4-5 ドバードの秘密都市 地下都市

「「わあああああああああああああ!!!!!」」


 エネルとプラチナは、下へ下へとコンクリートで作られた割と急な斜面を滑り落ちていく。

 どうやら無数の本に追い詰められた書庫室の壁の内側は滑り台のようになっていて、何処かの場所へ到達する通路になっていたらしい。

 しかし今の二人にそんな事を気にする余裕はない。灯りのない狭い斜面を抱き合う形で下へ滑っていく。


「へぶっ!?」

「わっ!」


 やがて斜面を滑り切り、勢いそのままでとある一室に転がり込んだ。

 エネルがクッションになりプラチナの身体を受け止める。


「わたたたたた……」

「ごめんエネルちゃん、大丈夫?」

「大丈夫……わらわ剣だから」


 気遣うプラチナと一緒にエネルも立ち上がり辺りを見回す。とりあえず人はいない。


 そこは窓がなく埃っぽい通信室らしき部屋だった。

 たった今、滑り出た横穴の反対側に無線機一式が備え付けられていた。ロッカーらしき細長い収納箱が三つ。そしてすぐ近くに簡素な扉があった。


「……」

「……」


 少しの間、二人で足音や人の声が聞こえないかと、耳を澄ましていたが何かが起こる気配はなかった。あれだけ大仰に騒いで滑り落ちてきたというのに。


 エネルは埃を被った無線機やロッカーに目をやり、扉の隙間から漏れている光を視線を移して、思考を巡らせた後静かに口を開いた。


「まずは現状把握からか。プラチナ、ここを出るよ」

「う、うん」


 どことなく元気がないエネルが気になったが、プラチナは素直に従った。


 音を極力出さずにドアノブを捻って扉を開ける。

 二人で外に出ると、土やコンクリートで造られた住居らしき建造物が多数ある、広大な空間が視界に映った。


「エネルちゃん、ここって……地下?」

「……うん。だいぶ下に滑り落ちてきたからね。多分ここはドバードが密かに建設した地下都市だと思う」


 プラチナの疑問にエネルがほんの僅か時間を置いて首肯した。


 地下都市の天井はかなり高く、まるでつららのように尖った鍾乳石がいくつも垂れ下がっている。

 付近には住居の他に太い石柱が数本点在し、天井まで伸びていた。


「あれを見て、プラチナ」


 エネルが指差す方向にプラチナは視線を走らせた。


 その先には見覚えのある光源があった。

 周囲の、どの建造物よりも高い塔のような台座の上に、一軒家サイズの巨大光球が設置され地下の広い範囲を昼のように明るく照らしている。

 そしてその台座が計四つ、遠く離れた位置にも確認できた。


「ユーラシア・フォスン。呪文を唱えて発現した大玉の光球」

「さっき私が発現した光球より大きい……って事はエネルちゃん!?」

「気が付いた?」


 エネルの返しにプラチナは頷いた。

 あの光球が呪文で発現したものならば、それを発現した人間が何処かにいる。自分とスターとエネル以外の誰かが。

 プラチナはすぐに周囲に気を配った。しかし目を動かして見ても、耳を澄ませて音を拾おうとしても、少なくともこの辺りに自分たち以外がいる感じはしなかった。

 

