


レイン・ロードランド

職業:村人 

レベル:1(0/15)

HP:10/10 MP:8/8 

攻:2 防:3 速:3 魔攻:4 魔防:3 運:4

スキル:

魔法:


 ステータスが壊滅的に低い。俺が知っているゲーム開始時の主人公のステータス値の3割ほどしかない上に、スキルも魔法も覚えていなかった。


 ……まあ、子供時代ならこんなものか?


 現時点での主人公の年齢は8歳。


 村がオークに襲われるのは2年後、主人公の10歳の誕生日の日だ。


 2年先とはいえ、いつ場面が切り替わってもおかしくない。このステータスではオークどころかゴブリンにすら勝てないだろう。


 せめて魔法の一つでも使えるようにならなければ、話にならないな。


「〈風球エア・ボール〉」


 ダメ元で手を空に向けて、ゲーム開始時に主人公が覚えている初期魔法を口にする。


 すると、手の先に緑色の淡い光のエフェクトが現れた。それはピンポン玉ほどの小さな球体の形になって空へと放たれる。


『魔法〈風球エア・ボール〉を習得しました』


 直後、どこからともなくエコーのかかった女性の声が聞こえた。


 ゲーム内でスキルや魔法を習得した際に聞こえてくるアナウンスだ。いちおうゲーム上では『女神の声』って設定だったか。


 主人公以外のキャラクターにもこの声は聞こえるものらしい。


 それにしても、覚えていないはずの魔法を習得することができたな。


 ゲーム開始時に主人公が使える魔法とはいえ、その時の主人公は14歳。オークに村を襲われ、瀕死のところを助けてくれた魔法使いに4年間師事していた前提がある。


 〈風球エア・ボール〉はその4年間に師匠から教わった魔法のはずだ。それを独力で習得してしまった。


 もしかすると、ゲームシステムが変わったのか……? 例えば、魔法を覚える条件が『知っている事』だったりするとか。


 だとしたら、


「〈風槍エア・ランス〉」


 より強力な魔法を唱える。


 ――だが、今度は何も起こらなかった。


『以下の習得条件を満たしません。レベル:10 〈風刃エア・カッター〉のレベル:5』


 アナウンスの声が教えてくれる。これはゲームと同じ習得条件だ。知っている魔法を全て習得できるわけじゃなさそうだな。


 ステータス画面を確認する。


レイン・ロードランド 

職業:村人 

レベル:1(1/15)

HP:10/10 MP:5/8 

攻:2 防:3 速:3 魔攻:4 魔防:3 運:4

スキル:

魔法:

・〈風球〉レベル:1(1/10)

 消費MP:3 威力:1


 魔法を使った事で微々たる経験値が入っている。


 確か、〈風刃〉の習得条件はレベル:5と〈風球〉のレベル7だったか。


 〈風刃〉なら、レベル1でも威力が5ある。序盤のオーク相手ならダメージが入るはずだ。何とか2年後のオーク襲撃のシーンに場面が切り替わる前に習得したい。


 とりあえず残っているMPを使い切るか。そう思って、テキトーに空へ向かって〈風球〉を放った。


 すると、


「レインくんいまのなにっ!?」


 ミナリーが目をまんまるく開いてこっちを見ていた。それから花冠を放り出してとてとてと駆け寄ってくる。


「すごいすごいっ! きれいっ! わたしもおててからキラキラってするのやりたい!」


「ちょっ、ミナリー、落ち着け」


 顔を数センチの距離まで近づけて、俺に覆いかぶさるようにミナリーは抱き着いてくる。よほど興奮しているようで、俺からいっこうに離れようとしなかった。


 おそらくミナリーは初めて魔法というものを見たのだろう。だが、まさかここまで興味を示すとは思わなかった。


 これは何かのイベントか……?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る