権威と変革の狭間
豪華絢爛に飾られ彩られた空間には有り余る重圧が支配している。扉の両側で待機するメイドに息遣いは感じず、まるで人形のように硬直していた。重力が2倍、3倍、4倍にも感じられるそれは、特にザイント・センチュリー公爵から放たれる威圧によるものだった。
センチュリー家当主である彼は、眉間に深々とした皺を寄せ、糸で引き上げられたように目尻を釣り上げていた。一方で彼と対峙するクラウンロイツ家当主、ポヴェアル・クラウンロイツ伯爵は向けられる鋭い視線を受け流すように柔和な笑みを浮かべている。
ポヴェアル伯爵の隣に座るフィルトネ伯爵令嬢とメフィルト伯爵令嬢もまた、表情こそ硬いもののザイント公爵の威圧に反発せんとする意思が伺える。
「貴様らは流刑だ。死罪としなかったのは恩情だと思え」
ふつふつと湧き上がる怒りを抑えるように、喉を絞めたような重々しい声色でザイントはそう告げた。だがポヴェアルは眉一つ動かさず、軽々しくも不満の意をたっぷり乗せた声色で反論した。
「何故です? 私達は共に開拓し、導き、未来の為に尽力してきました。センチュリー公爵家との深く太く長い縁と恩はクラウンロイツ家にとって最大級の誉れであります」
「口を慎めポヴェアル。貴様の行いはセンチュリー家への謀反であるぞ。虚言も大概にしろ」
「クラウンロイツ家は如何なる場合でもスタンレーの更なる繁栄の為に動き、センチュリー公爵家への忠誠を忘れたことは一時もありません」
ポヴェアルはあくまでも白を切った。だが計画が全て漏れていることは既に承知済みであった。
その上で支配権の譲渡交渉という建前でこの場を設け、本来はいる必要のない令嬢姉妹を同席させたのは暗に時間稼ぎの為だった。
フィルトネとメフィルトが拾ってきた旅人らは、静寂従順な死神の存在を利用して国民を上手く扇動してくれている。センチュリー家を引きずり下ろす為に用意した材料が有益に使われていることにポヴェアルは悦に入っていた。そろそろ彼女らが決定打を打ってくれる頃合いだろう。
「罪無き国民を殺め、混乱をもたらし、恐怖の渦に陥れたのは貴様らだ。殺人鬼を雇い謀判を企てた貴族など歴史上類を見んぞ。言葉も出ん。穢れてしまったものだな、クラウンロイツよ」
メフィルトは眉を吊り上げて口を開きかけたがフィルトネに制止された。
代わりにポヴェアルが冷静に反論を述べる。
「国民を殺めたのは事実。しかしそれらは依頼に基づいて実行したまでであり、本人の意思による逝去の代行は最も国民に寄り添った行為だと、我々は自負しております。
貴方はかつてこう仰った。工業化は国民ひとりひとりの力が増強され、国力の強化に繋がると。国民の力が増す、即ち相対的に貴族の地位が下がり国民は新たな自由を手にする。それが富国の理でございます」
「貴族とは歴史に裏付けられた確固たる地位だ。築き上げた権威は並の民が崩せるほど軟弱ではないのだ。長きに渡り繋がれた血筋の証明が覆せぬ決定的な差なのだ」
「しかし我々貴族は単純な数では少数。力を付けた国民が大挙すれば、いくら兵を使ったとて劣勢になるのは、歴史を遡れば容易に想像ができましょう」
「貴族でありながら貴族の何たるかを理解していないとは。クラウンロイツも落ちぶれたものだ」
「柔軟な変化こそが、花も実もあることでございましょう」
「貴様如きが……」
本来ならザイントはとっくに激昂していたことだろう。側近による謀判と過ちはセンチュリー家にも飛び火する。名声と権威を最も重要視する彼にすれば、今回の事件は顔に泥を塗られたどころの騒ぎではないのだ。
ましてやスタンレーとしてコルテから独立して350年余を共に歩んだ関係であり、センチュリー家も責任の一端を問われるのは明白。長きに渡る歴史と血筋がトカゲの尻尾切りを許さない。
「人を殺めるのは残虐行為であり平和を乱す行為だ。人類が初めての国家を築き上げた時から定められていた禁止行為であり、獣人ですら理解できる常識。そこから説明が必要かポヴェアルよ?」
「公爵の仰られるのは同意無き殺害の場合です。もう少し根底の話を致しますと、社会には契約という仕組みがあり、それによって歯車は噛み合い均衡が取れる。つまり契約に基づく行為であれば何ら問題は無いのです」
「法より契約は強いと、そう主張するのだな」
「逆でございます。法によって契約の自由度が拡張されるのです。つまり法に定められた契約の形態を新たな時代に馴染むよう改定すべきというのが我々の見解です。契約の自由度を拡張すれば今まで想像だにしなかった発想が生まれ、他国とは一線を画す発展が期待できるでしょう」
互いに主義主張を流し合うのみでポヴェアルに至っては目線すら合わせようとしなかった。議論とも交渉とも会話とすら認識していない。ザイントが余計な手出しをしないよう、その時が来るまで意識をこちらに向けさせ続けるのがポヴェアルの仕事だ。
ザイントという男はプライドと自尊心の塊。表面上は威風堂々としているが実際は態度が大きいだけの空威張りで、自信の評判が落ちるのを最も恐れている。その結果として貴族の地位に固執し国民の束縛を強め現在に至った。これでも当主の座を引き継いだ初期はまともな統治者であったのだが、と軽い回想を走らせながらポヴェアルは紅茶を口に含んだ。
沈黙が流れる。フィルトネとメフィルトはフーリエ一行が気掛かりであった。席にしている場に入ってからは彼女らの動向は掴めない。良い知らせが来ることを信じるしかないと姉妹は視線を交わした。
フィルトネは頭の中で反芻する。
時代の変化と共に人間の意識も変化する。ザイントが加速させた工業化の波はまさに変革期のうねりをもたらしていた。
だというのに彼は旧時代的な思考しか頭になく、ひたすら自らの地位と名誉に固執している。父の発言の通り国力が強化されれば自ずと国民の力も強まり、そうなれば貴族特権は次第に意味を成さなくなる。
貴族は少数であるが故に特権を持つ。故に数に圧倒されやすい。労働者は数が多く、そして簡単に大量の武器を携えることのできる環境にいる。武器を製造するのもまた労働者だからだ。
国を統治する者として理解すべき事実を理解できていない。未熟な身であると自覚している自分でさえ理解できる事を何十年も先に歳を重ねた統治者が理解できないのか。場所が場所でなければ頭を抱えていた。
と、突然センチュリー家の報告係が部屋へ入室してきた。
「ザイント公爵、ご報告致します。我が第2師団は対象を発見し、居住区13番街地下水道にて交戦中であります」
時を同じくしてポヴェアルの側近が入室し手紙にて報告を上げた。
『諜報役より報告。件の方々は第2師団と居住区13番街地下水道にて交戦を開始。場合によっては直接の対抗も視野に入れるべき。以上」
フィルトネとメフィルトは目を丸くさせ、不安を滲ませて互いの顔を見合わせると、こっそりと耳打ちした。
「第2師団て……」
「少し、マズい展開になったかもしれないわ」
戸惑いの目で見つめ合う姉妹とは対照的に、報告を受けたポヴェアルは涼しい顔で勝ち誇ったように口角を上げるザイントと対峙する。
「諦めろ。貴様らの敗北だ」
「そちらこそ油断してはおりませんか? 全ては織り込み済み……彼女らがね」
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