1-1 プラチナ・アリエールのきっかけ
きっかけは食材の買い出し途中で聞こえてきた男女の会話の内容だった。
「で、結局あの噂はどうだったんだ? ほらあれ、呪文教のやつ」
「あーあれね、どうやら本当らしいよ。死者と対話できるんだって」
「マジかよ、タミヤの街にいる呪文教のハゲ教主だろ!? ハンパねえな」
「ハンパねえどころの話じゃないと思うけどねえ。ちな名前はカーネ」
それを聞いた金髪の少女、プラチナ・アリエールは食材が入った紙袋を落としてしまうほど衝撃を受けた。
しかしすぐに我に返って、慌てて紙袋を拾い直して家路に着いた。
夜。
従者のアルマンと、従者と言っても祖父のように慕っているアルマンと晩御飯を食べた後、自室に戻る。
ベッドに腰掛けて思い浮かぶのは日中の男女の会話。
「死者との対話……」
思わず呟いてしまうほどに、プラチナはその会話が気になってしまっていた。
プラチナ・アリエールはゾルダンディーという国の王女であった。
王である優しい父と、王妃である自分と同じ髪色の病弱な母に大切に育てられ、毎日がとても幸せだった。
しかしある日、その幸せな時間は終わりを告げた。
プラチナは母の部屋に幽閉されてしまったのだ。
理由は分からなかったが、父の命令で閉じ込められたのだと母が教えてくれた。
何故と疑問に思ったし、外に出て遊びたいとも思ったが、病弱な母に「これはあなたのためよ」と言われれば何が何だか分からなくても従うしかなかった。
それから数年間は部屋で母と一緒だった。
大好きな母といられるのは嬉しかったが、小さな窓から見る景色の他は、勉強や読書、母との会話くらいで物寂しい思いと外に出たい気持ちを抱いて過ごしていた。父は会いに来ない。
次第に母の病状は悪化の一歩を辿っていた。
一日一日に状態が悪くなる母をプラチナは見ている事しかできなかった。
それなのに父は一向に母を見舞いに来ない。
プラチナは父の事を嫌いになった。
そして母は死んだ。
さすがにその時は、母の元に父が現れ顔を合わせる事ができた。
あの時の父は、目線を全く合わせない気まずそうな表情をしていたのを覚えている。
「お父さんの事嫌いにならないでね……って、お母さん言ってたっけ」
ベッドに入った後も、なかなか寝付けなかった。
生前の少し前まで、母が言っていた事を思い出してしまう。
どうして母はそう言っていたのか。
あの後、母が死んだ後も部屋に幽閉されていた自分を不憫に思って、国外に連れ出してくれたアルマンにも聞いてみたが、分からず仕舞いだった。
それは今でも同じだった。
「呪文教のハゲ教主……名前はカーネ」
しかしタミヤの街にいるカーネという教主にお願いしたら、母との対話でその理由が分かるかもしれない。
そう考えると期待がどんどん膨れ上がっていく。
目はとうに冴えてしまった。
プラチナはベッドから起き出し、左の掌を上にして呪文を唱えた。
「フォスン!」
するとプラチナの手の上に小さな光球が浮かび上がり、眩しくならない程度に淡く部屋を照らした。呪文で灯りを発現したのだ。
連れ出された時に持ってきた鞄にあれこれと詰め込み遠出の準備をした。棚からも地図を取り出して広げる。
「確かタミヤの街は汽車で三、四日掛かるはずだから……」
白い光で地図を照らしながら頭の中で旅程を組む。
一人の遠出は初めてだ。だからしっかりと準備しなくてはならない。
「あとアルマンには……書き置きしとけばいいかな」
明日の早朝、朝一の汽車に乗ってタミヤの街へ向かう事にした。ギリギリではなく余裕を持って、夜明け前に家を出て駅が開くまでの間、外で待っていればいい。
「アルマンへ、ちょっとタミヤの街に行ってきます。もしかしたらちょっとだけ旅行になるかも……と」
アルマンへの書き置き、旅行の荷物準備、そして一番大事な金銭のチェックは全て終わった。
プラチナは光球の発現を止めてベッドに潜り込んだ。
しかし気分が高揚してなかなか寝付けない。
死者との対話の件もそうだが、初めての一人旅である。しかもタミヤの街には行った事がない。
知らない土地、知らない人、知らない食べ物に出会えるのだ。
自分の知らない世界を想像すると全く眠れず、結局一睡もできずに家を出る羽目になった。
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