第150話 エメラルドの入室

 すると、リアン国の王女、エメラルド姫がやってきた。ウリナが商館を借りたいと言ってきたので見に来たのである。リアン国の商館はそのまま今でいう大使館のような仕事もやっており、その責任者は形だけとはいえ、王族であるエメラルド姫が持っていたのである。彼女はエルフ年で一〇歳と少しであったから本当に形式上の責任者だったと思われる。

 とはいえ、形式上でも責任者ではある。アルバの重要な客人とは誰だろうという興味もあって、やってきたのだった。

 それで見たのが、テティスとウリナとボーラが抱きついている図である。ブルも仲間に入りたそうにしている。

「ええと?」

 それは困惑もするだろう。もっとも、ノックをしていたら体裁くらいは整えていたと思われるので、エメラルド姫はそういう手続きを無視して部屋に入った可能性が高い。このころの王族にはそういうところがあった。

「混ざれないからな?」

 ウリナがエルフ語で言うと、エメラルド姫はしばらく動きを止めた後、目をそらした。今頃、目の前で起きていることが秘事であったことに気づいたような有様であった。

「そ、そういうことは大人になってからしたほうがいいわ!」

「この嬢ちゃんに向けてるならそうだな」

「そうなの? あと、この方は?」

「私の夫」

「違います」

”んなわけあるかー!”

「にゃーは無理だと思います」

 一斉に女たちから返事が返ってきて、エメラルド姫はさらに面食らっている。ここから彼女が、いろいろ端折った説明を聞くのに随分とかかる。この日エメラルド姫は外泊申請を事後に出しているので、日が暮れるまで話をしていた可能性が高い。

 そこまで時間がかかったのは、彼女が大好きな同級生、マクアディ・ソンフランの話が出たせいであった。マクアディを鍛えているとムデンが言うと、エメラルド姫は急に前のめりになった。

「混ざれないからな?」

「それはもういいから!」

 エメラルドはそういった後、ムデンに向かって口を開いた。

「マクアを鍛えて、どうするの? あの子は騎士の子だから、多分騎士団に入るわよ」

 このころルース王国の騎士団は有名無実化しているというのがリアン国の分析であった。ところが、シリヴリンの大活躍でそれがそうとも言えなくなった。ニクニッスとの戦争が近くなる一年後、騎士団は解体されて全員がルース王国陸軍に編入される。

「そうなのか。先日、俺が聞いた話だとソンフランは陸軍に行くとか言ってたが」

「はぁ? 陸軍なんて危ないじゃない!」

 一国の姫君らしからぬ反応だったが、それを咎めるものはいなかった。ムデンは涼しい顔をしている。

「荒事をするという点ではあまり変わらん」

「全然違うわよ。ああもう!」

 エメラルド姫としては気が気ではない。先日ルース王国にマクアディ・ソンフランをリアン国に譲り受けたいと申し入れをして、断られたばかりである。成人をまって本人の意思を確認して、というのはしごくもっともな断りの理由だったのだが、恋するエメラルド姫はそうは思わなかった。

「マクアが死んだらどうしよう」

「そうならんように鍛えている」

「現代の戦争は魔法戦争なのよ。剣術が何の役に立つのよ」

「そうか、じゃあ魔法も鍛えておくか」

 ムデンの言葉に、エメラルド姫は面食らった。

「あなたが?」

 そうだと頷くムデンに、テティスが言い添えた。

「おじさまは魔法の使い手としては大貴族以上だと思います。しかも軍用の魔法を使っていません」

「貴族に見えないのだけど」

「いや貴族だぞ、アルバの男爵位だ。騎士でもある」

 ウリナがさらに言い添える。もっともムデンの本領は大提督である。貴族なぞ名前だけでやったことはなかったし、騎士の称号も親に買ってもらったものであった。

「エ、エルフは見かけによらないわね」

「まあな。それで話を戻すけど、エルフの国でもこいつにそれなりの立場を持たせたいんだけど。貴族にしろとは言わないけど、幼年学校に入れるようにしてほしい。金なら出す」

「それはいいから、マクアを鍛えることについて今すぐ説明しなさい。魔法でどこまでいきそうなの? ううん、ケガとかしないくらいに鍛えられる?」

 ムデンはエメラルド姫の様子に、そういえば前からそうだったなと思った。おそらくは初恋であろう恋心を七年も持続させているのである。ムデンとしては協力したいところであった。なにせ彼はシレンツィオであったころ、幼い許嫁を二人も失ってしまっている。心配する気持ちも生きてほしいという気持ちもひどく分かるのだった。ムデンであってもたまに過去を顧みて、生きていてくれたらなと思うときはある。

「絶対にとは言わないが、可能な限り鍛える。エメラルド姫のもとに帰れるようにしよう」

「え。あ、うん。ありがとう。ウリナ、結構良い人そうね!」

「混ざれないからな?」

「だからそれはもういいから」

 しばしエメラルド姫は考えた。何を考えていたかと言えば、これを機にマクアディに振り向いてもらおうとか、そういうことであった。彼女の思いはさておき、マクアディはエメラルド姫を同年齢の友達として扱っている。これはエメラルド姫にとって、くやしくも、そういうところもいい、しかし納得いかない、ということだった。異性として意識させたい。そのためには接触の機会を増やしたい、という話である。

 エメラルド姫は決意して顔をあげた。

「よし、分かったわ。ではムデン、あなたは私の護衛という形になりなさい。あと混ざらないから」

 言われる前にエメラルド姫はそう言った。

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