第十五話 初恋の人を取り戻すための作戦
一度諦めた夢だった。
彼と添い遂げられる未来などないのだから、奪われてしまったのだから、せめて公爵閣下と幸せに暮らせればそれでもいいと思っていたのだ。
でも、そんなのは自分に嘘を吐いているだけだった。
私はまだ初恋の人を――アルトとの夢を捨て切れていない。彼の横に立ち、再び笑い合いたいと、そう思ってしまう。
フロー公爵令嬢と一緒にいたのはこの目で見ていた。はっきりと拒絶もされた。なのに、十年ぶりに再会した彼のことが頭から離れてくれず、成長して立派な男になった彼の顔を何度も思い返してしまうのだ。
未練がましい女と言われるかも知れない。
もしも公爵閣下に愛されていて、満ち足りた日々を送っていたとしたら私は彼を諦めることだってできただろう。しかしそんなことはなく、私は奔放な悪女となった。
ジルのような真似をするのは嫌いだ。浮気をし、大勢の男に股を開くような……そんな女にはなりたくない。
しかし今回ばかりは諦められなかった。私は、仮にも公爵夫人という身でありながらも、ウィルソン侯爵令息アルト、彼への恋心を改めて抱いてしまったのだった。
(こんな時、悪女ならばどうするか。――決まっています)
公爵夫人としての地位、ツテ。もてる全力をもって彼を手に入れてみせる。
もちろん簡単な話ではない。第一アルトにはすでに婚約者であるフロー公爵令嬢がいるし、私にはアロッタ公爵という旦那様が。
それでも私は諦めたりしない。好き勝手にすると決めたなら、とことんやるべきだろうと思うから。
自分の望みを叶えるために作戦を練ろう。
私の前に立ちはだかる多くの障害を全て取り除き、その後で私は、彼にもう一度会うのだ。
でもこんなこと、アルトは望んでいないかも知れない。
ふと思い浮かぶ考えに、私は顔を歪めた。
もしもアルトが私のことなんて今はどうでもいいと思っていて、フロー公爵令嬢と添い遂げたいとしたら。
それが彼にとっての幸せであるのなら、私はそれをぶち壊してしまうことになる。
それは嫌だ。でもあんな女にアルトを奪われるのはもっと嫌だった。
だから、
「構いません。もし今彼の愛が私へ向いていなかったとしても、時間をかけてでも再び私を好きになってもらえばいいだけ。絶対に引いたりしてやるものですか。悪女の意地、見せてあげましょう」
私は他に誰もいない静かな公爵邸で、一人、そんな決心を固めた――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
まずはシェナ・フロー公爵令嬢とアルト・ウィルソン侯爵令息の二人、そしてその近辺についてきちんと調査しなければならない。
彼らの婚約状況がどうなっているのか。そして、彼らを別れさせる口実を見つける必要もある。
公爵夫人の権限を使えないだろうかと考えるが、片方は筆頭公爵家の令嬢であるしもう片方のウィルソン侯爵家の方はアロッタ公爵家との繋がりが薄いようだ。
使用人あたりに吐かせる方法もあるが、それが成功するかは怪しかった。
自分で淹れた高級なお茶を飲みながら、私は作戦を練り、熟考する。
(何かいい手段はないでしょうか)
頭を悩ませていたその時、ふと良案が浮かんだ。
私自身ではどうしても限界がある。
ならば人に頼ってみるのも一手なのではないか――と。
公爵邸の物置部屋を漁っていた時に妙な書類が出てきたのを思い出した。
あそこには確か公爵家の馴染みの密偵の名前が書かれていた。潰したい貴族の弱味を探りたい際に使うらしく、私には不要と思っていたのだが、この作戦にはピッタリだった。
ダメだった場合でも次の方策を考えればいい。とりあえずは密偵に会いに行こう。
私は思い立ったらすぐに行動する人間である。
お茶を飲み終えるなり私は馬車に飛び乗り、御者に命じて家を出ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます