第十三話 公爵閣下との再会
貴族社会についてのこと、私が知らなかった偽エメリィについてのこと。
フロー公爵令嬢と話していて得るものは多く、気づくとかなり時間が経っていた。
「まあ、もうこんな時間。長話し過ぎたようですわ。婚約者を待たせていたのでした。ここで失礼させていただきますわね。ごきげんよう」
「そうですか。では私も。フロー公爵令嬢、またいつかお話ししましょう」
私たちは別れの挨拶を交わすと、それぞれに菓子テーブルから離れた。
思いのほか長く喋ってしまったが、まあいい。この要領でたくさんの令嬢や夫人に話しかけていき、私の存在を知らしめていくとしよう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
楽しい夜に浸る美酒は最高だ。
私はワイングラスを片手に会場を練り歩いていた。
相変わらず私の存在は注目を集め続けており、話しかけに行くまでもなく次々と私に集ってくる虫たちがいるので収拾がつかなくなりつつあるくらいだ。
ドレスに飲み物をかけようとしてくる愚か者がいたり、私にわざわざ恨み言を言ってくる者がほとんどなのだけれど、私の知ったことではない。
話の通じそうな相手を選んで適当に談笑しながら、酒や料理を味わい、存分に楽しむ。
これほど贅沢な思いをしたのは初めてだった
今夜ほど楽しかった夜はない。今まで奪われ続けていたものをやっと取り返したような気がして、すっかり浮かれていたのだ。
浮かれていたからこそ、予想していなかったある男の登場にあからさまに顔を顰めてしまったのかも知れない。
「久しぶりだな、エメリィ。長らく顔を合わせていなかったから寂しかったぞ」
「……はぁ?」
片手を上げて当たり前のような顔で近づいてきた、すらりと背が高いその人物の名を、私は知っている。
ジェード・アロッタ。完全に仮でしかないが、一応私の夫であった。
だが最初に顔合わせした時の『若く美しい公爵』の印象とはだいぶ違ってしまっている。
一ヶ月ほど会っていなかっただけだというのに、公爵閣下の顔はやつれて見る影もない。数歳老けて見える。
この分だと、慣れない別邸で仕事に追われていたと見える。別邸の方ではメイドがいたはずだが、ろくに身なりを整えさせる暇もなかったのか、礼服は少し着崩れていた。内面の残念さを体現したようだ。
「せっかくの再会だというのに冷たいな。もう少し喜んでくれてもいいのではなかろうか?」
私の周りに寄って来ていた貴族連中をそれとなく追い払い、公爵閣下が言う。
私には彼の言葉の意味がわからなかった。
「お久しぶりですね。まさかこんなところでお会いするとは。それで、なぜ私が喜ばなければならないのです?」
「わがままを言ったな。忘れてくれ。……ところで少しお前と話したいのだが」
その図々しさとこちらの事情を全く考慮に入れていない思考回路は相変わらずのようだが、一体話とは何だろう。
私は今夜会を楽しんでいる真っ最中であり、できれば公爵に邪魔をされたくはなかった。
彼の別邸には招待状が届かないから来ないはずと甘く考えていたが、よく考えてみれば公爵としての公務上の付き合いで周りの情報が入って来るだろうし、彼がここにいるのは理解できる。
しかしあった途端にこの態度。私は少しムッとしたが、公衆の面前である手前、公爵との不仲を見せつけるのは不利かも知れない。
面倒臭いが付き合ってやるしかなさそうだ。
「何のご用事かはわかりませんが、お話しさせていただきましょう。ただし私に何かを命じようとしても無駄ですからね」
「わかっている」
すんなり頷く公爵閣下。ぐだぐだ文句を言うと思っていたので驚いたが、もしかして反省したのかも知れない。
そんな風に思いながら、私は、公爵閣下と共に夜会の会場の中心を離れ、人気のない会場奥のテラスの方へと向かった。
仄暗いテラスで公爵閣下が私に言ったのは、「お前との関係をやり直したい」というものだった。
「公爵家を放り出されたあの時、俺は思ったんだ。お前が噂通りの悪女じゃないのではないかと。そして別邸に行ってから、エメリィ・フォンストについて調査させた。
フォンスト家の元使用人に色々話を聞いた。最初は皆口を揃えてお前のことを悪女と言ったが、軽く脅せばすぐにたくさんの情報を吐くじゃないか。
お前が実際は悪女ではなく、あの屋敷で虐げられ続けていたことをようやく知った。ジル嬢……いや、元フォンスト伯爵令嬢がお前のふりをして男遊びをしていたことも。
それも知らないで最初の宣言をしてしまったものだから、お前を怒らせたんだろう。俺は反省したよ。だから、もう一度、やり直す機会をくれないか」
「……正気ですか、公爵閣下」
「ああ、真剣だ」
私は呆れ過ぎてため息を吐いてしまった。
今更何を言っているのか。この公爵閣下、馬鹿なんじゃなかろうかと思わざるを得ない。
(真実を知り、反省したなどと言っていますが、その実一言だって謝罪していないではありませんか)
どうしてくれようか。
もちろん私の中に受け入れるという選択肢は絶対にない。謝った上で気の利くことでも言われれば考えたかも知れないが。
私はしばし思考を巡らせ、悪女らしく派手に拒絶してやろうと決める。私はもう虐げられる小娘ではなく、悪女そのものなのだから――。
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