第20話 夏休み二日目③(一人じゃないカラオケ)
午後一時半。
晶矢との約束の時間まであと三十分。
涼太郎はちょうど家を出ようとしていたところだった。
ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。
「……はーい」
重治郎の茶飲み友達でも遊びに来たのかな、と思いながら涼太郎が玄関のドアを開けると、そこにはギターを背負った晶矢がにこやかに立っていた。
涼太郎は驚いて思わず「ぎゃあ」と変な悲鳴が出る。
「よ。今出るとこ? ドンピシャだった?」
「⁈ な、なんで……ま、待ち合わせ、駅って、言って……」
昨日、晶矢と約束したのは『駅前で二時に待ち合わせ』ということだったはずだ。
涼太郎が動転していると、晶矢があっけらかんとして言った。
「やっぱり迎えに来た。お前また逃げそうだし」
晶矢が揶揄うように笑う。二回逃げた前科のある涼太郎は反論できずあわあわと余計に焦っている。
すると、廊下の向こうから、重治郎がひょっこり顔を出した。
「おお、穂高くん、いらっしゃい。何じゃ、お前たち遊ぶ約束しとったんか」
「あ、こんにちは。また、おじゃましてます」
晶矢がきちんと挨拶を返すと、重治郎が涼太郎に言った。
「友達と遊びに行くならそう言わんか。ほれ、これで二人で帰りに夕飯でも食ってこい」
そう言って懐から財布を取り出すと、涼太郎の手に数千円を手渡してくる。
涼太郎は、重治郎に晶矢のことを「友達」と言われて、思わず反論した。
「じ、じいちゃん……! と、友達って、ぼ、僕と晶矢くんは、まだ、そんな……」
「もう友達、だろ?」
涼太郎の言葉を、後ろから晶矢が即座に訂正してくる。
「えっ? と、友達?」
「いや、もう親友かな」
「し、しんゆう……⁉︎」
「そうだな。例えるなら、
「故事成語……⁈」
晶矢が授業で習った故事成語で、深い友情を表す言葉を呪文のように並べ立てる間に、涼太郎はどんどん顔が真っ赤になっていく。二人のやりとりを見ていた重治郎が、呆れて言った。
「いいから、はよ行ってこい」
そう言われて、わいわい言いながら、ようやく出かけていく二人の背中を見送りながら、重治郎は安堵していた。
「友達が出来て良かったな、涼太郎」
今までずっと一人でいた涼太郎が、同じ年頃の晶矢と楽しそうにしている。そんな孫の姿が、重治郎は何とも嬉しかった。
涼太郎の家の近くのバス停からバスに乗った二人は、約束していた二時に駅前に着いた。
「あの……ほんとに、いくの?」
涼太郎が今更そわそわして言う。
「そのためにここに来たんだろ、行くぞ」
そう言って晶矢は涼太郎の背をポンと押した。
駅の正面から少し南に歩いて、路地を曲がる。二人が辿り着いたのは、いつも涼太郎が歌いに行っているカラオケ店だった。
昨日の話の中で、涼太郎の趣味が一人カラオケ、略してヒトカラであることを聞いて、早速行こうと言うことになったのだ。
「俺、来週から夏期講習とか入っててさ。行くなら明日がいいなあ。涼太郎、明日ひま?」
「えっ……あ、明日⁈ きゅ、急過ぎない?」
「思い立ったが吉日、鉄は熱いうちに打て、って言うだろ? お前のカラオケ聴いてみたい」
「で、でも……」
「明日の予定、あるか、ないか。どっち?」
「……な、無い、けど」
「じゃあ、決まりね」
そんなこんなで、晶矢のペースにはめられた涼太郎は、初めてカラオケに“友達”と来ることとなった。
案内された部屋に入ると、冷房が効いていて涼しかった。
「おー生き返るー」
晶矢がギターを下ろしてソファに座ると、続いて涼太郎もおずおずと腰を下ろした。
「ここ、ドリンクってドリンクバーだっけ。俺取りに行ってくるから、何がいい?」
晶矢がテーブルの上に置いてあるフードメニュー表を見ながら聞く。
「えっ、ぼ、僕が、行ってくるよ……」
「涼太郎は歌う係なんだから、歌う曲選んで入れといて。俺がドリンク取りに行ってる間、いつも通りに歌ってていいから」
その方が緊張しないだろ、と晶矢は言うと、デンモクを涼太郎に手渡して立ち上がった。
「俺はコーラかなぁ。涼太郎は?」
「じ、じゃあ、オレンジジュースで……」
涼太郎がそう言うと、晶矢は「了解」と言って、部屋を出て行った。
(ど、どうしよう……いつも通りって言っても)
涼太郎は誰かとカラオケに来るのは初めてで、いくら晶矢の前とは言え、人前で歌うのはやはり緊張してしまう。
とりあえず、デンモクを操作して、いつもしている様に新曲リストを確認する。
(あ……あの人の新曲入ってる。この人のは聴いたことある曲かな……)
曲のリストを見始めてしばらくすると、涼太郎は曲探しに夢中になってしまい、歌ってみたい曲をつい、いつもの癖で沢山入れてしまった。
その後に、はたと気付く。
(あっ、しまった。いつもの癖で普通に曲入れちゃった……!)
そう思うも、曲が始まってしまうと、条件反射で歌うことに集中してしまう涼太郎は、いつも通りに歌い始めたのだった。
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