4-3 ドバードの秘密都市 召喚生物ガチオーガ

 その後の情報収集で分かった事を確かめるために、三人は秘密都市の中でも劣化や損傷がなかった高い建造物、四階建て病院の屋上にいた。

 

 この高さからなら都市のほぼ全体を上から見渡す事ができる。


「はい、プラチナ」

「うん」


 プラチナはエネルが鞄から出した双眼鏡を受け取った。これを使ってとある地点を探し出すのだ。

 エネルの調子は元に戻っていた。プラチナはほっと息をついた。


 スターがいつでも即応できるよう周囲を警戒する中、屋上の柵越しに都市の景色を覗き込み二人別々の範囲できょろきょろと首を動かし見つけようとする。


「あっ! スター、エネルちゃん! 見つけた!」


 そして双眼鏡を装着したままのプラチナが叫び、その両サイドに二人が並び立った。


「エネル」

「ちょい待って……うん、多分あれがそうだと思う。ガチオーガもいるし」


 プラチナが指で示した方角を確認してエネルが言った。


 情報収集の結果この秘密都市には、とある召喚生物が守る誰も探索できていないエリアがあるらしかった。


 三人の視線の先、都市の一画。

 周囲をぐるりとコンクリートの高い塀で取り囲まれた敷地の中。そこには都市で一番大きく、横に広い建造物が切り離されたように鎮座していた。

 プラチナの目からしても、見てきた建物とは違う、威厳があって重厚そうな特別感を醸し出している。

 スターとエネルの見立てでも、そこがドバードの機密が詰まった重要施設でもあるようだった。


「戦鎚に額の角……近くで見ないと同個体かどうかは分からないね」


 しかし二人の目は施設ではなく、それを守護するように佇む召喚生物ガチオーガに注がれていた。


 プラチナも双眼鏡越しに、敷地内に入る塀の唯一の出入口の前で、腕を組んで待機するガチオーガを見た。

 五メートルを優に超える巨体、筋骨隆々の日焼けしたように黒味がある皮膚、エネルが言ったように額の角と塀に立て掛けてある巨大な戦鎚。


 鬼と知れば荒々しい印象を受けるが、あの召喚生物は寡黙でクールな雰囲気がする。

 しかし情報通りなら、あれが今この時まで背後にある施設への侵入を防いできたはずだ。

 塀の出入口から少し離れた位置にある建物はほとんどが半壊し、地面にはひび割れが散見された。戦闘の跡。

 その膂力と戦鎚を駆使して探索しようとする者たちを退けたのだろう。


 誰が発現したか不明なガチオーガに対してスターとエネルは一体どんな関わりがあるのか、プラチナは気になって聞いた。

 すると予想外の答えがエネルから返ってきた。


「スターはね、ガチオーガに命を助けられた事があるの。五年前のハゲが治る洞窟を防衛していた時に」

「ガチオーガに命を……?」


 驚くプラチナにスターは頷いた。


「即死する直前に前触れもなく現れて救ってくれた。その後、行動を共にしたが少し目を離したらいなくなっていた」


 スターにとっては何も接点がない、しかも人間ではなく突如現れ出て助力してくれた召喚生物。

 五年経った今でも助けてくれた理由は分からず仕舞いだった。


 エネルが言った。


「でもさっきも言ったけど、同個体かどうかは分からないよ。それにわざわざ正面から入る必要は……」

「むっ」


 エネルが言葉を切りスターが目を細めた。プラチナも再び双眼鏡を構えた。ガチオーガが何かに気付いて動き出したのだ。


 戦鎚を振り下ろして地面を砕き、散らばった礫を拾い上げる。礫といっても人間的には巨岩だ。そしてそれを手に握ったまま塀の中に足を踏み入れた。


 視線を移すと、いつの間にか秘密都市に来た探索者が出入口から離れた塀の上にいた。呪文を発現して登ったのだろう。

