国外追放された黄金聖女はもふもふ神獣に溺愛される

柴野

前編

 ――世の中、結局金が全てだ。


 美しく着飾り、己を輝かせ、己の豊かさを誇示していればいい。

 金さえあれば醜い貴族連中を鼻で笑い飛ばし、その上に立つことができる。


 パーティー会場内において、アタシは誰よりも目立っていた。


 総勢十人の使用人の手によって整えられた艶やかな金髪。宝石をふんだんに散りばめた金のドレス。そして、イヤリングやブレスレット、首飾りまで全て黄金。

 生まれが貴族だからというだけで贅沢ができる貴族連中より、アタシが一番華やかだ。


「見てくださいまし、黄金聖女ですよ」

「あれは全て王家から強請ったお金でできていらっしゃるそうよ。正気じゃないわ」


 令嬢たちから嫉妬の視線が向けられ、ヒソヒソと悪口を囁かれても構わない。だってそれは所詮負け犬の遠吠え。聞く価値のない、愚か者の戯言だから。


 アタシの美しさを誰もが認めている。

 アタシの豊かさを誰もが認めている。


 アタシは聖女。この国――グリフィンス王国の癒し手で、黄金聖女という二つ名を持つ。

 ただの平民の小娘から成り上がり、今ここで王家主催のパーティーの主役として光り輝いていた。


 その、はずだった。


 偉そうな顔で、のこのこ入場してきた名ばかり婚約者の王太子がアタシに鋭い眼光を向け、指を突きつけながら叫ぶまでは。


「――聖女ウェルシー! お前の数々の所業、到底容認できるものではない。よって婚約は破棄とし、国外追放処分にすることが先刻決定した!」


 金だけが全て。

 黄金に着飾れば誰もがひれ伏し、崇め称える。


 そんな現実が音を立てて揺らいだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 神託が降りたことによって、アタシが聖女に選ばれたのは十五の時。

 それまでろくに食事にもありつけないような生活を送っていたアタシにとって、それはとても幸運なことだった。


「貧しい生活なんて懲り懲り。絶対に、幸せになってやる」


 拳を固めたアタシだったが、アタシの幸せを阻む者は多かった。

 神殿にて、「平民だから」とアタシを蔑む目で見てくる神官たち。聖女という地位に与えられる褒美として婚約させられたものの、公の場以外では一度も顔を合わせたことのない、美形なだけで他に取り柄がありそうにないレイダール・バリィ・グリフィンス王太子。


 それでも聖女の仕事はきちんとやった。

 なのに、いくら人々を癒しても、アタシの毎日は幸福から程遠いものだった。


 そんな時、無理矢理出席させられたパーティーで、キンキラキンの衣装を纏いながら談笑する裕福な令嬢の姿を見て思った。


 ――アタシもああいう風になれば、幸せになれるのかも知れないなぁ、と。


 それからは早かった。

 一人癒すにつき一枚、王家へ金貨を求めたのだ。それまで無償でやっていたのは、聖女の義務だからと自分に言い聞かせて耐えていただけ。

 でもよく考えてみればあれは立派な労働だから報酬をもらわなければおかしい。


「今日は百七十人癒したから百七十枚、きっちりくださいな」


「……わかった」


 朝は女神に祈りを捧げ平和を願い、昼日中は怪我人や病人を癒して回る。

 そんな聖女を失うのは大きな損失だ。だから国王も、アタシには逆らえない。


 そうするうち、アタシの元にはたくさんの金が溜まった。

 アタシはまずそれを使って髪を染めた。平民にありがちな茶色の地味な髪は、光り輝く黄金へと変わり、まるで別人のようになる。


 次は着飾るためのドレス。アクセサリーも忘れない。

 そうして身の回りを整えれば、アタシはパーティーで見た誰よりも輝く存在となった。まるでアタシがこの世の主役だ。


 その頃からだろうか、黄金聖女の名がついたのは。


 しかしそれでも足りない。

 幸せにはまだ程遠くて、もっと豊かになれば幸せになれると信じた。


 もはや城のような豪邸を買い込み、王家から頂戴した金で豪遊しまくる。それでも貯蓄は増えていく一方で、世界各国から美味しいものを取り寄せたりもした。


 でもただ遊んでいただけではない。明日倒れそうな家族を見たら金をばら撒き、そうでない者にもアタシの金をくれてやっていた。

 アタシを求める平民たちは、黄金聖女とアタシを褒め、受け入れてくれた。


 アタシは誰よりも恵まれた存在。この国では今や一番の金持ちだ。このまま王妃になって、王太子を尻に敷いてやる。それこそがアタシの幸せへの唯一の道――。


 なのにどうして、断罪されなくてはならない?

