第19話 海と水族館⑥(海が見える神社にて)
「ここで降りるよ」
涼太郎と晶矢は、バスを降りた。
このバス停からは、鬱蒼と生い茂るクロマツの防風林に阻まれて海は見えない。
「この松林の向こうに、きれいに海見えるとこあるんだけど、あとで行くことにして、取り敢えず、あそこの神社行ってみない?」
「神社?」
晶矢が見つめる方向を見ると、海とは反対の方角、小高い山の上に鳥居が見える。
「階段登るのはちょっとキツいけど、あそこからの眺め最高なんだ。あと、祀られてるのが音楽の神様、弁財天様だから」
「えっ、そうなんだ」
(音楽の神様は……お参りしたいかも)
涼太郎は晶矢の言葉を聞いて、行ってみたくなった。
「それじゃあ行くか。気合い入れて」
晶矢がそう言ってストレッチを始めたので、涼太郎は少し尻込みする。
「えっ、そ、そんなにキツいの?」
「この試練を乗り越えたものだけが、辿り着ける栄光の場所なんだよ」
晶矢は、山頂を固唾を飲んで見つめている。
参道の入り口に立って、涼太郎はようやく、晶矢の言ったその意味が分かった。
「……こ、これは」
鳥居の先からまっすぐ山頂へと続く石の階段は、どこまでも終わりが見えない。
(嘘でしょ……何段あるの、これ)
「どっちが先に着くか、競争しようぜ。負けたヤツは一分間くすぐりの刑な」
「えっ! ちょ、ちょっと待って」
「待ったなし。行くぞ」
そう言って晶矢は、涼太郎の肩を叩くと、先に階段を登り始めた。
「わー! 待ってよ」
涼太郎も慌ててその後を追いかける。
「はぁはぁ……」
涼太郎は階段を何十段か登ったところで、少し広い空間にたどり着いた。この時点で既に息が上がってきているが、まだ先は見えない。
(これはキツい……)
涼太郎は少し立ち止まって、息を整える。晶矢は既に先を行っていて、負ける気はなさそうだ。
(うう、罰ゲームはイヤだ……)
くすぐりの刑なんてやられたら、首の周りを触られるのが弱い、ということがバレてしまう。
涼太郎は息を大きく吸った後、また果てしない階段を登り始めた。
登っている間、余計なことを考えると気力を消耗しそうなので、涼太郎は淡々とただ登ることだけを考えて、ひたすら登ることにする。
「はぁはぁ」
自分の荒い息遣いを聞きながら、胸の苦しさ、段々と上がらなくなる足の重みに耐え、ようやく階段を登り切った時。
目の前に、厳かで立派な社殿が現れた。
(つ、着いた……)
息が上がって、全身汗だくになっていた。足ががくがくで、息が整うまでは動けない。
境内にはたくさんの参拝客がいた。階段を登ってくる人は少なかったのにどうして、と思っていると、裏の方に駐車場があった。どうやら車で頂上まで来れるようだ。
深呼吸しながら、ようやく登り切った、という達成感に包まれていると、後ろから晶矢がようやく頂上にたどり着いた。
「お、おま……なんで……」
晶矢が汗だくになりながら、息絶え絶えに、涼太郎に尋ねる。
実は階段の半分を過ぎたところで、涼太郎は晶矢に追いついて、追い越していたのだった。
元々歌で鍛えた肺活量のある涼太郎は、運動はしていないが、普段から逃げたり隠れたり、こそこそした動きをしているので、意外にも体力があった。
一方晶矢は、最初にペースを飛ばして登ったはいいものの、途中で体力が尽きて後半失速したのだった。
「晶矢くん。罰ゲーム、なんだよね?」
先にたどり着いた涼太郎は、今たどり着いた晶矢よりも、呼吸も落ち着いてきている。
涼太郎はにっこりと笑って、晶矢にジリジリと近づく。
「ま、待て……ま、まだ登ってきた、ばかりで」
はぁはぁと息が上がっている晶矢は後退りをするが、疲れているのか動きが鈍い。
「待ったなし、なんだよね?」
「お、おい、ほんと、待てって……」
階段横の木のそばに追い込まれ、逃げ場を失った晶矢は、階段登りでの呼吸が整わないうちに、涼太郎のくすぐり攻撃を受けて、笑い苦しんで、息が止まりそうだった。
「悔しすぎる……」
「晶矢くんは、脇腹が弱点なんだね」
「おい、それ誰にも言うなよ」
ジトっとした目で、晶矢が涼太郎に釘を刺す。
先程晶矢をくすぐった際に、脇腹のところだけ笑う反応が強かったのを涼太郎は見逃さなかった。
正直涼太郎のことを舐めていた晶矢は、涼太郎の体力に内心驚いていた。
(言い出しっぺが負けるなんて、恥ずすぎだろ)
しかも、自分の弱点までも晒して、墓穴を掘ってしまった。
「次は負けないからな」
いじけたように言う晶矢に、涼太郎はついくすくすと笑いが溢れた。
二人は並んで社殿にお参りをする。
お賽銭を入れて二礼二拍手。
(晶矢くんと、音楽をやるために、僕に勇気を下さい。どうか……)
涼太郎は、更に願いを込める。
(どうか晶矢くんの夢が叶いますように)
晶矢の自由を願った。
(涼太郎の想いに応えられるように、俺に強さを下さい。どうか……)
晶矢は、更に願いを込める。
(どうか涼太郎の夢が叶いますように)
涼太郎の幸せを願った。
お参りを済ませて、二人はおみくじのところにいた。
「お前、何お願いしたの?」
「ふふ、ナイショ。晶矢くんは?」
「ふーん、じゃあ俺も内緒。さあ、願いが叶うかどうか、おみくじ引いて占ってみるか」
晶矢は、早速巫女さんにお金を渡して、くじの入った木筒をジャラジャラと振る。出てきた番号を巫女さんに伝えると、結果の書かれたおみくじを渡された。
「なんだった?」
「お前が引いてから見る。一緒に見せ合おうぜ」
晶矢がそう言うので、涼太郎も同じようにくじを引く。
そして二人で、紙をせーので見せ合った。
「俺は……大吉」
「僕も……大吉」
「おお、やったじゃん!」
「すごい、二人とも大吉」
二人は顔を見合わせて喜び合った。
「俺たちの願い、叶うかもな」
「ふふっ、そうだね」
お互い何を願ったかは分からないが、期待を込めて、おみくじをおみくじ掛けに結んだのだった。
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