 ガチオーガはその探索者目掛けて勢いよく礫を投擲した。探索者はその動きを見て、慌てて塀から飛び降りて逃げていった。

 ガチオーガの追撃は終わらない。再度戦鎚で敷地内の地面を砕き、礫を多く作った。そして下から上に塀の外へと何度も放り投げる。

 雨あられの細かな石塊が先ほど侵入を試みた探索者や、塀の外にいるかもしれない人間周辺に降り注ぐ。衝撃音の他に、悲鳴や絶叫が微かに聞こえた気がした。


 その手際の良さを見てプラチナが言った。


「スター、エネルちゃん……これって」

「あーうん、スターの剣を塀の壁に刺し込んで、こっそり登って施設に入ろうとしたけど辞めた方がいいねこれ」

「まずは正面から同個体かどうか確認するべきか。五年前と同じなら右目に傷跡があるはずだ」


 情報の確認が終わった三人は、病院の屋上を後にした。



○○○



 ガチオーガは五年前にスターの命を助けたのと同個体だった。プラチナは半壊した住宅の陰から双眼鏡で覗き見る。


 屈強な肉体に長い年月を経て刻まれた顔の皺、ライオンの鬣ような赤の怒髪、右目は傷跡があり閉じられている。

 これまでコモドドラゴン原種やデュラハンなどの召喚生物を目にしてきたが、あのガチオーガはそれらの中でも頂点に君臨する強さがあるのではないかと感じてしまう。


「三度確認したがやはり同個体、か……」

「わらわもそう思う。あいつ口から火を吐いてたよね確か」

「ああ。モクリュウ燃やして無力化していたな」


 スターとエネルは当時の出来事を思い返していた。プラチナは口から火を吐くのか、と驚いた。


 しばらく観察してスターは行動を起こした。家の陰から出て盾手裏剣を地面に突き立てる。

 当然ガチオーガはスターに気付いてこっちを見た。塀に背中を預けて腕を組んでいる状態で。


「……とりあえず攻撃はなし」

「スター。ガチオーガの思惑って分かる?」

「いや全く」

「うーん、だよねえ」


 スターは何回も盾手裏剣を縦横に何重にも発現して簡易的な要塞を作り込み、エネルとプラチナを中に入れた。

 ガチオーガはその間、戦鎚を手にして左目を細めて眺めているだけだった。


 スターは前に出て首だけ振り返って言った。


「じゃあ、行ってくる」


 エネルが答えた。


「一応言っとくけど無理だと判断したら……」

「分かってる。その時は諦める」


 そしてスターは盾手裏剣と巨大剣を手に持ってガチオーガの元へ歩いていった。

 プラチナが今の会話の意図が読めずにエネルに尋ねた。


「エネルちゃん、諦めるって……?」

「そのままの意味だよ。突破が無理だと判断したなら秘密都市は一旦諦める。仮にガチオーガを無力化できてもスターが怪我で動けなくなったらプラチナを守りきれなくなるし」

「あっ……」


 そう言えばそうだった。秘密都市は無法地帯で、自分は今守られて二人の負担になっていたのだ。

 プラチナはそれに気が付いて暗澹たる気持ちになった。


「足手まとい……」

「いや、違う違う違う」


 ぽつりと呟いた言葉にエネルは手を横に振って否定した。


「ガチオーガは本当にめちゃくちゃ強い、それこそアノマリーの呪文使いが出ないといけない召喚生物だから! 普通の呪文使いじゃ太刀打ちできないし、プラチナが落ち込む必要はないって」


 それに、とエネルは付け加えた。


「これから戦う力を養っていけばいいでしょ。プラチナが望むのならだけど」

「エネルちゃん……」

「そもそも太陽の騎士団で保護するアルマンからの依頼はまだ継続中! 加えてこっちの都合で秘密都市に付き合わせてるんだから、プラチナを守る義務がスターとわらわにはあるのです! だから気にしなくていいんだよ」