「とりあえず大丈夫だと思うよ。わらわも人の気配を探って見たけど、今のところドバードの人間はいないみたいだし。ただ……」

「ただ……?」


 変わらず、プラチナはエネルが落ち込んでいるように見えた。いつもの快活な調子が鳴りを潜めている。


「スターと合流を目指す前にちゃんと謝っとく。危険な目に合わせて申し訳ない」

「え、ちょ……エネルちゃん!?」


 唐突に頭を下げて謝罪され、プラチナは困惑した。疑問と驚愕が頭に浮かぶ。


「何で謝って……?」

「だって、アルマンに保護を依頼されたのに秘密都市に来て、どう見ても危険な状況にプラチナを晒しているし」


 だがそれ以上にエネルがしょんぼりと肩を落としているのが嫌だった。

 プラチナにとってスターとエネルは、もはや大事な存在になっている。その二人が気落ちしている姿なんて見たくない。

 だからプラチナははっきりと伝えた。


「顔を上げて。落ち込んでいるエネルちゃんなんて見たくない」

「……うん。わらわ顔を上げる。謝罪は言葉ではなく行動で示すものだからね」


 そう言ってエネルは姿勢を元に戻した。物悲しげな顔で吐息を吐く。


「ひとまず移動してスターと合流を目指す。着いてきて」

「うん……」


 プラチナはエネルの後に続き、ドバードの地下都市を歩いていった。



○○○



 なるべく巨大光球の光を遮ってできる、建物の暗がりを選んで静かに歩く。秘密都市に属する人間や万が一、この地下にいる探索者と遭遇する可能性を低くするためだ。

 エネルが前でプラチナが後ろ。スターと同じように、無限カバンから長い棒を取り出して床や壁を音を小さくして叩く。現時点では罠はない。


 エネル曰く、書庫室で浮んできた本はイーブックという召喚生物との事だった。

 本の番人や番犬ではなく番本。普段は本棚で惰眠を貪っているが、不審者が近づくと先程のように襲い掛かってくる。

 おそらくイーブックたちは秘密都市の資料や機密文書の盗み出しを防ぐよう調教され、この地下都市に誘導する役割を持っていたらしい。

 その罠にまんまとハマってしまったとエネルは嘆息した。

 わざわざ丁寧に第三書庫と書いてあったのはこのためか、とプラチナは思った。他は部屋の名前なんて書いてなかったのだから。


 地下都市は変わらず閑散としていた。人の気配はなく、二人でスターがいる場所を目指す。

 エネルも変わらず落ち込んだままだった。しかし曲がり角では手鏡で反射しないよう油断なく先を見据え、ここまでの足取りも慎重かつスムーズに進行した。まるでスターの現在位置が分かっているようだった。


「エネルちゃんは……スターが何処にいるのか見当がつくの?」


 プラチナの質問に、手鏡に視線を落としたままエネルが答えた。


「そりゃね。わらわ剣だから、スターの剣引き寄せの呪文の影響受けるし」

「剣引き寄せの呪文……?」

「ほら、デュラハンと戦った時にスター発現した呪文」

「確か……アイシオ・ブレイド?」

「そうそれ」


 プラチナはデュラハンの赤黒い長剣をスターが手にした姿を思い出した。呪文を唱えてスターの手元に剣が引き寄せられていた。

 だがその呪文が何故、スター合流の助けになるのかは分からなかった。

 エネルが続けた。


「その呪文のおかげでスターがいる方角が分かるんだよ。わらわとスターが遠くに逸れた時には剣引き寄せ呪文を使って、合流するって事前に決めていたし」


 突然エネルが建物の壁に身体を引っ付けた。傍から見れば、エネルが壁に身をめり込ませようとしているようだった。

 少しの間、それが続きエネルが言った。

 

「今、スターが引き寄せの呪文を発現したね。で、わらわが壁にぶつかった」

「ぶつかった方角にスターがいるって事?」

「その通り。勿論引き寄せの回数とか強度とかも事前に決めてあるから、別の誰かがわらわを引き寄せてるってのはないから安心して」

「……」


 行く先の安全を確認して二人は再度歩を進める。


 太陽の騎士団は戦争からの復興を成し遂げ、平和を存続させている組織。

 今だから分かるが、この五年間でコミタバとか武器や兵器の廃棄など、復興の輪を広げる過程で困難が多くあったはずだ。


 その中にはスターとエネルが離れ離れになる場面があって、その都度剣引き寄せの呪文で合流を果たしてきた。

 幽閉されて外の世界を知らない自分じゃ、想像もできなような凄絶な出来事を二人は経験してきたのだ、とプラチナは思った。


 前を歩きながら、不意にエネルが尋ねてきた。


「プラチナはさ、スターの事どう思う?」

「え?」

「スターの印象を教えて」


 顔が見えないその声音は穏やかだったが、真面目さも含まれていると感じた。プラチナはスターの印象を真剣に考えた。


 エネルと同様に大事な存在。それが真っ先に頭に浮かんだが、もっと思案してみる。

 呪文教地下で助けてくれた事、ドミスボでのデイパーマーとの戦い、エネルと一緒にアルマンに会わせてくれた事。

 黒髪で、眉間にうっすら皺が刻まれていて、剣の呪文使いで、ハゲが治る洞窟を見つけた有名人。年は同じか一、二歳違い。


 よくよく考えてみればアルマン以外の異性に深く接するのは初めての経験だと思う。

 ゾルダンディーからイビスに来ても、ほとんどアルマンと一緒にいたし、学校にも行っていない。

 ドミスボで屋根伝いに逃げる時にお姫様抱っこされたのも初めてだった。事情があって宿で同じ部屋にも泊まった。異性なのに。

 