 なのにどうして、アタシが悪いことになる?


「――聖女ウェルシー! お前の数々の所業、到底容認できるものではない。よって婚約は破棄とし、国外追放処分にすることが先刻決定した!」


 告げられた言葉の意味を呑み込むのに、それほど時間はかからなかった。

 そして理解した瞬間、湧いてきたのは怒りだった。


「何ですか、レイダール殿下? アタクシが何か悪事を働いたとでもいうのですか?」


 言葉遣いだけはなるべく丁寧に。その方が侮られない。

 アタシは胸を張ってまっすぐに相手を見つめる。顔だけ王太子と、彼の隣に並び立つ――おそらく新たな婚約者にする予定なのであろう、名も知らぬ令嬢を。


「その自覚もないのか。まったく愚かな女だ。王家の上に立ち、貶めようとする。これはグリフィンス王国を揺るがしかねない所業であり、あってはならないものだ」


「アタクシは働きに見合う相応な対価をいただいていたのみですが」


「相応な対価だと!? ふざけるな、金貨一枚は平民が十年暮らしていけるほどの大金だぞ」


「当然そんなことは承知の上です。

 レイダール殿下、アタクシの働きがただの平民に見合うとでも思っていらっしゃいますか? 王族として帝王学を学ぶだけで、あとは人を顎で使いながらだらけていればいい王族におわかりになりますか? 貴族という地位に甘え、生まれながらに恩恵を受ける貴族たちにわかってたまるものですか」


 世の中、金が全てだ。

 そう思ってきたからアタシは必死に稼ぎまくった。そのおかげでどこにでもいる小娘だったアタシは美貌を手に入れた。豪邸も、美味しい食事にありつける毎日も、何もかも我が物にした。


 その苦労を王太子らはわかっていない。


「それなのに婚約破棄? ましてや追放? 冗談じゃありません。今すぐ撤回なさい」


 しかし相手は怯まなかった。怯むどころかますます目を吊り上げて、がなり立てる。


「聖女だからと言って何でも許されると思っているのか! 着飾るだけの能無し聖女のくせに! お前のような聖女は存在しない方が国の得、それが王家の総意であるぞ!」


 着飾るだけの能無し聖女。

 存在しない方が国の得。


 そこまで言われてしまえば渇いた笑みしか出てこない。


 元々は神託が降り、王家と神殿に求められてやっていたことなのに。

 アタシは聖女だが、身分はまだ平民。いくら金を持っていても、王族と違って兵隊は持っていなかった。


 パーティー会場には衛兵がいる。抵抗したところで、あれに酷い目に遭わされるだけだ。

 はぁとため息を吐く。そして顔だけ王太子を睨んだ。


「それであなたは、そこの令嬢と結婚するというわけですね。へぇ。アタシみたいな美しさもなければ財力もない、ただちょっと胸がデカいだけの小柄な令嬢と!

 わかりました。いいのですね、アタシが出て行っても。天罰が下りますよ?」


「天罰? くだらん。女神様がお間違えになったのだろう。お前は到底聖女に相応しい人間には見えないからな!」


 もう、付き合っていられない。

 黙っているとアタシの周りを衛兵が取り囲み、アタシをパーティー会場から引きずり出す。誰よりも輝いていた主役のはずのアタシを見つめる貴族連中の顔は微笑んでいたが、それが嘲笑だったのかアタシがいなくなったことへの安堵だったのかはわからない。


 ――幸せになるって決めたのに、頑張ったのに、結局これか。


 ひどくやるせない気持ちになって、アタシは目を閉じた。

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