「でも……依頼に関してはタダ働きじゃ」


 エネルはプラチナの頭にぽんっ、と手を置いて撫でて優しく笑った。


「大丈夫。ハゲが治る洞窟がある街でゆっくり考えて今後の事を決めればいいよ。わらわもスターも相談に乗るし、今は遠慮なく守られていて」


 剣のオーバーパーツの掌の感触は人間の手と同じで柔らかかった。

 プラチナの返答はスターとガチオーガの戦闘音によってかき消された。二人は前方に急いで目を向けた。


「やっぱり話し合いで通してはくれないか」


 筋骨隆々の鬼巨人と一人の人間の激闘が火花を散らしていた。


 ガチオーガの膂力から繰り出される戦鎚の攻撃は、誰の目から見ても苛烈だと思った。

 ただ適当に振り回すだけで、建物は壊れ地面は砕け、まるで嵐のように地形を変えていく。

 しかしあくまで塀の出入口の防衛をメインとしているため、その範囲は限定的だ。


 対してスターは回避と巨大剣を軸にガチオーガを攻略しようとしていた。

 回避を優先して立ち回り、避けられない戦鎚の一撃は正面から受けるのではなく、角度を変えていなす。

 時に爆裂剣の爆発で視界を塞ぎ、スターから見て左側、ガチオーガの右目の死角からの攻めを何度も繰り返した。


 激烈な戦闘音はエネルとプラチナの場所にまで、はっきりと聞こえてくる。投石による攻撃も注意しなくてはならない。


「……あれ?」


 その戦闘が行われている最中、ふとプラチナはある考えが思い浮かんだ。

 それはガチオーガを無力化しない方がいいんじゃないのか、だった。

 単純にガチオーガが動けなくなったら誰が、他の探索者たちの重要施設への防衛を行うのか。調査しに来た自分たち三人は無理だ。

 この秘密都市には窃盗を目的とした荒くれが多くいる。施設に土足で入って金になりそうな物を漁るだろう。そして絶対に太陽の騎士団の邪魔をする。


 しかし自分が思いつく事はエネルだって既に考え済みのはずだ。今更口に出して聞く必要はない。

 そう思い至ったプラチナだったが……。


「……ちょっと待って、ガチオーガ倒す必要ある?」


 隣にいたエネルも気が付いてぽつりと呟いた。考えが一致した二人で顔を見合わせる。


「エネルちゃん、スターを呼び戻した方が……」

「うん……わらわもそう思います」


 その時、均衡が崩れた。ガチオーガの隙を突いてスターが左側から攻め込んだ。

 しかしそれはガチオーガの誘いだった。意図的に隙を見せて、今まで閉じていた右目を開いて攻勢に転じたスターの姿をしっかりと視界に入れる。そのまま戦鎚のカウンターを決め込もうとした。


「「スター!!」」


 エネルもプラチナも思わず叫んだ。ガチオーガの戦鎚がスターに命中してしまう。

 だがその直前、スターは爆裂剣を発現した。即座に爆発させる。爆風で無理矢理ガチオーガの攻撃を回避し、すぐに受け身をとって盾手裏剣を発現し追撃に備えた。

 ガチオーガは動きを止めていた。


 少しの間沈黙が闘いの場を支配した。

 スターは変わらず戦闘体勢を維持して油断なく前を見据えていた。

 ガチオーガに変化はない。動きを停止した状態で、目を細めてスターを見ていた。

 エネルとプラチナは、重苦しい緊張した空気に声を掛けられずにいた。


「むっ……」


 数秒後、ガチオーガは構えを解いた。そのまま塀の壁に背中を預け腕を組んで両目を閉じた。戦闘の意思はないようだ。


 それを見てエネルとプラチナも駆けてきた。スターも後退して合流する。


「エネル、プラチナ怪我はないか?」

「ノーガードでノーダメージ。てか戦闘してないし」

「私も大丈夫です。でもスターは爆発で……」

「肉体強化の剣を発現済みだから問題ない。ただデジャブだ。デュラハンの時を思い出す。もしかすると……」

「施設の中にガチオーガを発現した奴がいるかもしれないね」


 するとガチオーガは地面にある礫を持って、塀の反対側の外に放り投げた。

 またズドドド、と衝撃音と共に施設に忍び込もうと目論む探索者たちの悲鳴が聞こえた。

 しかしスターたち三人にはもう何もしない。あくまで他の人間の排除を目的としている。


 エネルがガチオーガを見ながら言った。


「気が変わる前に入った方がよさそうだね」

「ああ。ただし慎重に……プラチナ、咄嗟にかかえるかもしれないがその時は」

「大丈夫です。遠慮なく運んでください」


 そうして三人は秘密都市の重要だと思われる施設内部に入っていった。

 ガチオーガは塀の出入口を通り過ぎるまで、スターをずっと両目で眺めていた。

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