 むむむ、と唸りながら考え込むプラチナを見てエネルが手を横に振った。


「いやいや、そんな深く考えなくていいよ。軽い印象で」

「軽い印象? じゃあ、初めての人」

「おおう……訳を知らない人が聞けば勘違いする返答」

「ぶっ、いや違う違う違う」

「大丈夫わらわ分かってる。赤くならなくていいよ。ていうかプラチナ、そういう話理解できるのね。田舎の純朴幽閉娘だと思ってたけど」

「エネルちゃん! 話進めて」

「あっ、はい」


 エネルは脱線したのを元に戻して続けた。


「まあ人によって色々と異なるけど、わらわにとってスターはとても可哀想な人なの。正しい事をやって来たのに悲惨な目に遭ってるから」


 また曲がり角の壁に身体を寄せて、エネルは手鏡で行き先を確認する。


「ジャポニから平和なアカムに引き取られた次は、軍に入って戦争を経験して、復興を目指す過程でコミタバが暴れるし、それ以外もアホが多くてスターの友達が死んで……頑張って人を助けて正しい事をしてきたのに賞金首なんかにされて」

「エ、エネルちゃん……?」

「サニーの馬鹿め……どうして死んだ……?」


 周囲を警戒して、ただでさえ小さい声量が段々と落ちていって、最後の方は聞こえなかったが、スターの経歴をエネルは伝えたのだろう。

 やはり先程考えた通り、凄絶な出来事があったのだ。自分が想像できないような経験が。

 しかしプラチナはエネルの様子が気になった。その告白は、自身の事を責めているようにも見えた。


 エネルは嘆息した。


「プラチナはさ、バルガス・ストライクって男知らない? アカムの軍に所属していて、スターと同じ孤児院出身なんだけど」


 再び尋ねられたが、当然この質問に対してプラチナは答えを持っていない。


「ごめん。知らない」

「うん。まあそうだよね」


 エネルは知らなくて当たり前だと理解した上で、問いを続けてきた。


「じゃあネイト・ネッシーはどう? 液体のアノマリーで、一度見た液体は何でも発現できるばーさんなんだけど」

「その人も、知らない」

「クレアって女の人は? スターがいた孤児院を長年運営してた女性なんだけど」

「全然知らない。……スターって孤児だったんだ」

「うん、そうなんだ」


 プラチナは首を横に振った。幽閉されていたのだから、知るわけがなかった。


「スターはね、この五年間その人たちを探し続けてるんだよ。でも全く見つからなくてね」


 エネルは嘆息した。もうそれは、何度目の嘆息になるのだろう、とプラチナは辛く思った。


「そして死者と対話する方法も探してる。勿論これも見つかってない」

「死者と対話を……?」


 プラチナは驚いてエネルを見た。

 まさか呪文教で自分が欲した事を、スターも探しているなんて思いもしなかった。


「プラチナと同じで死者と話がしたいみたいでね。でも死者との対話にはデメリットが存在する以上、そんなのは探さない方がいい」

「それは……うん。コミタバとかに伝わったら大変だからね」

「ほんとそれ。でも、それでも探してるんだよ。どうしてもスターは聞きたい事があるからね……」


 そう言ってエネルは悲しげに目を伏せ俯いてしまった。しょんぼりとする少しの間、二人で足を止めてしまう。


 プラチナは声を掛けて何とか元気付けようとした。しかしその前にエネルが顔を上げて言った。


「まとめるとね。合流した時、スターもわらわみたいに謝ってくるから怒らないであげてねって言いたいの」

「スターが? ……そもそも全然怒ってないけど」

「本当? 罵倒したりしない?」

「うん。むしろ私が足手まといになって迷惑掛けているし」

「それは秘密都市に連れてきたからでプラチナは悪く……いや、そんな問答よりもやるべき事があるか」


 エネルはもう、完全に気持ちの切り替えが終わったようだ。慎重な顔つきに戻っていた。

 話を打ち切りスターと合流するため長い棒で、床や壁を極力音を立てずにコツコツと叩いて歩き出す。


「大丈夫だよプラチナ」


 エネルは言った。


「絶対にプラチナをここから出すから」

「エネルちゃん……」


 その言葉には哀愁が漂っていて、プラチナは何とも言えない心持ちになった。

 こういう時に何か気の利いた事を口にできればいいと思った。しかし思い浮かばない。無力さを痛感する。


 それでも何かできないか考えた結果、余計な事をしないでスターの合流を目指した方がいいと結論付けた。

 今はそれが、スターとエネルが安心する行動なのだから。


 そうしてプラチナは、エネルの後ろをついて歩いていった。慎重に音を立てずに。

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